第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その632


―――海から上がったプレイガストは、自分が長老ににらまれるていることを知る。

血はかなり落ちていたから、会いに行くために浅瀬を這い回った。

疲れが出始めているものの、使命感が強く働いてくれる。

長老に説明をしなければならない、現状がどういうものかを……。




―――義理の父親でもある長老の前に立つと、プレイガストは濡れた顔面をぬぐった。

老人は怒っているが、先ほどよりは落ち着きがある。

殴りつけたことで、少しは知りたくもなかった訃報を受け入れられたのか。

老人らしく永遠の憎しみと拒絶をたたえた表情は、変わらないだろうけれど……。




「お前を許せはしない。娘を不幸にしたのだからな」

「……許さなくてもいいんです。私も、けっして自分を許せませんが……皇帝ユアンダートを、討たねばならない。直接、貴方の娘と孫たちを殺したのは、ユアンダートだ」

「どうして、そうなった。お前のせいではないのか?」

「ないとは言えません。ユアンダートの要請に応えなければ、それで良かったのかも。しかし、報酬に目がくらんだ。いい暮らしをさせてやりたい。王族の加護がほしかったのです。『狭間』の子供たちを、貴方がたも嫌ったでしょう」




「我々を責めるのか、プレイガストよ」

「いいえ。責めてなんていません。ただ、居場所を、得るためには。苦労を強いられた時代というわけです。そう、時代だ。我々のような個々人の力では、どうにもならない大きな力のながれがあった」

「お前を、信じられん」

「でしょうね。しかし、私の呪術はここを長らく守ったでしょう。帝国軍の侵略のはげしさは、聞き及んでおられるに違いない。妻の故郷を、守ってやりたかったし。実際、守れた。その事実だけは、評価していただきたい」




「殺してやりたいほどだ。それほど、お前が嫌いだ」

「ええ。その憎しみは永遠でしょう。それで、いいのだと思います。でも、許さなくてもいいから。帝国軍から生き延びるための提案を、受け入れていただきたいのです」




―――プレイガストは、紳士的な礼儀作法で頭をさげていた。

執事か何かのようであり、レビン大尉からすればあまりにも異常に見える。

それほど義理の父親などに、プレイガストが媚びるとは。

罪悪感など無用な呪術師に見えていたのだが、ずいぶんと変化がある……。




「……我々に、逃げろとでもいうのか?」

「それも手ではありますが、『自由同盟』への合流を提案いたしたいのです」

「『自由同盟』……帝国に反する、亜人種も含む軍事同盟」

「そうです。彼らは、勝利を重ねているのですよ」




「こんな小さな漁村が、『自由同盟』に何をしてやれるという?戦力にはならない。巻き込まれれば、帝国軍に一晩のうちに狩り尽くされてしまうだけだ」

「帝国軍に、見破られていない港ですよ。ここは、最高の橋頭保となりかねない。ここから『自由同盟』の戦士たちが上陸を果たし、帝国軍を西部から排除してくれる」

「……基地として、差し出せと?……お前は、隠遁の呪術に守られたこの村を、多くの者にさらすのか?この土地の者たちからも、我々は狙われてきた歴史があるのに」

「すべてを、変えねばなりません。時代そのものを変えなければ、我々の愛する者が、殺されてしまった事実に……意味を持てないんだ」




「隠れていれば、やり過ごせる」

「いいや。無理でしょう」

「お前と、あの男を殺して……死体を、帝国軍に見つけさせればいい。野盗にでも襲われたようにすれば……探索をあきらめてくれる」

「私が死ねば、呪術は弱まります」

「……そんなハナシは、聞いていない。騙したのか?」




「かつてと、仕様を変化させたんです。私を、自由にさせ過ぎてしまいましたね」

「……お前は、やはり。嘘つきだ!」

「ええ。しかし……貴方にも、共有していただきたいのです。愛に由来する復讐をね。私たちは、賛成し合い、手を取り合い……帝国を焼き尽くさねばならない」

「お前や、私に……戦で活躍できると言うのか?年老いた男と、そんな私よりも痩せてしまったみじめな男に……」




「私たちじゃないんだ。私たちは、招き入れるだけ。『自由同盟』を招いて、まずは西部を浄化する。そうすれば、『自由同盟』は……帝国の本拠地に……帝都に、ユアンダートの居場所を目指して、東へと進めるようになるんですよ」

「戦いに、巻き込まれるわけには……」

「巻き込みますよ。貴方が、拒むのならば、巻き込んでやるだけだ」

「お前は……やはり」




「悔しくはないんですか?貴方の娘が、孫たちが、殺されたんだ。この漁村を、捨てた娘を許せないのか?恨みがましく、私や、彼女をにらみつけたままか?自分の理想のとおりの人生を歩まなかった娘は、憎いのか?」

「……憎いさ。間違ってしまった……」

「憎いのは、愛しているからだ」

「…………そうだ。お前が、お前は……ともかく。あの子が、子供を連れて……私の目の前に現れてくれたら。かけてやりたい言葉もあった。すべては、台無しだ。私の人生には、もう、何も残っちゃいない」




「ありますよ。私と同じだ。空っぽにされた私たちは、怒るべきだ。この痛みに怒りという手段をあたえてやりましょう。勝つんです。『自由同盟』に……竜騎士に、帝国軍どもを焼き尽くしてもらえばいい」

「竜騎士。そんなものが、実在していると?」

「『オルテガ』さえも、陥落させたのです」

「……『プレイレス』を解放してから、日が浅い……」




「空を飛び回れる竜騎士なればこそ、可能なのです。帝国軍は、彼に……ソルジェ・ストラウスに対応できてはいない」

「……どうして、お前は、会ったこともない男を信じられるんだ?」

「彼を、皇帝ユアンダートが恐れているからだ。竜騎士を恐れた。ガルーナという、人間族と亜人種が共存していた土地を……それは、亜人種を狩り殺す皇帝とは、真逆の力だからだ。我々は、どちらに所属すべきでしょうかね。孤立し滅亡を待つだけの日々と、竜騎士と共に、帝国に復讐する日々。どちらに、残りの人生を捧げてみますか?」

「…………私の一存では、決めかねる」




「分かっていますよ。ここも、中海の伝統らしく、民主主義があるのだから。皆で、投票でもしてみてください。私は、その結果の次第で、行動を変えるでしょう」

「貴様の意に沿わない結果となってしまったときは、どうするつもりだ?」

「呪術師らしく、行動するだけです。その前に、説得はしますがね。戦士は、ひとりでも欲しい。この空虚な余生に、意味をあたえてやるために……私は、貴方とは違う。ユアンダートを、本気で殺してやりたがっているんだ」

「……私とて、同じだ。バカにするなよ、プレイガスト。お前は、力を持たない老人に、牙がないとでも思い込んでいるのか」




―――長老は漁村の者たちを起こして、集会場へと呼び寄せる。

議論は一時間では終わらず、二時間以上が過ぎていた。

プレイガストとレビン大尉は、戦士たちに包囲されたまま。

海水が乾いていくのを感じていたよ、やがて長老はふたりのもとに戻った……。




「……お前は、呪術に頼らなくても、済んでしまった」

「保守的な村を、貴方は長年の努力で、マトモな考えをするように改革できたようですね」

「うるさい。どうあれ……血が流れる道だった」

「時代に追い詰められただけですよ。さあ、復讐のための日々を、始めましょう」



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