第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その665
―――帝国兵の一団が、漁船の異常さに気づいていた。
マトモな神経をしているのであれば、誰が軍船のド真ん前に位置するものだろうか。
まあ、ありえないことだよ。
軍隊の前に、ひとりで突撃出来るような方が極めてまれであるようにね……。
―――たとえば、マルケス・アインウルフが一騎駆けを仕掛けて。
突撃しようとしていた赤毛の北方野蛮人とすれ違う、なんてレアケースが過ぎる。
人生で一度か二度しか出会えないような真似は、考えない方がいいだろ。
無謀の領域の深層まで突っ込んでいるような、異常な勇敢さでなければ軍事行動さ……。
―――漁船が誘導していると、すぐにバレてしまったんだ。
プレイガストとレビン大尉が逃げ出してきた基地、そこから出撃した帝国兵の一部。
逃亡者を探しつづけることだけに集中していた連中が、今は新たな任務を見つけている。
『手助けした敵勢力』を把握して、殺すべきだとね……。
―――このあたりに、昨夜のうちに雨が降っていたのは幸運だった。
帝国兵どもは、森のいずこかに攻撃すべき敵がいることをすでに確信している。
その詳しい場所までは、呪術や地形のせいで分からなかったとしても。
分からないほど答えは明白になる、焼き払ってしまえばいいだけだとね……。
―――でもね、しっとりした雨が三時間ちょっとも降ってくれたおかげで。
海辺の森たちは水分を大量に含んでいてくれた、焼き払うためには準備が要るのさ。
少々、火矢を放ったぐらいでは燃えないだろう。
ここの木は脂っこい樹液を垂らしてもいない、呪術に強化された迷いの森だった……。
―――木々のひとつひとつに、呪術が刻まれているらしいよ。
苗のころにされたのか、下手すれば種や花のころかもしれないけれど。
プレイガストという数学者にして呪術師は、恐ろしい使い手であった。
ボクは他の誰と彼を会わせたとしても、クラリスだけは会わせないだろう……。
―――口にするだけでも、激怒する姉が肘を曲げた姿勢から放つパンチが見えた。
フックから伸ばしながら腕を捻って放ち、インパクトの瞬間に腕を引く。
徒手の格闘技は合戦場では一切の役に立たないけれど、家族内の指導には向いた。
すべての姉を持つ弟がそうであるように、やさしい姉など半ば空想なのだと知る原因……。
―――それは間違いなく、姉たち自身の所業であるはずだった。
ボクたち弟は、青春時代に入るよりも先に女性へ抱いていた神話的な幻想を破壊される。
姉の拳とか暴言とか態度とかによって、女性も動物なんだって指導を受けるんだ。
感情的で乱暴、社交的なところは野郎よりも優れているが偽装の類に過ぎないと……。
―――まあ、プレイガストという人物を自分の君主に近づけたい愚者はいないってこと。
プレイガストがどれだけ厄介な人物かを、かわいそうなことに聞かされていない。
追跡者にとって、臆病は良くないと階級が少尉以上の誰かが命じたのかもね。
だが、いささか問題があったよ……。
「も、森が、動いてないか!?」
―――不用意に森へと近づいてしまった帝国兵が、犠牲になってしまう。
動く森の奥から、長い枝が不気味に飛び出してきて。
おぞましいことに帝国兵をひとり、串刺しにしてしまったから。
想像力が恐怖心に誘導されて、牢屋の奥にいたやせた男を思い出させる……。
「ぷ、プレイガストの呪術なのか―――」
―――ひとりの帝国兵が、プレイガストの邪悪な呪術に突き殺された。
普段はこの森はもっと静かで、こんな目立った恐怖現象を実行しはしない。
プレイガストが『やれ』と命じていたから、森は長らくぶりに目覚めただけ。
動く木と、枝で人身を貫こうとする木々の群れは……。
―――圧倒的な恐怖の存在となって、帝国兵どもを立ち止まらせる。
