第16話:ノースキャニオン家の現状2
「ねえお父様」
「どうした? 舞紗」
屋敷に入った舞紗は廊下の大きな鏡を通り過ぎたところで立ち止まり、口を開く。
「私、お父様のお手伝いをしたい。ノースキャニオンのためにも……それから黒龍のためにも。まだ車は運転できないけど虎徹と一緒ならどんな辺鄙な集落だってたどり着いて見せるから……ねえ、いいよね?」
優里に背中を押され、舞紗はずっと被っていた頭巾をとって父の顔を見つめた。
このままでは舞紗はずっと蚊帳の外で、父の疲労も消えないままだ。
「……知らない間に……舞紗はこんなにも成長していたんだね」
「いえ、優里さんに教えられただけよ」
伯爵はそっと舞紗の髪を撫で、優しく微笑む。
「お願いしようかな。虎徹にも直接話をさせてくれ。森へ遊びに行く舞紗を守るため臨時で従者になってもらっていたが、彼の力も必要だ」
「ほんと……? 嬉しい」
舞紗は思わず父の腕に抱き着いた。
「しかし……もしノースキャニオンやイーストプレインの誰かが怒り狂い攻撃でもしていたら……途端に紛争が始まっていた。実際ノースキャニオンでもイーストプレインのお嬢様を殺そうという過激派が生まれていたし、イーストプレインだって一度お嬢様が怒ればノースキャニオンを攻撃しただろう。まずは穏便に済んでよかった」
「んー、優里さんが怒るところって想像つかないけど確かにそうかも……あれ?」
「どうした、舞紗」
ふと舞紗は振り返って廊下にある巨大な鏡を見つめた。そこに誰かがいた訳ではない。ただ視線を感じたのだ。
「なんでもない……それでお父様、イーストプレインに向かった時の話なのだけど……」
舞紗は父の手を握った。黒龍が戻ってくる少しの間……できるだけ父の手伝いをしていたい。
そう思うのも、優里と僅かな間過ごしていたからかもしれない。
「はあああ、ずっと喋らないっていうのも疲れるぜ……愛子さんは結局一言も喋っていないけど大丈夫なんですか?」
絢音は大きく息を吐いた。まだ敬語もままらなないのに喋ったら確実にボロが出るからと、詩織に喋るのを禁じられていたが、何を思っても一切口を開いてはいけないというのは結構きつかった。
一方愛子は変わらずの無表情で車の中でさえ一言も声を発していない。
「慣れていますから」
「へえー」
絢音は持ってきていたバールのような金属の棒を手で弄り愛子の言葉に相槌を打つ。愛子の職業はメイドではなく用心棒。気配を消して主人を守るのは得意なのかもしれない。
優里はそんな二人のやり取りを見て微笑んだ。
「でもお二人がいてくれてよかったです。詩織さんも奏人さんもいつもと雰囲気が違うから緊張してしまって」
「う……っ」
優里の言葉に運転中の奏人と優里の隣に座っている詩織が苦しそうな声を出す。
「奏人さんは自分のことを『俺』じゃなくて『私』って言っているし、詩織さんは私のことを『優里お嬢様』なんて……少しむず痒くて」
「いや、それはまあ……外用だから、ね?」
「どちらの話し方も優里お嬢様には慣れていただかなければ」
サンチェス家の二人は完璧な従者であろうとするがために苦労もあるようだ。二人が言葉を詰まらせている様子を見て、優里は再び楽しげに笑う。
「今晩はまた皆さんで食卓を囲めるのが楽しみです」
「そうね、お留守番の千尋くんに連絡をして……伯爵と奥様にもこのことを伝えないと」
「……あ」
詩織の話を聞いていた奏人はまた苦しげな声を出す。
「何? 奏人」
「いや……そういえばお二人への連絡をここ最近怠っていたな……と。優里お嬢様ともまだお話させてない……」
「はあ? 何やってんのよこの愚弟」
「ちょ、運転中に手を出すな!」
確かに優里は実の両親と話をしていなかった。本当なら初めて屋敷で目を覚ました日に電話をする予定だったのだが発作のせいで流れてしまったのだ。
その後奏人から両親の話がなかったため、忙しいからなのだと判断して自分では聞かなかった。
「明日……必ずお話しましょうね! 優里お嬢様」
「はい」
言い合いをする二人もなんだか懐かしく思えて優里は頷く。
龍のことも、勉強も大事だが……屋敷の皆と過ごすこんな日常が続いてほしいと……彼女はそう願わずにはいられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます