MEロマンス〜最央英琳の挑戦〜
玉井冨治
第1話
真っ黒なリクルートスーツにパンプス。
それと紺色のトレンチコートに身を包んでいるその小柄な女性は、少し緊張した面持ちである。
バッグの紐に占領されているその小さな肩は少し強張っている。
常に上がっていているその肩で息をしながら颯爽と駅へ向かって歩いていく。
殆ど知らないその駅までの道を挙動不審なその首を振り回しながら少し楽しんでいる。
入学式開始まで一時間の余裕を持たせて家を出た。
これならば電車が遅延してしまっても必ず間に合う。
はずだった。
自宅最寄り駅の少し手前まで来ると、彼女は少し不安になった。
それは入学式への緊張感からではなく、駅の様子が少しおかしかったからである。
普段からその駅は人でごった返しているが、今日はその比ではない程人がごみのように集まっている。
少しの不安感を胸に歩を進めて行くと、彼女の不安は的中してしまった。
『入場規制』と赤文字で書かれた白い看板が改札の端に置かれていた。
慌ててスマートフォンでニュースを見てみると、『都内各線 東京駅での人身事故の影響で大幅な遅延、一部駅では入場規制も』との文字が書かれていた。
(でも大丈夫なはず。だって私は一時間も余裕を持って出てきたのだから。)
などと自分の心に言い聞かせるが、不安な気持ちは時計の針が進むに連れて段々と大きくなっていく。
改札口の列に並ぶこと約二十分、彼女はようやく駅の中に入ることができた。
少し半べそ状態の彼女だったが、入場できただけでも少しだけ心が晴れた。
改札を越えた先もまた物凄い人込みで、誰がどちらの方向へ進んでいこうとしているのか認識できない程であった。
彼女は自分の進みたいように進むことなど到底できないので、取り敢えず彼女の目の前に立っていた背の高い男性の後に続くことにした(背の高い男性の後ろにくっ付いて歩けば確実に前へ進めすはずだからである)。
案の定、男性はぐんぐんと進んで行き、彼女も無事に電車の前に立つことができた。
男性に付いて行きやっとこさ電車に乗ったは良いが、ニュースに掲載される程の大幅な遅延である。
電車はドアが閉まったものの中々発進する様子がなく、五分間はその場に留まっていた。
(やっとの思いでこの電車に乗ることができたのに、こんなんじゃ乗れても予定通りに着くことができないよ…。どうしよう…、次の駅で一回降りて遅刻の電話入れようかな。)
などと彼女が考えるのも無理はない。
何せ、たった三駅進むのに十分も時間がかかっていたのだから(通常運行ならば、六分である)。
一駅進んではまた止まり、やっと発進したと思ったら途中でまた止まる。
彼女は計算してみた。
この駅まで駅進み、それまでの所要時間は十分、とう一駅約三分かかるとすると長くてあと三十分で目的地へ到着することになる。
(大丈夫、これなら二十分の余裕を持って入場できるはず…)
彼女は自分にそう言い聞かせ、落ち着こうと嫌な汗の滲むその掌を擦り合わせた。
また少し間止まってしまった電車の中で、彼女はやっと自分の耳に流れ込んでくる音楽を認識した。
朝外に出る時に耳に押し込んだイヤフォンからは最近自分の中で流行っている、十年前にリリースされた有名なアーティストのマイナーな曲。
ニッチなファンが聞くようなその曲は彼の有名な名曲よりも良い曲だと、彼女は思っている。
彼のその音楽のおかげで、目的の駅に着くまでに彼女の心も穏やかになっていた。
落ち着いたその足で、身も心も地に足を着け、その会場へと歩を進めて行く。
会場の受付に到着すると、新調されたリクルートスーツに身を包んだ学生達が沢山いた。
意外にも、ご両親と共に来ている学生も少なくなく明らかに貫禄のある雰囲気をした人もいる。
彼女は自分のこれから属する学科の受付を何とか探し出し、入試面接の時に顔を合わせた先生方と再び顔を合わせた。
「おはようございます。臨床工学科一年になりました、最中英琳です。」
「おはようございます。ぜひ来てくれましたね。最中さんの学生証と入学式の流れです。この先の廊下を進んで行くと曲がり角があるので、そこの向かい側にある黒いドアから会場に入って下さい。」
「あの、席とかは決まっているんですか?」
「あー、申し訳ない。席は、臨床工学科の場所なら自由席ですので、空いているところに座ってください。」
「あ、ありがとうございます…」
英琳は静かに会場のドアへと足を運んで行き、文字通り真っ黒なドアを開けた。
開けるとそこには既に多くの人がおり、この中で一人で来たのは自分だけではないかと孤独な気持ちになった。
席についても周囲の人は誰かとお話をして待っているが、自分だけ誰とも話すことなく静かに待っている。
自分と同じ状況の人を探して挙動不審にも、うろきょろしていると意外にも彼女と同じように一人でゆったりと座っている人は少ないがいる。
そんな人を見て、彼女の心は少しだけ温かみを感じた。
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