第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その608
―――種族のすべてを象徴できるかもしれないほど、『世界最強の戦士』は力強い概念だ。
ガンダラはガンジスといっしょに、戦いたかった。
同じ勢力についてくれたら、何とも心強い存在だよね。
だって、猟兵よりも強いかもしれない戦士なんてさ……。
―――ソルジェやシアンなら、勝てるかもしれない。
ボクは一対一では、少し無理かもしれないね。
謀略でなら、討ち取れるかもしれないけれど。
直接の戦闘では、おそらく無理だろう……。
「……そんな呼び名の兄貴が、いたことはない。スマートで、やさしくて、弟と一般的な兄貴よりも殴らない兄貴ならいたが」
「いい兄弟関係でしたな。うらやましいと思う」
「……彼とは、あまり遊ばなかった?」
「興味が薄いのでしょう。私とは、やや年齢も離れていましたし。戦争奴隷同士の兄と弟では、おそらく一般ご家庭よりは、長く遊んだりはしていないでしょうから」
「……頼れる兄貴がいると、ありがたいものだがね」
「うらやましいですよ。その兄弟愛は、うちにはない」
「……だが、変わるものだ。関係性というものは、時間の経過によって、ずいぶんと変わってしまうものだよ。新しい道も、生まれる。今が、敵同士であっても」
「次に会えば、戦うでしょうな。可能ならば、私が仕留めたい」
「……兄弟同士で、か」
「長く、付き合いはありません。私が、去勢されるリスクを取ってでも、自由を目指したときから。出会えば、私を殺そうとするのではないでしょうかな。感情ではなく、義務のもとに。兄は、秩序を大切にしているらしい。亜人種の生存がもたらす混沌を、好まない」
「……いわゆる、秩序派の巨人族」
「知っているでしょう。詳しいほどに」
「……そうだ。『商品』として、扱ってしまった過去がある。彼らは、人間族が支配者になるのを、認めていた。自らや、いや、おそらく亜人種全体が、滅びの定めにあるかのように信じたがっている。その思想に、つけ込んでしまった」
「彼らも、悪いのです」
「……まあ、それは、思うよ。『人買い』を廃業しちまった今では、よく分かる。自由意志を、持つべきだ」
「自由を放棄して、隷属しようと考えている。あれは、甘えとしか言えないものです。他者と争うのが嫌だとしても、他者から奪うのが嫌だとしても、戦い、勝ち取るのが、ヒトの定め。奪われ続ければ、無意味な終わりがやってくる。自分たちが不幸になってまで、人間族の支配を望むのは、おぞましい行いだ」
「……兄貴殿との、和解は難しいと」
「ええ。そもそもが、あまりにもかけ離れている。私は、『自由同盟』に参加して戦い続けるほどに、秩序派の巨人族たちの思想が、大嫌いになっているのですよ」
「……当然ではある。彼らと、ガンダラ殿は真逆を向いているのだから」
「彼らを説得するための、良い言葉はありませんかな、元・『人買い』殿」
「……感情では、揺らがないだろう。彼らは、感情を抑止しているし、その術に関しては世界で一番かもしれないと思っていた」
「ですな。感情など、不用なものと思っているかのように見える。まるで、昆虫か何かのように」
「……言葉だよ、ガンダラ殿。心は、感情と言葉が混ざり合って、作られるものだ」
「言葉、ですか。理性に、頼ると?」
「……感情が通じないなら、という捨て鉢な選択ではあるが、正しいハズだぞ」
「まあ、そうでしょうね」
「……怒りという行動を、促したいのだと思う。義憤を、亜人種……いや、巨人族が被って来た不当なあつかいに対しての怒りを。当たっているかな?」
「当たっていますよ。私が望むのは、支配に対しての怒り。それに続く、反逆なのです」
「……ならば、怒りを抑止しているものが何かを、知るべきなのがひとつ。秩序派の巨人族たちが、怒らないのは、悲しみを重視し過ぎているせいだよ。自分の反逆がもたらす、多くの被害、衝突、それを感じ取り、悲しみに囚われた。そのせいで、怒りのデメリットばかりが見えてしまっている」
「監視すべき洞察ですよ。それは、どこで学んだ考えで?」
「……ジーの一族の教えだ。奴隷を管理するために、心を学んだ。邪悪な生まれかもしれないが、いいテクニックなんだよ」
「たしかに。少し、秩序派の巨人族への理解が、広げられそうです」
「……だとしたら、続きも有効かもしれない。怒りをうながす感情も、理解しておけば、ガンダラ殿の役に立つかもしれない」
「それは、何でしょうか」
「……悲しみが怒りを抑止するのなら、怒りを強くしてくれる感情は、恐怖だ。この恐怖心を、言語的に理解させられたら、すべての秩序派でなくても、少なくない数の秩序派は、行動に移るかもしれない。彼らが、恐怖する理屈を、提供するんだ」
「ならば、つまり。『彼らの無抵抗が生み出すはずの平和なんて、そもそも存在しないどころか。帰って争いを広げる要因にしかなっていないという事実』……とかでしょうかな」
「……ああ、実にいいと思うぜ。それは、本当に彼らの心に突き刺さるだろう。彼らも薄々、気づいているハズだからね」
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