第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その623
―――馬泥棒を成し遂げた二人組は、いそいで帝国軍の基地から逃げ出した。
気配を消すために、小川まで利用したよ。
足跡はそこで洗い流される、小川を走らせて川上に向かう。
他人の痕跡に隠しやすい、使用者の多い商業的な人気のある小路へと出た……。
「これで、かなりの凄腕偵察じゃない限り、四時間は稼げる。幸運を、試させられるんだ」
「ギャンブル次第になるか、いい表現だよ」
「幸運にも賭けなくちゃいない。このまま……」
「それぞれの道に分かれて、馬を走らせるというのもありだね」
「……そうだ。だが、オレは……騙されたくねえんだよ」
「若者は、いつもそうだ。騙されたくない?……不当なあつかいなど、していないだろ」
「いいや。しているに決まっているさ。お前は、この西部の出身者なんだ。土地勘がある」
「西部は広くて、厄介な地形が数多くあるのに?君は、故郷の道のすべてを覚えているか?」
「主要な道は、覚えているぞ。オレは、物覚えがいい。だが、バカなんだってよ!」
「バカでも、特技はあるものさ」
「賢いお前は、どうせオレよりも多くの道を覚えている。脱出の方法を、考えていたハズだ。オレを利用することもだし……オレが、お前と、このまま別れたら。お前と、別の方角に向かって走ったら……きっと、罠にはまる」
「そんなことはないのだがね。君はストレスのせいで、疑心暗鬼という心の病を患ってしまっているだけだよ。世の中には、君が思っているほど、悪意なんてありはしない。私だって、そうさ。善良な男では、ないかもしれないが。せいぜい、普通の男だ」
「爆笑させるつもりかよ、だとしたら成功だな」
「……経験は、若者を学ばせるものだ」
「若造あつかいするんじゃねえよ、クソ野郎」
「もちろん。私は君よりもこの脱出作戦に対して、長く知恵を絞ってきた。どうしたって落ちつけない君に比べれば、間違いなく上等な逃走ルートを見つけているだろう。満足かな?認めてあげたぞ」
「ついでに、認めておけよ。オレを、やっぱり罠にかけて……犠牲にするつもりだったと」
「いいや。そんなことまで考えていないよ……なんて、君を爆笑させるためのユーモアあふれる言葉を使ってみたが、どうかな。笑えていないな」
「……自分を、罠にハメて殺そうとしていた呪術師に、笑顔なんて見せたくねえんだよ」
「英雄たちなら、笑うだろう。笑顔は、余裕を現すものだ。良かった。君が、英雄ほどの勇気を持ちあわせていなくて。君をコントロールするのは、まだまだやれそうだよ」
「殺してやりてえよ、プレイガスト。ほんとうに、ほんとうに。貴様だけは、地獄に、この手で落としてやりたい」
「だが、やれないよ。悔しいだろう。君みたいな粗暴な男には、耐えがたい屈辱だと思う」
「……うるせえ。だまれ…………馬を、向かわせろ。よりマシな逃走ルートに」
「ついて来るがいい。父親のように、君を導こう」
―――剣で斬り捨てたかったのか、いや素手で殺したかったかもしれない。
短気な男が本当に怒ったとき、鋼よりもその手と指を使って命を奪いたがるものだ。
飢えた犬のように、牙をむき出し。
プレイガストは背後の男の表情を理解しつつ、振り返ることなく恍惚の笑みをした……。
「どう猛で、しつけのなっていなかった犬を、支配下に置いた経験はあるかな」
「……ねえよ。帝国軍は、犬なんてそう使わねえ」
「私は、この西部で生まれ育った。この土地では、よくしつけられた犬を持っているのが大きな自慢になるし、いなければ……なんとも大きな恥となる」
「犬ごときで。馬ぐらい立派な家畜で決めやがれよ。名誉なんてものを……犬ごときに」
「いい犬は、ちゃんと手をかけられた証だ。時間と、知恵。犬は、よく見抜くものだ。自分の主が、どれだけ怠惰な生き物か、あるいは、そうでないのかを」
「……さぞや、いい犬ごときを飼っていたんだろうな」
「たくさんの犬たちを。私たちの一族は、犬に呪術まで使ってやったんだぞ」
「さぞかし、嫌われただろうな」
「いいかね。好き嫌いなど、奴隷や家畜には、心に思い浮かべる権利もないものだよ。今の君自身が、そうであるように」
「テメーは、大嫌いだ。犬あつかいするんじゃねえよ。クソ呪術師が」
「犬は、君よりもずっと可愛いよ。そして、賢い。逆らうべきじゃない者には、ちゃんと屈して、忠誠を選ぶ。好きだとか、嫌いだとかではないのだ。それしか、道などない。そう分からせるのが、調教のコツなのだよ」
「うるせえ。オレは……奴隷じゃない」
「そうかな。君の自由意志は、すっかりと奪われてしまっている。自己表現も、やれていないな。怒りに任せて、私を殺そうとしてもいいのに。自分のプライドを信じて、私とは異なる道を、自由気ままに駆けてみてもいい。君は、本当にケチな男だから。より速く走れて、より長く走れる馬を選んだ」
「当然だろうが。オレは、オレさまは……帝国軍の大尉だ」
「大尉だった。過去形で表現したまえよ。君は、もう、二度と。戻れない。よほどの手柄を立てれば別だがね。君は、かつて若かりしころの勇敢さを、まだ持っているかな?戦場の最前線に赴き、大罪さえもくつがえる名誉を勝ち取られると」
「……やるさ。そのうちに……そうだ。戦争で、活躍すればいい。過去は、問われない。やり直すんだ……」
「それがやれた時代は、もう過ぎ去った。階級が上がるほどに、君は行軍訓練さえもやらなくなっていっただろう。西部の辺境軍は、なんとも怠惰だが……君ら士官は、その腐敗の最たるものだ」
「……うるせえ。好きに生きて、何が悪い。法律が、オレたちからチャンスを奪うなら、奪い返してやるまでだ」
「劣等生みたいな思想だよ。悪くない……おや、レビン大尉」
「なんだ、クソ呪術師」
「君は、幸運があるようだ。一雨くるぞ。ぽつぽつとした小雨だろうが」
「足跡を、より消してくれる。この土地名物の、犬っころを帝国軍が駆りても……」
「見つけにくくはなる。雨が降らないよりは。君は、まだ幸運があるのかもしれない」
「……あるに、決まっているだろ。オレを、誰だと思っているんだ」
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