プレイガストという自分たちの敵は、奇襲で強いわけじゃない。
ユアンダートが殺すのを控えるほど、得体の知れない呪術師なのだから。
それでも、呪術だけでは戦に勝てるはずもない……。
「たかが、死にかけた男の呪術だ。部隊すべてを受け止めるほど、強いはずもないだろう」
―――まあ、その通りさ。
魔術や呪術の一部は、神がかったほどの威力を見せはするけれど。
それが戦争の主役になれた試しがないのは、あくまでも個人技に過ぎないから。
兵士の群れが相手では、このうごめく木々だって圧倒されるだけ……。
―――魔物のように、永遠に動きつづけられるならともかく。
一度大きな身震いをすると、木の幹にダメージが入ってしまうから。
プレイガストの呪術の特性でもあるのか、姿かたちが変化すると極めて脆いのに。
精密すぎる呪術は、返って破壊もしやすいのかも……。
「かわせるはずだぞ!それほど、するどくもない動きだ!!すぐに、動きも悪くなる!!」
―――たった数分の恐怖現象の果てに、もう見破られていた。
大して優秀でもない兵士が、たったの数分で。
夜の闇に乗じてやるべきだった、そのあたりは軍才があるわけではない人物らしい。
この欠陥品は、もっと慎重に使うべきだったかもしれないね……。
―――まあ、それでも十分だろう。
ずいぶんとこの不気味な呪術は役に立ったんだ、目くらましのね。
レイ・ロッドマン大尉は、もっとこの上陸が失敗すると予想していたのに。
夜間に使えば数日間は使えた戦術を浪費したおかげで、無傷での上陸を成し遂げた……。
「こうも、あっさりとは。アンタらが何かしたみたいだな」
「……私の呪術さ。すでに、攻略されつつあるようだが」
「かまわねえさ。オレは十人ぐらい、寝込ませるつもりだったが。おかげで、無事だ。ミーティングをしようぜ。エルフの戦士たちは、どれぐらいいるのか……それと、そこにいる帝国軍の大尉は、殺してもいいのかってのも聞いておこうじゃないか」
「殺してはいけない。レビン大尉は、亡命希望者だよ。不正を働いたせいで、帝国軍に居場所がなくなった人物だからね」
「ほう。そうか。なるほど。腐敗が著しいとは聞いていたが、敵となった今では、むしろ笑えるよ。ありがとう、レビン大尉とやら。オレが、誰だが知っているか?」
「……レイ・ロッドマン大尉だろ。第九師団が雇った、傭兵上がり」
「第六師団に所属もしていた。オレは、メイウェイの盟友だ。あいつのために、ちょっと軍事行動してやりたくもある。レビン大尉とやら、貴様は信頼してもいい裏切り者なのか?」
「おかしな言い回しだが。オレは、もう腹はくくっている。やりたくねえ。亜人種も嫌いだ。この呪術師にいたっては、もっと早くに殺しておえば良かったと、昨夜から今に至るまで、百五十回は考えている。それでも、死にたくはない。だから、戦うよ。帝国軍ともな」
「小物じみたヤツだ。サバが腐ったような男か」
「うるせえよ。オレは、普通の男だ。普通の範囲で、出世したんだよ」
「いじめてやるな、レイ・ロッドマン大尉殿。彼は、大人物じゃないが、平均よりはずっと有能なんだ。態度が悪くても、反乱はしない。自分が私の付属物に過ぎず、帝国軍から不用だと判断されたことぐらい、吐き気がするほど分かっておられる」
「君らの力関係が、よく分かるセリフだ。とにかく。使わせてもらうぞ、レビン大尉。使えなければ……オレが預けられた学生たちをムダに死なせたら、即座に殺すからな。がんばれよ。殺したくない人材だって、表現しておいてくれ」
―――明るい笑顔で、そんなセリフを言われるとは。
『常人的な優秀さ』を誇るレビン大尉は、理解していた。
レイ・ロッドマン大尉という人物も、異常な傑物なのだろうと。
十大師団に入れなかった理由を感じたせいで、彼は青空をちくしょうと罵った……。
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