第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その704


「じ、自分たちの聖域というか、神殿を。あ、アヘン窟なんかにされたら」

「めちゃくちゃ怒るでしょうね。それは、まあ、当然というか」

「え、エルコバは、横暴なトコロがありますね」

「あるいは、異教徒だという認識をしていたのかもしれません。『蟲の教団』を、トゥ・リオーネの神々を信じる者のひとりとして、排除するのが、自分の信仰心にあっていたのかもしれません」




「な、なるほど。宗教が違っていると……そ、それだけで、殺し合う理由には十分ですもんね」

「はい。乱暴なハナシではあるのですが、実際、現実問題としてそうなっていますから」

「し、信心深い方々ほど、かえって厄介というか。よ、善かれと思って、他宗教の方を殺そうとするんですから……っ」

「無神論者である私からすると、非合理的だと思う一方で、ごくありふれた現象であるのは否めない。ありふれているけれど、正しくない考えですが、宗教は戦争や虐殺の大きな理由にはなる」




「か、考え方が違うって、怖いんですよね。じ、自分が正しいと思い込めるからこそ、強いんですけれど」

「正義の敵は、異なる正義。使い古された考えですが、使い古されてしまうほどに、普遍性があるというか」

「も、もっと仲良くできれば、良かったのに。よ、よりにもよって、アヘン窟」

「冒涜が過ぎる。アルトーと『蟲の教団』は、手を組んだ」




―――「あいつらも、かなりのクソだったのは確かだな。邪教だ、邪教」。

「だが、エルコバの作った組織を破壊しなくてはならない」。

「ガキどもの死体が、荒野で見つかったからな。オレは、娘を持つ男だ」。

「怒るに決まっているだろ。ガキってのは、もっと大切にしなくちゃならない」……。




―――「麻薬の運び屋として、あるいは、実験台として」。

「ガキどもは消費されていた。エルコバの組織の錬金術師どもは、麻薬の実験をした」。

「より高く売れて、より運びやすい麻薬を作るために、エルコバは熱心だ」。

「どうすれば、いいのか?算数を習った者ならば、答えはすぐに分かるはず」……。




―――「少量で、より稼げる品物ってのは、どういう意味か?」。

「麻薬の場合は、『不純物で薄めても十分に効果が出るブツ』ってことになる」。

「少量なら運びやすいし、それを薄めても商品として売れるなら問題がない」。

「『強烈に濃い麻薬』を錬金術師が作れたら、エルコバの組織は大儲けだ」……。




―――「だが、そんな麻薬を『試す』んだぞ?ガキどもで」。

「どうなるのかは、分かり切っているだろう。荒野で見つかった死体たちだ」。

「あの子たちは、あまりにも濃度の高い麻薬の実験台になって、死んじまった」。

「ニオイが染みついていたから、オレ以外だって分かったかもしれない」……。




「な、なんて、残酷なことを……」

「麻薬は、薬物ですからね。それを、カラダのちいさな子供たちで、実験すれば……」

「え、エルコバは、悪魔です。い、今の時代にいたら、ボクが殺してやりたかった」

「ええ。でも、大丈夫です。二百年前にも、『狼男』がいたんですから」




―――「錬金術師どもの新型麻薬の実験で、ガキどもはバタバタ死んじまう」。

「それを知っていても、ガキどもの貧しい親は止めなかったんだ」。

「切なくて冷酷な計算がそこにはあって、貧しさで一家全滅よりは、マシだったから」。

「だとしても、他人の切実さに付き合ってやる義理はない。オレの怒りの問題だ」……。




―――「『蟲の教団』のクソみたいな老師は、まあ、賢くはあったよ」。

「オルテガに流れ着いた、貧しい移民や難民を、懐柔し始めた」。

「宗教色は控え目にな。教団に勧誘せずに、ただ施しをやれと指示を出す」。

「ガキをエルコバに売り払う親たちに、歯止めをかけたからだし」……。




―――「エルコバとその組織、錬金術師どもの動向を教えてもらうためだ」。

「西部から来やがった連中は、エルコバをよく知っている」。

「麻薬の原産地も、エルコバの傭兵どもも、ぜんぶ、西部生まれだ」。

「西部育ちの連中は、誰よりもこの麻薬組織に関わってきたんだよ」……。




―――「エルコバの家は、忌々しいことに大地主の家系だった」。

「オレの恋人の親父みたいで、腹が立つな。どこの地主もクズばかり」。

「サトウキビを『プレイレス』に運ぶことで財を成した一族だが、商売替えをした」。

「エルコバは麻薬の方が、作地面積当たりの稼ぎで二桁多いと知ったらしい」……。




―――「『資本主義を導入する』、あいつの考え方は悪人らしかった」。

「農家の連中も大喜びだ、『一生貧乏のままじゃない。金持ちになれるぞ』」。

「サトウキビ育てるより、金になったのは確かだな」。

「『だから、悪いことだと農家の連中も思っちゃいないんだ』。なるほどね」……。




―――「西部出身者の多くが、エルコバの考えに毒されていやがったよ」。

「彼らの少なくない数が、麻薬ビジネスだけが自分たちを豊かにすると信じていた」。

「エルコバに搾取されようとも、麻薬で大勢のガキどもが死んだとしても」。

「『自分たちを救ってくれる麻薬』を、悪く言えなくなっていやがったんだ」……。




「ま、麻薬なんかで、貧乏を……克服したって。誰かを、不幸にするのに……っ」

「他人を考えられなくなる。私の実家も、裕福ではありませんので、貧しさの持っている、呪わしい圧力は、想像がつきます。だとしても、すべき道ではない。ヒトとして、間違った道を、選んじゃいけない」

「き、きっと。彼らも分かっていたんです。でも、それでも……」

「痛みは、当事者だけのものです。当時の方々の苦しみは、壮絶なものだったのでしょう」




―――「くたばれ、クズども。根性ナシどもめ。そんな弱っちい精神こそが問題だ」。

「御大が生きていれば、もう少しマシな修飾をほどこした言葉で同じ意味を叫ぶ」。

「貧乏だからって、ガキを殺すような連中を許してんじゃねえよと」。

「そんな正しいことも分からんようでは、何も成し遂げられなくて当然だろうが」……。




―――「盗人で、殺人犯で、逃亡犯で。無学なクソ低能野郎のオレでさえも」。

「分かっているようなことが、欲深さに狂わされたボケナス農民には分からない」。

「分かっていたはずだが、クスみたいな欲深さのせいで、こいつらは歪んでいる」。

「やっちゃいけないことぐらい、誰だって分かっているといのにな」……。




「あ、アルトーは、すごく怒っていた」

「いいヤツ、とまでは言い難い経歴ではあるんですが、義賊的な人物ですし」

「こ、行動力と善意は、あったわけですね……」

「嗅覚呪術も、持っています」




―――「圧倒的な捜査力で、オレは錬金術師どもを見つけていったんだ」。

「何をするか?麻薬の開発、研究、精製をやれなくすればいいんだよ」。

「こいつら全員、皆殺しにしてしまえば……ああ、老師に止められた」。

「偽善者ぶったヘタレめ、悪人は、死ぬまで悪人、改心するものかよ!」……。




「あ、アルトーが言うなって、言われてそうですね」

「改心した悪人そのものにも、見えるんですよね」

「た、他人のために、がんばれてますから。すごく、必死に……」

「方法は過激でも、善良な側面もありますよね。彼が愛について語るように、とても多面的で、フクザツに作られているのが、ヒトの心なのでしょう」



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