第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その849
「……私を情報戦の道具として、使うのか」
「イエス。お前を通して、破滅的な敗北という事実を敵に伝えてやるであります。ペイルカの戦士たちの到着と、川から水を得るという手段の壊滅も伝えられる」
「君らは、攻められたくないわけだ。疲れ果てているから」
「ノー。分析するのは、心のなかだけでやるべきであります。その理由まで、教えてやらねばならないほど、間抜けでもないはずだ」
「そうだね。私じゃなくても、君の言うメッセンジャーはいくらでもいる。むしろ、無事に帰還できるというのなら……若い兵士を選んでやりたい」
「考えるであります。その若い兵士では、捕虜になったお前の仲間どもを救助できるでありますか?つまり、交渉能力はあると?」
「それは、ない、ね……」
「イエス。けっきょくのところ、階級だけが重要になるであります。こちらは交渉も望んでいる。人道的な交渉を。戦闘を避けて、諸々解決するというのなら、それはそれで選ぶ価値のある道であります」
「……生き恥だな。私は部隊を壊滅させ、敵の捕虜にしたあげく、おめおめと帰還する」
「部下を敵の手から取り戻すために、戦えるというのなら。価値ある生き恥であります」
「……そうだね。それは、確かに。そう言えるよ」
「挽回するがいいであります。それは、結果的に、双方の利益となる」
「我々は、捕虜を救える。君らは、疲れ果てた状況での連戦を、回避できる」
「イエスでありノー。疲れ果てているとは、思うなであります。ペイルカの遠征部隊が来たということは―――」
「―――イルカルラの軍まで、来るということかな」
「想像力を働かせてみるがいい。ドゥーニア姫が望んでいるのは、領土的野心が満たされる展開であります。『プレイレス』の都市国家に手を出すのは、難しい。しかし、『西』の諸都市に、強力な影響力を残すことまでは、『自由同盟』は拒まない」
「砂漠の戦姫が、侵略者となるわけか」
「ノー。侵略者ではないであります。『西』の諸都市の盟主となる。『プレイレス』と同じ『自由同盟』の陣営にはなった。しかし、歴史は消えない」
「イルカルラは、『プレイレス』と敵対関係にあった。百姓のせがれから、槍働きだけで出世しただけの私でも、知ってはいるよ」
「歴史は変わらないものであります。イルカルラ王国は、巨人族の逃亡奴隷の建てた国。『プレイレス』への感情は、いいわけではない」
「そこらを、帝国軍は突くべきか……」
「答えては、やらんであります」
―――隣国同士というものは、複雑な歴史を抱えがちだ。
およそ戦争し合った関係性が、歴史の多くの時代に埋没しているのだからね。
『自由同盟』が戦いの抑止力になったとしても、完全な解消はない。
メイウェイの活躍にペイルカが過剰反応するのも、イルカルラの太守だったからさ……。
―――ドゥーニア姫と連携し、領土拡張の野心に出たのかもしれない。
『西』の諸都市には、大きな課題がある。
結束し切れないこの土地に、『統一王国』は必要かもしれないのさ。
『プレイレス』や帝国の圧力に、いつも屈してしまったのは弱いからだ……。
―――仲が悪すぎて、結束が作れていないというのもある。
アルトーが旅した時代から、いやいやもっと大昔からの課題だ。
近隣の大国に搾取されないようにするためには、それなりの集団でなくては。
『統一王国』でなくても、せめて都市間同盟が欲しいところではある……。
―――バラバラでは難しいのさ、それは『自由同盟』からしてもリスクだ。
もしも、この『西』が不安定なままではどうなるのか?
帝国軍を追い払っても、帝国への内通者が生まれるかもしれない。
『プレイレス』に脅威を感じたりすれば、敵の敵を頼るかも……。
「政治や歴史というものは、粘りついてくるね。窒息するように、絡みつく。手足にも、口にも鼻にも。溺れてしまいそうな感覚を得られるものだ」
「……教えてやれる情報もあるであります。ソルジェ・ストラウスは、メイウェイを高く評価しているであります。『歴史上最長の進撃』を果たしたばかりの英雄に、惚れ込むのは至極当然なことだ」
「……メイウェイを、『西』の王にでもすると?」
「夢があるハナシだと、お前のような男は思うのではないでありますか?身分の低かった男が、ろくな教育も受けていない子供時代を過ごした男が、帝国兵となり、ついには国王にまでなったとすれば」
―――乱世で軍人なんてやっていると、誰もが野心を抱くものだからね。
この男も例外ではないよ、出世は多くの軍人にとって最大の関心事だった。
出世の究極のかたちのひとつは、王となることではある。
キュレネイには読み解けた、目の前の軍人の心が躍っているのが……。
「……まあ、やはり。夢は、見たくもあるよ」
「それを見せてやられるかもしれないであります。私の団長の名において、『統一王』メイウェイが生まれるかもしれない。それは、帝国軍には大きな学びとなる」
「……学び……それは、つまり……」
「イエス。帝国を裏切れば、王にだってなれるかもしれない。帝国に仕えていても、お前たちが得られるものは市民権か?大陸の果てまで旅をするような苦しみの果て、得られるのは凡庸な市民としての暗しだけ。命を捧げる価値があるのは、どちらでありますか?」
「……誰もが、王になるほどの器じゃない。それぐらい、分かるはずだ」
「イエス。だとしても、野心家はいるであります。メイウェイにあこがれる。あこがれるモデルがいれば、模倣して追いかける者も、これから生まれてくるであります」
「私を、情報戦のメッセンジャーとして使うのは、それも伝えて欲しいからか」
「ノー。伝えなくてもいいであります。察する。士官が言わなくても、疑問に思う。最強将軍メイウェイと、ペイルカ軍と、イルカルラ軍がやがやって来る。敗北は免れない。だが、生き延びる術はある。メイウェイは王の器を持つ男。皇帝とは異なり、兵士の苦しみも理解し、共感してくれる男であります」
「帝国軍を裏切り、メイウェイに多くの者がつくなどと、思わないで欲しいね。そこまで、皆が夢見がちでもない。帝国への忠誠を失っているわけではない」
「イエス。全員とまでは、求めていないであります。わずかな量でもいい。それが、情報をくれる。それが、お前らの士気を弱くするであります。こちらの勝利が、楽になる」
「……そんなメッセージを、私に伝えさせるか」
「仲間ではない。敵同士でありますからな。今は、まだ」
「……裏切りはしない。私は、とくに。そんな権利は、もはや君が奪い尽くしてくれたからだ。これだけの被害、これだけの苦痛……私は、逃げられない」
「逃げられないのなら、戦えばいいであります。情報戦で必要なのは、現状把握。お前が仲間を守るためにやれるのは、真実を伝えることのみ。士官が嘘をつくほどに、不信の果てに、『自由同盟』とメイウェイに寝返る兵士も増えるであります」
「それを防ぐために、私が、君の語った情報を伝えると?」
「イエス。ベストを尽くそうとするのでれば、そうなるであります。嫌ならば、言うがいい。他の者にやらせてもいい。しかし、お前の歴史に囚われる。歴史というには、あまりにも新しい十数分前の敗北でありますが。戦場での敗北の記憶は、忌まわしいものであります。守るべき者を守れなかった記憶/歴史は、千年だって継続するのだから。癒えることなく、新鮮に。罪悪感と歴史は、あまりにも相性がいいものであります」
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