第五話 襲撃
宿の者の話によると襲撃は年に数回あるようで、群れをはぐれたドラゴンの一部が餌を求めて街を襲っているのでは、との事だった。
だが、今回の襲撃は今までのそれとは大きく違い、大量の、しかも中には翼で空を舞うドラゴンや大型で炎を吐くような強大な種までが、明確に街を襲撃せんと向かって来たようだった。
「街の周囲に作られた壁は、ドラゴンやその他の危険な野生動物から街を守るために作られたそうよ。でも、今起きている襲撃には耐えられないかもしれない……」
支度を終えたエリーは腰の短剣に手をやった。同じくして用意の済んだジェフも、自慢の長剣に手を掛けた。
「いつでもドラゴンと戦う準備は出来ましたよ!」
その表情は冒険に飢えた若者のする、危険な自信に満ちた顔つきである事をエリーは知っていた。とは言え、二度の死線を潜り抜けた彼に何を忠告するわけでなく、彼女は一度頷くと、不安そうなミーナの方に顔を向けた。
「死んでしまっては元も子もないわ。まずは自分の身を守る事を優先して考えなさい」
――もちろん、貴方もその事を肝に銘じなさい。そう言わんとばかりの視線をジェフに向けるエリー。少年もそれを解ってか、一度小さく頷いた。
とは言え、三人の滞在する宿は壁から離れた街の中心に位置しており、取り敢えずは今後の展開に気を払うだけのはずだった。
「助けてくれえええ!」
だが、外からは助けを求める叫びが聞こえ、直後、地響きのような轟音が轟く。
三人は急いで窓の外を覗くと、武装した男たちが成す術も無く一頭のドラゴンに――その体躯は馬よりも大きく、大型の幌馬車を一回り程大きくしたような巨体であった――蹂躙されている光景だった。
逃げ惑う人々の中にあって、一部の勇気ある戦士たちは逃げる事を止め、その巨体に立ち向かう姿もあった。だが攻撃虚しく、戦士たちは一人、また一人と巨竜の餌食とされていった。
「なんて事……」
あまりの凄惨な光景に三人は顔をしかめると同時に、その身を窓から離し、息をひそめるようにしゃがみ込んだ。
かつて戦った怪物、もとい術の力によって異形の姿へと変貌したゴロツキなど比較対象にならない圧倒的な力を前に、ミーナやジェフはもちろん、エリーですらも自身の見立ての甘さを悔やんでいた。
「ドラゴンの鱗が高価な理由が分かったよ……」
「本の挿絵で十分だったね。は、はは……」
少年少女は乾いた笑いと引きつった表情で震えていた。そんな二人に掛ける言葉も無いエリーは、口を真一文字に結んだまま息を潜めるほか無かった。
そして轟音と絶叫がしばし響き渡った後、脅威は去ったのか、静寂が辺りに訪れた。
恐る恐る三人が外を覗くと、破壊された建物や深い傷を負い倒れる人々の姿が目に入る。
「助けに行こうよ!」
「そうね、流石に見捨てて置けないわ」
ミーナは震えながらも立ち上がり、エリーと共に部屋の外へと駆けて行く。少し躊躇した素振りを見せたジェフも、覚悟を決めたように自身の頬を平手で叩き、二人の後を追った。
間近で見た惨状は想像を超えており、傷つきうめき声を上げる人々だけでなく、既に事切れたと思われる者たちもそこかしこに横たわっていた。ミーナとジェフは思わず目を背けたが、構わず進むエリーを前に、再度、腹を決めた。
「怪我が酷そうな人を優先して手当するわ! ジェフくんは瓦礫の下敷きになっている人が居ないかを調べて!」
単なる冒険者である彼女たちが、この街の住人を助ける義理など無かった。それでもこの惨状を目の前に、皆、身体が自然に動いた。
今生きている者だけでも救おうと三人が必死になっていると、軽傷で済んだ者たちも一緒になって救助を行い始め、破壊を免れた宿の広間に怪我人を運び入れて行く。一人、また一人と怪我人が運び込まれ、応急の治療が行われた。
そして、ジェフが生存者は残っていないかと、確認の為に通りに出た時だった。宿からそれ程は離れていない場所に、群れからはぐれたと思われるドラゴンが一頭、瓦礫と化した街を物色していた。
「マジかよ……」
先ほどの巨竜に比べれば子供の様な、それこそ仔馬程度の大きさのドラゴンだったが、あの圧倒的な戦闘力を目の当たりにしていたジェフは、油断する事無く、その動きに注目した。
剣の柄に手を掛けるが、下手な真似をすれば刺激しかねない。ここは援護を呼ぶのが得策――。そう思い、少年はゆっくりと宿の入口へと後退する。
パンッ!
甲高い破裂音が、後退する際に割れたガラス片を踏みつけた少年の足下で響く。
それをドラゴンは聞き逃さなかった。鋼鉄を思わせる鈍色の身体を翻し、少年の方へと駆け出すその姿は大トカゲを連想させた。
地を滑るように接近するドラゴン。ジェフは戦いを覚悟し、大声でミーナたちを呼んだ。
「ミーナ! エリーさん! ドラゴンが来やがった!」
叫びながら長剣を抜いた若き冒険者は顎を引き、湧き上がる恐怖を押し殺して眼前に迫る地上最強の生物に立ち向かった。
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