第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その591


―――私は故郷の親族に、息子を預けたの。

乳離れするとすぐに、帝国と戦おうとしている者たちを探した。

彼らはすぐに見つかって、ガルフ・コルテスは私に課題をくれたの。

帝国兵を殺して来たら、雇ってくれると……。




―――人を殺したのは、初めてだったけれど。

誰よりも上手くやれたの、兵士以上の鍛練を私たちはやっているのだから。

それと同時に、夫たちが反撃の暴力を選ばなかったことも知れた。

敵の数が多かったから、どうにもならなかったでしょうけれど……。




―――それでも、夫たちは敵さえも殺さなかったのよ。

天幕の下では、きっと私たちはサーカス・アーティストでいるしかない定め。

自分で決めた運命に、夫たちは殉じてしまったの。

私ももしかしたら天幕の下にいたら、殺しなんてやれなかったかもしれない……。




―――殺せたのは、殺されたからだわ。

愛する夫と、大切な仲間たちがね。

私の報復の理由は、単純にして明解なもの。

夫たちのために殺すの、私のためでもあるしユーリのためでもある……。




―――サーカスでは変えられなかった世界を、今度は人魚の力で変えてしまうと決めた。

暴力には暴力で、憎悪と怒りにはより大きくて強い憎悪と怒りで立ち向かう。

そうじゃないと、私たちはまた失ってしまう奪われてしまう!

帝国軍は私たちの家族も大切な友人たちも、笑顔のまま殺すような邪悪な軍隊だから……。




―――それが真実よ、反論する方法があるのなら私に言ってごらんなさい。

そんな無謀な勇気があれば、私の怒りと絶望を知るでしょう。

どれだけの痛みだった、どれだけの苦しみだったのか。

海より深い人魚の絶望を、あなたはほんのちょっとだけ知れるでしょうね……。




―――ああ、かわいそうな人魚の娘の物語は。

ここでひとつの大きな区切り、現実に戻らなくてはならない。

多くの帝国兵に死をあたえてきたけれど、私の怒りはどうなったのだろう。

教えてあげましょう、まだまだ殺し足りてはいないのよ……。




―――見るがいい、あいつらはまた私たちを殺しにやってきた。

あいつらの武器を、じっと見つめなさいな。

あいつらの槍は、私の夫を串刺しにして地面にはりつけてしまった槍よ。

あいつらの剣は、私の仲間たちを弄びながら切り裂いた剣だわ……。




―――あなたたちの家族を、殺すためにやってきた。

あいつらの槍で、あいつらの剣で。

容赦なく残酷に、殺しながら笑うためにやってきたの。

そうすることを正しいと心の底から信じている、それが私たちの殺すべき敵だわ……。




―――ああ、引き歌は消えているわね。

今、あなたたちがうなっているのは正義のための怒りだわ。

かわいそうな私たちのサーカスのために、あなたたちは怒ってくれている。

自分たちの家族と仲間のために、あなたたちは正義に歌っているのよ……。




―――恐れを知るがいい、邪悪で残酷で生きる価値のない帝国兵どもめ。

お前たちは家族に会えないだろう、仲間に会えもしない。

今からここで、私たちに八つ裂きにされて死に絶えるのだから。

絶望に値する時間をこれから与えてやろう、死後も含めれば永遠の痛苦の始まりだ……。




―――恐れおののき、死ぬがいい。

究極の残酷さは、今こそお前ら自身に返還されるときが来たのだ。

亜人種にした罪を、亜人種と共に生きようとした人間族にした罪を。

お前らは泣き喚きながら、血の色の絶望を吐き散らして死に絶えるのだ……。




―――我らがどれだけの暴力を与えるか、お前たちは想像できるだろう。

これまでしてきた罪が、お前たちに向かって帰るだけのことだ。

どんな痛みをあたえ、どんな苦しみを押し付けてきたのか。

どんな屈辱を教え込み、どんな笑顔でお前たちは残酷を楽しんできたのか……。




―――分かっているだろう、今までの日々がこれから清算されるのだ。

死だけが救いであり、それに至るまでの一瞬一瞬が地獄となる。

どうすればその罰から逃れられるのか、お前たちは知っているのだ。

認識すればいい、自ら死ぬのが最良の方法なのだと……。




「さあ!!選ぶがいい!!人魚の怒りを喰らうか、人魚の慈悲たる母なる海に抱かれて死ぬのか!!お前たちに選べるのは、ただそれだけだ!!」




―――レイチェルの語り聞かせた、天国みたいな日々と地獄の結末。

それは戦士たちに響いたし、敵である帝国兵どもの心にも突き刺さっていた。

戦士たちはサーカス団の無念を晴らすために、鬼のような闘争心に燃えさかっている。

それとは逆に、帝国兵どもは自分たちの末路に絶望するほかない……。




―――許してくれるはずがないと、帝国兵どもだって理解していた。

差別主義者だって、不思議なことに感情を理解するんだよ。

自分たちのしたことが、自分たちに戻ってくると知ったときはとくにね。

する前から気づけばいいが、それほどヒトの心はしっかりしてはいない……。




「お、オレたちのせいじゃない……っ」

「さ、サーカス団を、襲ったのは、オレたちじゃないよお……っ」

「そ、そんな言い訳が、あ、あいつらに……通じるかっ」

「ば、蛮族どもめ、亜人種どもめ……お、オレたちに復讐する気だっ」




―――その通りさ、帝国兵どもを取り囲む戦士たちは人魚の怒りの軍団だ。

どれだけ残酷に殺してやるべきかを、大声で怒鳴りながら議論している。

レイチェルは本当に素直で、率直なんだよ。

帝国兵どもは残酷に殺されるから、自殺して海の藻屑になるしか道はない……。




―――分からせてやったんだ、物語でね。

芸術の力さ、芸術というものは真実を分からせてしまうから。

レイチェル・ミルラの怒りは、ただただ海よりも大きくて深いものだ。

夫と仲間と理想と夢への愛が、途方もなく強いだけ……。




「ば、蛮族どもに、い、痛めつけられるぐらいなら……っ」

「し、死んだ方が、マシだあああ!」

「や、やめろ……やめるんだ……っ」

「いやだああ、怖いよお、か、母さん……っ」




―――ひとりが飛び込み始めたら、他もすぐに飛び込み始めていた。

罰を恐れて死ぬなんて、みじめな弱虫ではあるけれど。

人魚の怒りの歌の前では、当然のことだった。

悪は罰される、罪科の獣ギルガレアの伝説が残るこの土地では当たり前のことさ……。




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