第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その818
―――敵は拠点を教えてくれたよ、そこは我々に対しての反撃のための重要地点。
敵は裏切りだとも思えていない、自分の所属基地は守れたのだし。
それに、『パンジャール猟兵団』とメイウェイにも恐怖と畏怖を持っていた。
もう一度、戦いをしたら勝てるなどというのは帝国軍の幻想に過ぎないよ……。
「多少の死傷者が、増えるであります。双方に。だが、勝利をくつがえすほどの力は、もはや帝国軍には出せない」
「……そうだろうか。いや、こんな質問を、敵であるアンタに聞いてもしょうがない。アンタは、嘘でも真実であったとしても……」
「イエス。そちらが戦を仕掛けようなどという傾向を、崩しにかかるであります。しかし、同時に理解してもいるはずであります。間違いを好むような性格を、このキュレネイ・ザトーはしていない」
「……誠実だとは、思うよ。人命を重視している。それは、痛いほど伝わっている」
「チームを組むであります。敵と敵でありますが、似通っている思想もお互いにある。敵よ、私たちの共通点は、お互いに自身の仲間の命を大切にしているという点であります。それは、ときに国家よりも大きな正義になりえるとは思わないでありますか?」
―――キュレネイはボクよりも容赦ない知性の使い手だ、正確さや論理ではなくて。
心に突き立てるような言葉の使い方を、ガンガンやってくれるからね。
ボクでは無理だ、ヒトの感情や意志や忠誠心を美化したがってしまうから。
キュレネイはね、そのあたりに自由度が大きい……。
―――彼女自身の忠誠は、愛情以上に大きな何かだよ。
ソルジェを裏切ることは、百回の人生を繰り返してもないだろう。
永劫の果てまで、そんな私的なセリフをパンジャールの番犬は使うかもしれない。
愛であり忠誠であり、とてつもなく巨大な知的束縛なんだよね……。
―――ボクには使えない言葉だった、人道主義が国より大切か?
嘘つきなルードの狐にも、それはどうしたって言えない主張なんだけれど。
キュレネイ・ザトーならば、言えてしまうのさ。
祖国が嫌いな者でなければ、なかなか口に出来やしないものだからね……。
―――帝国を帝国軍の兵士どもは、何だかんだで愛してはいるけれど。
これはまだ歴史が浅すぎるせいで、帰属意識を捧げ尽くすのが難しい。
最高の軍事力であり最大の政治力であり最多の経済力で、人間族の味方だ。
しかし、帝国を『故郷』や『祖国』と呼べる者は多くはない……。
―――そう呼べる者たちは、バハルたち死貴族となった王国時代の古参帰属だけ。
しかし、彼らの哲学はユアンダートとは異なっているのさ。
古き騎士道の体現者たちからすれば、現状の合理的な帝国は色褪せた何かだ。
故郷と呼ぶには、どうにも値しないのさ……。
―――そこらへんもキュレネイは計算していたよ、演技を知っているからね。
演技に必要なものは何かと言えば、歴史に博学であり哲学を読めて。
現実を動かしている技術に詳しいこと、これがやれてない役者はゴミさ。
千年前から言われている法則を、ヴァルガロフのオペラ座で学んでいる……。
―――間接的に学んだのさ、オペラ座で演じられる歌劇を網羅することで。
演劇は役に立つものだよ、人々の心理を究明しようとした唯一の行為だから。
千年前から、いや歴史の始まるちょっと前ぐらいからか。
心を読解しようとした研究を、これほど長くやっている存在はない……。
―――キュレネイは感情がないように見えるし、実際そんなにはないんだよね。
悪く言えば、かなり空っぽに近いからこそ。
『感情よりも原始的な知性』を、使いこなせていると思うんだ。
ああ、いい間違いじゃないよ……。
―――古王朝の流れをくんだ演劇術のなかでは、『知性は感情より原始的』だ。
合理的に動く虫も、合理的に動く植物も数多くいる。
本能はおよそ100%の再現性を持つ、明確な科学であり知的な行動だ。
虫や植物に思考はなくても、その動きは合理的で知的だってことさ……。
―――虫や植物よりも高等な、ヒトという存在が持ち得た心理的な力。
知性もそれは大きなものだけれど、知性をカンタンに裏切れる感情とは?
とても大きくて、知性よりも上等な存在ではないのか。
そんな考えがあってね、それを大陸の演劇は踏襲したわけさ……。
―――千年前から、演劇において。
知性を操る感情というものは、明確に定義されていたんだ。
そして、おかしなことにそんな感情を操るのはいつも『不完全な知性』だけ。
キュレネイはそのあたりの理論を用いて、敵の感情に訴えている……。
―――とてつもなく、高度な演劇術ではあるのさ。
これは大陸演劇論者かつ、偉大な戦士にしか分からない技巧ではある。
とにかく、キュレネイは成功していたんだ。
「国家よりも大切な人道主義がある」、その言葉で敵を篭絡することにね……。
「……そうかもしれない。オレは、死んで欲しくはないんだ」
「イエス。その感覚を、差別を越えて使えれば、我々はお前と戦わなくて済むであります。無益なことに感じないか?」
「……オレは、あくまでも、帝国軍人だよ、キュレネイ・ザトーとやら」
「それは後天的な立場に過ぎないであります。マルケス・アインウルフのように、立場などいつでも変えられる。今この時代、この大陸は、裏切りという正直さが許容されている。国家よりも大きな正義を、信じてもいいということであります」
―――キュレネイの言葉は、実のところ演技であり一言一句計算だった。
そして『鏡』でもあるのさ、他ならないソルジェ・ストラウスの鏡。
模倣を本人以上にこなせるのが鏡の乙女の力であり、ある種の限界でもある。
心からの言葉ではなくて、計算という力の産物に過ぎない……。
―――キュレネイ自身が、本当の感情から来る言葉ではないと知っている。
だから限界もあるのさ、キュレネイは王の器を持ちえない。
でもね、演技の力で騙せる程度の政治力を使えるんだよ。
「そのうちもっと大化けするさ。感情など、いつかコロリと戻ってくる」……。
―――ガルフの予測を、キュレネイはあまり信じちゃいないのかもね。
しかし、キュレネイはともかくソルジェは信じているのさ。
ソルジェなら信じられるキュレネイは、そのおかげで絶望はしない。
本当の感情ではない偽りの言葉、知性の産物でしかなかったとしても……。
―――『今』は、ソルジェの力となり『自由同盟』の武器となるのだから。
嫌悪を持たずに、偽りで空っぽの『万華鏡』を使うんだ。
千変万化の自分なし、空っぽの言葉に知的な理論を乗っけてね。
キュレネイは演技だけで、美しく強い演説の騙しを行えるのさ……。
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