第8話闇を切って飛ぶ鳥 ①
ミアが、その鳥と初めて会ったのは七歳のときだった。
一人で淋しくて眠れない夜――両親が自分以外の子どもたちと一緒に過ごす夜、開けた窓の遠くの空にそれが見えたのだ。
空に月はなかった。
暗闇だけが、広がっていた。
そんな夜空を、何かが飛んでいたのだ。
初めは、夜が飛んでいるのかと思った。
よく考えれば、夜が飛ぶわけはないのだけれど、夜が何かに姿を変え闇を染めながら飛んでいると思ったのだ。
しかし、それが間違いだということは、すぐにわかった。
雲の隙間から光を放ち現れた月により、空を飛ぶ何かの姿が照れされ見えてきたからだ。
それは、鳥だった。
その鳥は、まるで月明かりの祝福を受けるかのように、勇ましく厳かで美しく、羨ましいほど堂々とした姿だった。
天使であるミアも、その背に羽は持ってはいたが、あんなに堂々とは飛べなかった。
そして、あんなに強くも。
――どうしたら、あんなにふうに飛べるのだろう。
ミアは、その鳥に憧れた。
それからというもの、夜中にこっそりと起き窓を開けては、ミアはその鳥の姿を探し、そして願った。
また、あの鳥に会うことができますように、と。
そう願う気持ちが、ミアが一人の夜を過ごすための心の拠り所になっていたのだ。
願いは叶うこともあれば、叶わないこともあった。
ミアは、八歳になった。
八歳になると同時に、初恋が訪れた。
相手は、二つ年上のリックだ。
彼は、ミアの両親とともに施設を運営をするハイドさんの息子だった。
ミアの両親はますます忙しく、そしてますますミアは孤独だった。
一度、ミアは思い切って、自分も施設に住みたいと両親に訴えたことがある。
そうすれば、両親もミアを気にすることなく働けるし(もし、気にしているとしたらの話だが)、ミアだってひとり淋しい時間を過ごすことなくすむと思ったからだ。
しかし、両親はミアの言葉を聞くと、悲しそうな顔をした。
そして「あなたの家はここなのよ」と言ったのだ。
ミアには、両親の気持ちがわからなかったし、両親にもミアの気持ちは伝わらなかった。
そんな気持ちを聞いてくれたのが、リックだった。
リックもミア同様に、家に置いてきぼりにされることが多かったが、弟と妹の世話が忙しく、淋しいなんて感じることはないようだった。
リックは、穏やかな少年だった。
弟や妹に煩わされても、困った顔はするものの、しんぼう強く二人に付き合うのだ。
それは、ミアに対しても同じで、ミアと顔を合わせたときは、黙って話を聞いてくれた。
ミアは大きくなったら、絶対にリュックと結婚しようと決めた。
リックと結婚したら、きっと淋しい思いはせずにすむと。
そして、リュックだってきっと自分と結婚したいに違いないと決めつけた。
ミアの両親はたびたびリックを褒めた。
ミアはそのたびに嬉しくなった。
リックは最高なのだ――ただひとつを除けば。
それは、リックの飛び方だ。
リックの飛び方は優雅で、そこには風の動きさえ感じさせない優雅さがあった。
同じ年代の子に、そんな子はいない。
リックは一目置かれていたのだ。
しかし、ミアの考えは違った。
リックの飛び方は確かに優雅だけれど、ミアにとっての一番ではないと思ったのだ。
ミアはリックが好きだけれど、飛ぶことに関しては譲れなかった。
ミアにとっての一番は、あの夜に見た鳥だった。
――せめてもう一度でいいから、会いたいな。
近頃、ミアの願いは、ちっとも叶ってくれないのだ。
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