第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その547
―――誰もが、自分のことを少しは好きで。
少しは嫌いなものだった、カミラの一人称がときどき変わってしまうのはね。
本当の自分が、嫌いだからだよ。
一人称を変えることで、『強い猟兵である『自分』』を手に入れたのさ……。
―――あるいは、自分自身を嫌悪するがあまり。
そうすることで、心を守るという場合もあるんだよ。
切ない行動だけれど、ヒトってあんまり強くはないからね。
自分が大嫌いなときには、ちょっとはおかしな工夫が必要になるものだ……。
―――現実からの逃避として、『仮面』を使う。
自分から逃げて、遠ざかるための匿名性だよ。
カミラは『私』とは、普段は使わないようにしている。
『私/本当の自分』が、怖いぐらいに嫌いだからだ……。
「たった一人、生き残ってしまった娘がいました。大した取り柄のない、大した才能もなくて、普通だったと思っていたけれど。生き残った意味があるのかと思ったけれど、どこにも何の価値も、見つけられはしない。料理が得意で、美味しいスープで、村の人たちを笑顔にしてあげられた叔母さん。歌が上手で、祭りのときにみんなを楽しませていた叔父さん。笑顔が太陽みたいな、子供たち。お腹に、赤ちゃんがいたはずのお母さん。自分よりも、たくさんの価値を持っていた。生き残ることは、ときどき……」
「……つらいよな。戦友を、亡くすと、よく分かるよ。生き残ってしまったと、考えてしまうようにもなる。死んでいった者たちとの、差が、どこかにあったわけでもない」
「生き残った。それは、すごく……孤独なことでした。しかも、その娘には、呪いがかかっていました。大きな、呪いが……」
「……どういう、呪いだったんだい?」
「『吸血鬼』に、あまりにもたくさん血を吸われたからか。あるいは、探しても見つからなかったはずの『才能』が、そこにあったのか……その娘は、『吸血鬼』の呪われた力を、その身に受け継いでしまっていたのです。ヒトでは扱えないはずの、第五属性、『闇』。あらゆる魔力を、血といっしょに吸い取ってしまう……バケモノの力。血と命を吸い取って、死を村にもたらした邪悪な怪物。それが、『私』にあった、ただひとつの『才能』だったんです」
「……そうか。なるほど、ね。だから、君みたいな『普通』の子が、『パンジャール猟兵団』にいるのか」
「……居場所が、出来ました。何もかもを失い、呪われた邪悪な身となった私にも。望んだ力なんかじゃありません。だって、この『才能』があったから、あの『吸血鬼』だって、呼び寄せたのかもしれない。あの怪物は、もしかしたら『仲間』を探していたのかも。『私』のせいで、ひとつの村が……幸せだった、あの故郷が滅ばされたのかもしれない」
「……そうとは、限らないんじゃ?……悪人の、行動に、理由があるとは限らない。ワインに惹かれて、やって来ただけかも」
「誰にも、その答えは分からない。『吸血鬼』は退治されて、その呪いだけが残ったのだから……この呪いは、悩ましい。解放されることのない、苦痛です。あの牢獄から、解き放ってもらったのに。まだ空は飛べないの。世界に、たったひとりで、立っているような気持ち。雪の混じった風が、私の故郷を、ゆっくりと……白くて、冷たくて。この呪いに、意味を見つけられなかった」
「……それは、悲しい、よな。何か、いい言葉で、慰めたいけれど。オレには……」
「ボロボロだけれど、勝利の栄冠を手にした騎士が……教えてくれました。騎士も、故郷に罪を背負っていると。家族を逃がすために、滅びゆく故郷の名誉を示すために。最後の戦いへと向かったはずなのに……同盟国に裏切られ、何もかも守られなかった。ガルーナは、ファリスから裏切られた」
「……乱世の同盟は、いつも危ういものだ」
―――帝国兵だから、彼はユアンダートの悪行を直視したくはない。
自分たちの支配者が、契約を守らない者だと信じてしまえば。
怖くて怖くて、生きてなんていられないから。
それをカミラは許すよ、普通のヒトの限界を誰よりも知っている普通の乙女だから……。
―――いや、より正確には普通の乙女だったから。
