第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その742
―――「自殺してしまった若者たちの墓参りを終え、いくつか追悼のための劇を演じた」。
「世の中からは真実は消し去れていたからだ。扇動者の名前は、歴史から削り取られる」。
「『王なき土地』にある悪癖かもしれないが、伝統ではあったよ」。
「正しくない政治的な選択を、『プレイレス』の偉大な民衆は嫌うものだ」……。
―――「我々は『王なき土地』のなかでも、最も古い考えを持っているからだ」。
「『同胞』よ、教えておいてやろう。この土地の民の特徴のひとつ」。
「『プレイレス』の民衆は、『自分の選択』に対して価値を持ちたがるものだ」。
「誰しも大なり小なりありはするが、この土地では、とくに極端なものがある」……。
「そ、そうなんですね?」
「ええ。その種の傾向は、あると思います。それゆえに、『市民の誤った選択』、『間違ってしまった政治選択』を、なかったことにしようとしてしまう。学ぶためにその屈辱的な歴史を振り返ることよりも、記憶から完全に忘却するという方法を好んでしまう。潔癖症というか、これは、そう……私たちは、とても傲慢なんです。自分たちの文明が、間違わないと思いたがっているんだ」
「そ、それは。気高さだと思いますっ」
「そうですね。でも、その気高さが持っている、あまり褒められそうにない側面なのは事実ですよ。ジャンさん、『プレイレス』は偉大な文明ではありますが、おごり高ぶることだってあるんです。ヒトなのですから、アルトーの語る通り」
―――「ヒトには限界というものがある。本能めいたものが、繰り返し歴史に現れる」。
「『プレイレス』の市民権の、あまり褒められたものじゃない使い方だった」。
「扇動者や、分不相応に権力を目指して戦争の拡大を望んだ軍人ども」。
「それに協力した銀行や、奴隷商人。麻薬にまで手を出し、同胞を犠牲にした」……。
―――「いくつかの劇にして、演じてやったよ。人々の受けは上々である」。
「だが、どの都市国家でも、すぐに役人や衛兵がやってきてしまったな」。
「気まずそうに弾圧してくる。市民は、もちろんオレたちの敵でも味方でもない」。
「なかったことにした歴史というものは、市民にも居心地が悪いものだ」……。
―――「『プレイレス』の市民の特徴は、『移り気』なところもあると覚えておけ」。
「我々はあいかわらず『自分の選択』を、好きすぎるからな」。
「昨日までとは異なる自分を、成長したなどと理解してしまうのだ」。
「ただの現実逃避の場合もあるし、忘れるべきではない痛みから目をそらしただけ」……。
―――「それでも、新しい日々を受け入れ、過去の亡霊とは向き合わない」。
「忘れる力もあるのだ。多くの犯罪者は残酷に裁かれ、『プレイレス』は順調だ」。
「変わらないがね。奴隷商人たちや、モローの銀行も活動を再開している」。
「戦争から解放された我々の都市国家同盟は、どこも好景気だったから」……。
―――「新たな奴隷が必要とされる。オレたちの戦いは、平和を呼んだ」。
「そして、平和が忌々しいことに奴隷貿易の需要を大きくしていく」。
「疲れたわけではない。だが、ずいぶんとオレは年を取っていた」。
「逃亡奴隷の手助けも、前ほど上手にやれはしないのだ」……。
―――「好景気のときの奴隷は、そうじゃないときよりは平和に暮らせる」。
「戦争中よりは、マシだったはず。彼らは戦場で、激戦地域に投入されずに済んだ」。
「若者たちは、奴隷たちの命を、ちゃんと救っている。市民の命も」。
「オレの心など、どうでもいい。年寄りの割りには、がんばれたのは事実だから」……。
―――「古い知り合いたちも、ずいぶんと亡くなっている」。
「誰もがだんだん歴史の一部になり、風化しつつあったな」。
「劇作家先生や、他の尊大な精神性を持っている芸術家たちの気持ちが分かる」。
「オレもそうだが、『永遠の生』と呼ぶべきような状態を求めがちなのだ」……。
―――「芸術作品のなかには、ごく稀に。永遠の生を獲得するものがある」。
「何百年も語り継がれる、恐ろしく愛された芸術作品がね」。
「それになりたくなる。それの一部に、関わりたくもなる」。
「芸術家どもは、尊大なのだ。自分の行いに、強烈な価値があると信じたがった」……。
―――「その点では、オレも、あきらかに。『プレイレス』の出身者だろう」。
「自分の選択の価値を、もしかすると過剰なまでに信じたがっているのだから」。
「傲慢なのかもしれん。だが、これも、ライフワークだった」。
「すべての奴隷を解放してやりたい。『同胞』よ、お前の時代で達成してくれ」……。
―――「嗅覚呪術をより使いこなせ。戦や、『プレイレス』の民を操る手法もだ」。
「オレたちが行った手段が、お前の理想にそぐうとは限らんだろう」。
「もしも、やり直せるのなら、オレはまた別の方法を取っただろうしな」。
「考え抜いた結果の選択だったが、多くの若者を絶望させてしまった」……。
―――「もっと、オレより上手くやって欲しいのは事実だ」。
「オレの願望も、もちろんお前に押し付けているよ。嫌な先輩だろう?」。
「安心しろ。ちゃんと、自覚はあるのだ。だからこその、その金塊でもある」。
「金は十分に遺して、託したのだから。オレからの依頼料だと思ってくれよ」……。
―――「多くを与えているつもりだ。顔も見れない、声も名前も分からぬ『同胞』よ」。
「お前は、オレの経験を活かして欲しい。より希望に満ちた道を進め」。
「間違った道ではなかったと思う。だが、後悔は多いのだ」。
「安らかな死に顔だったと、ご遺族たちは語られた。それが救いとは思えん」……。
―――「少なくとも、死んでいった彼らにとって」。
「奴隷たちだけじゃない。市民も、オレは、ちゃんと救ってやりたかったのに」。
「オレたちだけでは、たどり着けなかったのだ。だが、もちろん、あきらめない」。
「あきらめずに、疲れて老いた体を使う。よりマシな未来を託すために」……。
「いい『狼』だろう。ほめてくれ」
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