第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その545
「捕虜の方は、やれるだけやるんで。心配はしないようにしてくれ。まあ、過度な期待も難しくはあるけれどよ」
「うん。やれるだけを、精一杯やってくれると、信じているっす」
「健気なセリフ。オレが、もうちょっといいヤツだったら、自己犠牲発揮して、破滅的なサービス精神を発揮しちまうかもしれない」
「んー。そこは、期待してみたいところではあるっす。でも、やっぱり、キートさんが処刑されたりすると、のちのちのコトを考えるとデメリットが大きいかも」
「のちのち、ね……」
「あ。帝国軍に『自由同盟』が勝てるとは思っていない!……って、あきれるつもりっすか?」
「……いや、どうかな」
「え。だいたい、帝国軍の方って、その点については全力で否定しちゃうんすけど。何か、悪いものでも食べちゃったっすか?夏場の、食中毒は命取りっすよ?」
「悪いものは、食べちゃいないと……思う。たんに、ちょっとずつ価値観が変わってもいるんだ。前ほどには、あんたらが、無謀な戦いをしているように思えなくてね」
「じゃあ、帝国の敗北を信じているっすね!」
「いや、まて。さすがに、そこまで大それた考えをしちゃいねえよ。オレは、だいたい、帝国軍じゃないか?」
「そうっすね。帝国軍の方は、そういう考えをしない方がいいかもっす。裏切り者的な、考えではあるっすから」
「そうだよ。そういうの、良くねえ。オレは……古参の帝国兵ってほどの歴はないし、そもそも帝国市民権だって、まだもらえていないような、いるような」
「どっちっすか?自分のコトっすよね?」
「分からねえの。色々と、厄介な昇進の仕方だったからな。帝国市民権があれば、帝都にだって住もうと思えば住める。だが、そんなことを帝国軍も帝国政府も望むとは思えない。レヴェータの、ムチャクチャな行動を見ちまったんだから。この昇進って、たぶん、口止め料」
「なかなか、帝国軍も堕ちたもんっすね」
「認める。組織が、全体的に老朽化しているカンジだ。第九師団が崩壊したとき、かなりの人材が消えたんだって気がつけた。第九師団だけで、とんでもない空白が生まれている。じゃあ、他の、あんたの旦那にぶっ壊されちまった師団は、あちこちで空白を作っちまったんだ。帝国軍は、やっぱり、長く戦い過ぎていて……若返りに、失敗しつつある」
「それは、自分たちにとっては朗報っすね!えへへ、色々とやってきた甲斐があるっす」
「はあ。じゃあ、お前たちは、やっぱりベテランや若手のあいだに、揺さぶりをかけているんだな?」
「の、ノーコメントっす。キートさん、帝国兵っすからね!」
「……いや。思えば、当然なんだよ。帝国軍には、亀裂が入りつつあるから。今でも、多くの兵士が信じているものがあるとすれば……何だと思う?」
「さ、さあ。イース教?」
「いや。女神さまよりも、オレたちが信じているのは、皇帝陛下だよ」
「皇帝、ユアンダート……そんなに、信じられるっすか?」
「オレたち田舎者に、まともな生き方を送るチャンスをくれた。軍隊に入れると、入れなかった自分を想像したとき、へどが出ちまうほどには違ってくるんだ。メシも食える。学問も与えられた。法律の知識だってね。そんなの、田舎で貧乏農民の息子として生まれた男が、なかなか得られものじゃない。飢えないだけでも、すごく幸せだ」
「た、たしかに。自分も辺境育ちっすから、軍隊の方々が飢えていないのは、すごく驚きではあるっす」
「だから、オレたち帝国兵は、帝国軍や皇帝陛下に忠誠を誓えている。忠誠なんて言葉の意味さえ、知らなかったバカのくせによ。恩は、感じている。この種の感情って、とんでもなく強いんだぜ」
「はい。それは、分かるっす。自分も、ソルジェさまに助けてもらった……大恩人っす。ああ、今では、旦那さまっすけど。でへへ……っ」
「良かったね。独り者には、うらやましくてたまらない」
「キートさんも、戦争が終わったら、恋人を探すといいっすよ。遠からず、きっと、終わるっすから」
「……根拠は、あるのかい?」
「キートさんが、皇帝を信じているのに、自分たちの勝利を疑い始めているっすからね。ちょっとだけっすけど。戦場を見て回りました。そういう自信を失っているときの軍隊は、とっても脆さがある」
「まあ、ね」
「追い詰められているとも、感じられていないから。だから、必死にもなれないっす。ただ疑って、漠然とした不安を抱えたまま、決意の欠いた戦いをする……って、カンジになって。そういうのは、ゼファーちゃんの歌声に、呑まれちゃうっす」
―――カミラは猟兵たちのなかでも、最も戦いについてシロウトだよ。
だからこそ、とても率直なときがある。
キートに、カミラの言葉は大きく突き刺さっていた。
竜に対しての恐怖が、キートのなかでは大きなものだからだ……。
「呑まれる、か」
「呑まれているっすね。ゼファーちゃんの歌に!」
「歌、ね。あれを歌って呼んでるセンスが、信じられないっていうか……『トルス』で、聞いた。何度も、何度も。あんたにとって、祝福めいた、それこそ歌なんだろうけど。オレたちにとっては、恐怖の象徴なのは確かだ」
「可愛いっすけど。とっても強いっすからね」
「いやいや。あれは、本能に響いちまってて……空が揺れて、地面まで揺れた。とんでもない大声。しかも、死体で作られた巨大なバケモノを、吹き飛ばして燃やしやがった」
「ああ。『トルス』での戦いっすね」
「トラウマさ。すっかりね。あのときは、ちょっとした共闘だったけど。もしも、敵として竜に出会ったら……そう想像するだけで、怖くて怖くて、しょうがない」
「ゼファーちゃんも、ソルジェさまも、大喜びするっすね」
「だろうね。いや、本当に……あのトラウマを抱え込んじまったのは、オレだけじゃない。あちこちの戦場で、空を舞う竜を見た連中が、生き残っている」
「それは不名誉に思うかもっすね、おふたりとも」
「殺し損ねたからって?……筋金入りの戦士だ。まあ、そうか。竜と竜騎士だもん」
「そんなに、ゼファーちゃん恐怖症患者が、増えているっすか?」
「ああ。そうだよ。戦場の空を舞う、破壊の化身。あいつの黒い影に、オレも……触れた。一瞬だけ。一瞬だけの、闇だった。それだけでも、怖くてしょうがない。脳裏にこびりつく。夜が、怖くなるほどだ。あれが、あれがいるから……オレは、帝国軍が、勝てないんじゃないかって、思うときが増えた……」
「じつは、もうひとり、竜がいるっすよ」
「は……はああああ!?なんだ、それ……」
「ルルーシロアちゃん。白い女の子の竜っす。ゼファーちゃんを、つけ狙っているけれど。ときどき、協力してくれるんすよ」
「し、白い竜、か。『モロー』で目撃したってウワサもあったけど、あれは……黒い方と、見間違えたわけじゃなく」
「もうひとり、いるっす。ああ、心配しなくていいっすよ。ゼファーちゃんよりも、狂暴で強いけど。いい子っすから」
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