カミラ・ブリーズは、もう普通の女の子にはなれない。
『吸血鬼』の牙を受けて、『吸血鬼』からその力を継承してしまっている。
しかも、その『吸血鬼』が何十年もかけて獲得した力以上のものをすでに使いこなす……。
―――カミラが恐れるのは、その『闇』の『才能』だよ。
戦闘技能のいっさいもなく、戦いが好きなわけでもないのに。
ただの『才能』だけで、最強の人類の枠に入ってしまっている。
どれだけ圧倒的な才能なのか、その重みがどれだけのものなのか……。
―――運命論を逆手に取るのなら、すべての悲劇は『最強の吸血鬼』を生むためかも。
あの邪悪な襲撃者である『吸血鬼』さえも、カミラのための生贄に過ぎない。
猟兵の力を身につけていく、『最強の吸血鬼』のために。
あの悲劇の運命は、何か大きな超自然的な要求によって起こされたのかもしれない……。
―――誰にも、それを確かめる方法はないものだ。
でも、圧倒的な『吸血鬼』の力を見れば見るほどに。
運命を信じてしまうほど、納得してしまうんだよ。
『吸血鬼』の呪いが目指した到達点は、カミラ・ブリーズなんじゃないかと……。
「……騎士は、世界をさ迷っていました。故郷をいつか奪い返すための力を、手に入れるために。竜と、再会するために。力を切望しているんです。大ケガして、生き残ったばかりでも。力を……破壊と、戦闘のための力を。見せつけられていたからです。それがなければ、誰ひとりだって、守れない。帝国軍をにらみつけながら、ずっと。世界だって変えてしまえるほどの力を、求めていたの。だから、思ったんです。呪わしい力でも……『私』を助けてくれた騎士のための、力のひとつになれるかもしれないと」
「……だから、君は、傭兵に」
「戦場は怖い場所でした。たくさんの命が、叫びながら散っていく場所。『吸血鬼』となった娘は、そこでなら、少しは役に立った。敵を殺すのは、とてもカンタンだから。虫を踏みつぶすのと、大差はない」
「……それだけ、圧倒的、なのか」
「うらやましいと言われたこともあるけれど、きっと、『吸血鬼』になった者からすれば、それはこっちのセリフだと言いたくもなる。世界のどこにも、同類がいない孤独に、どれだけ耐える方法がありますか。そのさみしさと、重苦しさを理解してしまったとき。本当に、うらやましいと、思えるのでしょうか」
「……難しい。きっと、それほどの痛みは、当事者以外には、分からないよな。世界に、同類が誰一人としていない、か」
「それでも。あらゆることには、例外があったの。猟兵は、最強の戦士たち。『私』とさえも、互角以上……そして、騎士は……騎士も、大きな孤独を抱えている。だって、故郷が滅ぼされたのだから。その原因を、ずっとにらみつけながら、生きなければならなかったのだから。大きな呪い。世界最大の帝国を倒して、祖国を取り戻さなければならない。そんな呪いを、背負っているのなら……『私』は、力になってあげたい」
「……世界最大の帝国を、倒す、か。そういう決意をやれるってのは……オレじゃ、ムリだな」
「騎士のために、戦おう。この呪われた力で。誰からも恐れられながらだっていい。たくさん、戦い。敵を殺して……ちょっとずつ、強くなっていく。いい人も、殺したのかも。悪い人も殺したはず。どちらでもない、普通のごくありふれた人も。『私』は、血で穢れていく。死にゆく敵の恐怖に包まれながら。それでも、どこかで……正しいコトを、したいと願っていたの」
「……あんたは、いい人だよ」
「この『吸血鬼』の力で、やれるのは、殺すコトだけ。そう思い込んで、いたのに。いつの間にか、教えられた。『私』を、騎士はほめてくれる。「聖なる呪い」。邪悪で、恐ろしい死の化身の力で、守るべき人たちを、守れたから。命を、救う手段として……この力を、使えると、分かったから。この血を統べる力なら、傷ついた方の命だって、救えるの」
「……だから、『聖なる呪い』、か」
「空が、見えた気がしたの。笑顔で、ほめてくれるソルジェさまを見ていると。空がね。空を感じた。雪のない空。大きなタカが、高い場所で、ゆっくりと何も恐れずに……世界を見て、遊んでいるの」
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