第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その880


―――ルード会戦での帝国軍の敗北は、大陸全土に激震として伝わった。

ゆっくりだったけれどね、真実かどうかを探るのに時間がかかったからだよ。

十大師団の将軍にとっては少し影響の出方は異なる、アインウルフ将軍曰く。

「戦とはそもそも負けることもあるものだう」と、冷静に受け止められていたらしい……。




―――歴戦の覇者である帝国将軍らは、戦場での敗北も受容できた。

しかし、帝国兵のレベルではかなりの激震だったには違いない。

自分たちが信じていた絶対的な哲学が、いきなり変わるとどうなる?

例えば、魔力の属性は五つじゃないかもしれないと知れば……。




―――魔術師や錬金術師は、大きな理論変革を強いられるわけだ。

ああ、これはたとえ話であって。

今のところは、我らが世界において魔力は五つの属性だけ。

『炎』『風』『雷』と、失われた第四属性『氷』と第五属性の『闇』だ……。




―――古き書物においては、『闇』属性が『すべての属性の統治者』ともされて。

今の魔術体系においては、『どん欲な破壊者』とされてもいる。

どちらが正しいのかなんて、けっきょくのところまだ不明確だけれどね。

カミラを見ていても、どっちなのか分別がつかないところだ……。




―――何であれ、古代の人々も現代の人々も。

それぞれの時代とそれぞれの所属が抱いている、絶対的な常識に基づいて思考する。

帝国軍の多くの兵士にとっては、帝国軍の十大師団は最強無敵の代名詞だったわけだ。

それがくつがえされたときから、帝国軍の全体がゆっくりと狂い始めている……。




「……竜など、本当にいるのかな?」

「ガルーナという土地には、竜騎士がいた。帝国が、ファリス王国であるときは、同盟国だった」

「裏切ったんだっけ?そして、今度は……復讐された」

「帝国軍に侵略された土地の者たちからすれば、耳に心地いい響きがあるだろう」

「オレはそんな態度を取っているかな?だとすれば、謝罪する。オレはね、傭兵だ。あんたの傭兵なんだよ、シドニア・ジャンパー少尉。嘘だらけの関係だけど。これだけは真実さ」




「信じるよ、ノヴァーク」

「……その名前さえも、真実じゃないけれど。裏切ることで……オレたちは、正直さぐらいは表現できるよな。あんたは、本当に、名前通りのヤツなのかね」

「たとえば。私がシドニア・ジャンパーという名前の女でなかったとしても、関係はないだろう」

「うん。困ったことに。オレが、マリウスじゃないのと同じぐらい、関係がないんだよな。オレたちのあいだには、嘘だらけ。海いっぱいの嘘と、風みたいに軽い真実だけさ」




―――なかなかの詩人だよ、抽象と比喩と風刺を使いこなせれば。

ノヴァークには教養がある、完全ではないけれど。

詐欺師になるには、もったいなかったが。

これもまた運命だ、マリウスのまま『自由同盟』に合流した可能性もあったのに……。




―――若者の反発には、おおむね哲学というものが欠如しがちだった。

何かへの反発でしかないし、若者にとってはそれだけで十分な価値にもなる。

例え現実を変えるような選択でなかったとしても、魂の飢えが満たされるんだ。

『自由同盟』の戦士ほど王道じゃなくても、詐欺師も十分な反発かも……。




「帝国軍は、これから瓦解していくかな?」

「そこまで上手く行かないとは思うが……可能性は、0にはならない」

「意外だ。もうちょっと、夢を見るなと言われるかと」

「帝国軍は竜と竜騎士と、まともに戦ったことがないのは確かだ」




「そこまで、圧倒的な強さなのだろうか。たかが、魔物一匹だろ?」

「空を自在に飛ぶとすれば、倒す方法を思いつけるか?」

「……巨大な、弓と矢……………」

「次があるとすれば、『優秀な戦士による刺し違えを狙う』。アイデアは、そのあたりで尽きてしまう。帝国軍は、戦術を研究してきた組織だ。研究の足りていない敵と戦えば、存外、脆さを出すのかもしれない。少なくとも、兵士全般に対して動揺は広がる」




「じゃあ。オレとあんたの仕事の、チャンスになるな!」

「前向きだな、その若さは好ましい」

「どいつもこいつも、みんな、不安になれば頼りたいものはひとつ。金だ。帝国軍が敗北を始めて、もしも、遠方の派遣軍への報酬が滞り始めたら……人生設計が狂っちまう。オトナって、アレじゃん?自己実現がしたくてしたくて、たまらない。『権力か、金』。『西』のことわざは、その二元論に基づくものが多いんだよ。雑兵に必要なのは、帝国市民権というささやかな権力と、それよりは確かな金だけ。詐欺の犠牲者としては、魅力的な環境だ」

「飲み込みが早い。君を雇えて、私は幸運だった」




「雑兵たちへの影響は、いいけれど。姫様や……皇太子殿下はどうだろう?」

「姫様は、事実にひるむような心理構造をしちゃいない」

「その言い方だと。レヴェータ殿下は、そうじゃないみたいに聞こえる」

「『父親殺し』という概念があるんだ。君にも、少し思い当たる節があるはずだ」




「殺しちゃいないよ。うちの父親は、健在だけど?」

「もちろん、比喩だよ。古王朝時代からの故事に由来する考えだ」

「『偉大な父親へのコンプレックス』、か。父親を超えられないと、息子ってのは居心地が悪くなるらしい。レヴェータ殿下は、いつか自分で十大師団を倒したかった。その先を、越されたわけか。ルード王国に……いや」

「『ガルーナの亡霊』、竜と竜騎士に。もしも、彼らが止まらなければ、コンプレックスはより大きくなるかもしれない」




「チャンスだろ、それはそれで。煮え切らない態度が、追い詰められて動いてくれるかも。皇帝を倒そうって言うなら、殺すつもりで行くしかないと。自分の母親が、そうしたように。この大陸の覇者を倒そうとするなら、殺される覚悟をして……挑むべきだ。彼は、まだ、それがない気がする」

「皇帝など、父親に持って生まれるべきではないのかもしれないな」

「……まあ、同情してやれるかもね。オレなら、きっと……ああ、そうか」

「当ててやろう。『オレなら、きっと、『中海』に逃げる』」




「そうさ。もうちょっと、季節が進んでいたら。ここから、海に飛び込んでいたのに。今は、少しばかり寒そうだから、やめておくよ」




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