第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その852
―――敵の群れのなか、あの男を下ろす。
帝国兵はすぐに男をロープから解き放つと、お互いにじっと視線を見つめ合わせた。
事情聴取をすべきだが、ゼファーが上空にいる状況では難しい。
男は屋根のある建物に、引きずられるように連れていかれる……。
「ノー。丁重にあつかうであります。作戦失敗を、その男ひとりに押し付けてはならないであります。お前たち士官全員が、無能だったのがすべての原因であります」
「い、言いたい放題だな」
「我々を貶めたいのさ。兵士と士官のあいだで、仲たがいをさせたがっているだけだ」
「……シドニア・ジャンパーの、競馬は……」
「黙っていろ。これ以上、士気を削ぐような真似をするんじゃない」
―――火中の栗を拾うなんて愚かで、沈黙は金なりだった。
シドニア・ジャンパー少尉の『競馬詐欺』は、『西』の帝国軍を全体的に蝕んでいる。
真実だからこそ、困ったことに逃げられない。
それを知っている士官どもが選んだ方法は、今このときだけは目を逸らす……。
―――対症療法に過ぎないが、それでも問題はない。
彼ら士官どもは、たしかに帝国軍の責任を受け持つ地位にいるわけだが。
将軍というわけではない、ああ『西』には将軍なんて不在だけれどね。
各都市を支配している、少佐や中佐あたりがそれぞれの派閥のリーダーだ……。
―――レビン大尉は、その力関係を詳しく教えてくれている。
彼も傭兵として生きるのに、必死だったからね。
自分の命運と、『自由同盟』の傭兵という立場が癒合して。
もはや切っても切れない状況なのだと、よく分かっていたのさ……。
「どの軍人も、別に圧倒的な立場じゃない。そもそも、階級だって少しばかり怪しいような連中だから」
「階級を偽っているだと?帝国軍らしくない行いだな」
「やり方は、あるだろ。『死んだふり』をするとか。強引だが。戦場で行方不明になったことで出世したヤツが何人かいるんだ」
「腐っているね。第六師団では、ありえない」
「メイウェイ。アンタのようなエリートと、オレたち雑兵は違うんだよ。十大師団が主力なら、オレたちは……ただの雑兵の集まり」
「そこまで卑下するのは、適切じゃないだろう」
「たしかに。一定の仕事はしたはずだ。十大師団の戦争にだって、駆り出されたこともあるが……やはり、皇帝陛下からすれば、我々のあつかいは、あまり良くなかった。陛下の行いに、ま、満足はしていたが……」
「ククク!いいね、オレを前にしてユアンダートに満足したと言うか」
「私もいるのにね。私は妻子をあの男に殺された身なのだよ?」
「……気に障ったなら、あやまるが。ストラウス卿は、違うみたいだぜ」
「そうだ。オレはそこまで器が小さいわけじゃない。レビン大尉が誰をどのように評価していたとしても、それを理由に怒りはしないさ」
「ならば、私もお仕えする方にならうとしましょう」
―――ソルジェとプレイガストからすれば、『家族』の仇ではあるものの。
憎悪と評価は、また別腹であると復讐者は思い至れるようになっていた。
ユアンダートの成し遂げたことは、軍人としても王としても大きくはある。
邪悪であり、受け入れがたい思想の持ち主ではあるがね……。
「我々は、コンプレックスのカタマリだ。それでも、金と市民権欲しさに、陛下に忠誠を誓い、帝国軍の一員になった。裏切るつもりのヤツは、ほとんどいなかった。いなかったんだが、徐々に……腐敗しちまっていたんだ」
「……腐敗は、どんな組織にも必ず起きるものだけれど。第九師団と『プレイレス』で起きた政治的な対立のあおりを、この『西』の帝国軍が受けたのだと思う」
「そうだと、思うぜ。第九師団も、もめていたから」
「『プレイレス』の都市国家をすべて掌握するだけでも、かなりの大仕事のはずだからね。正直、この辺境方面までは統制が回らなかったし……あえて、腐敗させていた節さえある」
「そこまでマイク・クーガーを警戒していたか、ライザ・ソナーズは」
「そうだと思うよ。でなければ、シドニア・ジャンパーなど子飼いにしないだろう」
「ククク!たしかに。強烈な『女狐』を手懐けるのは、かなりの手間だったはず。リスクもある」
「……情報戦を仕掛けよう。レビン大尉、旧知の下士官たちに伝えるんだ。シドニア・ジャンパーに騙された金を、取り戻せとね」
「お、おう」
「メイウェイ、説明を」
「ああ。いいかな、ストラウス卿。帝国軍の兵隊には、情報のやり取りをするための『横のつながり』があるものだ」
「将軍や上官を通じず、根回しをするために?」
「そうだよ。これも皇帝ユアンダートが推奨した仕組みだ。通常、兵士というものは出身地単位で管理されるものでね」
「そっちの方が、まとまるわけだ」
「ああ。しかし、帝国軍ほど巨大かつ、大陸のあちこちに遠征……いや、侵略を繰り返していくと、出身地でのまとまりとは言えなくなる。戦死者もいるし、兵役を全うして故郷に戻った者もいるからね」
「まとまりを失った各地の出身者たちで、軍勢を作ろうとしたら、混乱が起きそうだな。それを避けるための、『兵隊同士の横のつながり』というわけか」
「あ、ああ。それぞれの派閥のリーダーの命令に、基本は従うんだが。しかし、たとえば第九師団の任務に、動員されちまったときや。あるいは都市攻略のために戦力が集まったときに備えて、手下同士で、率直な意見交換をしていた方がいい。上官の意見が、一致しなかったとしても、現場でバラバラに戦うなんて真似をすれば……死人が増えるからな」
「腹が立つが、いい仕組みだ。ユアンダートめ。オレも、模倣してやるぞ。ガルーナ王国軍も、横の交流をデザインしてやる……ッ」
「取り入れるべきだと思うよ。王のカリスマだけに頼れば、部下の才能を活かせないこともある。それに、末端の兵士には豊かな才能が埋まっているよ」
「バハルの養子を、副官にしたな。あいつは、オレが欲しかったんだが……」
「しばらくは、私が育てる。だが、束縛するつもりはないよ。アーベル・レイオーンが望むなら、レイオーン家を復活させられる道も与えてやりたい」
「ガルーナ貴族でよければ、それもあり得る」
「……ファリス帝国には、もはや貴族としての居場所はないだろうからね。それで釣れば、きっと……」
「……まあ、その少年の進路よりも」
「ああ。レビン大尉、頼んだぞ。兵士の横のつながりに、情報をばらまけ。シドニア・ジャンパーを、警戒させるぞ」
「わ、分かってる。報酬のハナシも、忘れないでほしい。オレにとって、金は大切なんだ」
「もちろん、知っているとも。オレだって、傭兵団を経営する立場の男だからな。戦争ってのは、傭兵にとってはビジネス以外の何物でもないものだ」
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