第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その495
―――リサにとっても、それは気にしなければならない話題だった。
奴隷にされるのは亜人種だけとは限らないが、亜人種の方が人間族より多い。
しかも、軍隊や戦場と異なり男女の別なく売り払われる。
女性にとって、どんな屈辱的な目に遭わされるかは言うまでもない……。
「ああ。気にするな。怖がる必要はないって」
「いいえ。必要はある。自分の人生を、閉ざすリスクなんだから」
「まあ、そうだろうよ。センシティブな話題だったな」
「私の友人たちも、奴隷にされて売り払われた者はいる。いくらでも」
「悲しい現実だね。とくに、ケットシーの女の口から言われると、心苦しい」
「奥さんやお子さんと、重ねるからね」
「そうだ。ヒトってのは、どこでも残酷でね。少なくとも、ヒトの三割は自分と『異なる点』を熱心に探しているもんだ。攻撃材料にするために」
「経験則で言っているの?それとも、何か……」
「根拠とかはないよ!……ここは、本当に賢者の卵であふれている。ああ、いや。君はもう賢者か」
「教職なだけ。そう呼ばれる名誉を持っているのは、祖母レベルだわ」
「偉くなるのには、時間がかかるからね」
「根拠はない。それでも」
「当たっているとは思うよ。三割以上、いるかもしれないが。それより下とは考えにくいものだ。ヒトはすごく差別的な動物だからね!」
「そうかもしれない。いえ……うん。そうだわ……」
「驚くほどの熱心さで、自分たちと違う場所を探していく。それで、そこを利用する。自分たちと違うと信じ込めれば、残酷な行為をしていいと思い込めるらしい」
「興味深い、視点だわ」
「ハハハハ!研究して、改善点を見つけてくれよ」
「脱線しているわね。『西』に行った帝国軍は……」
「ライザ・ソナーズ令嬢中佐殿の後釜を狙う。戦ってのは、金のためにやるもんだ。とくに、帝都から遠くに行くほど、その傾向は強まるよ。出世街道からは、外れている。帝国貴族ではなく、『外様』のグラム・シェアが、第九師団を率いて……戦略的にクソほど重要かつ、大陸で最も歴史深い『プレイレス』の統治者についていた。『西』の連中は、グラム・シェアよりも信頼されていない」
「帝都からの距離は、皇帝からの信用度とも比例している?」
「自然な考えではあるよな。とんでもなく有能な敵なら、近くで監視する意味もあるよ。でも、信頼できない、しかも自分にとって害しかもたらさない敵は、遠くに置くよ」
「『西』は、落ちこぼれ……」
「その言い方、学園都市らしくていいね!落伍者どもだ!」
「弱い、という意味?」
「これが、また。言葉の難しさってのも、あってね。弱くはないんだ。暴力に関しちゃ、なかなかの連中がそろっている。粗暴で愚かな連中さ」
「落ちこぼれた理由は、戦闘の能力が原因じゃない……性格?」
「クズが多い。金が大好きな連中だ。犯罪者もね」
「犯罪者を、軍に?」
「懲罰部隊送りにするほどの連中じゃない。命令違反で、敵陣に深く突っ込むだとか。軍隊内で、兵士同士での決闘をしたとか。軍の食糧を盗んだとか……法律を間違った運用で使い、詐欺を働いたとか」
「ろくでもない方々なんだ。クズだから、落伍した」
「追放されるようなものさ。左遷されるかと思って、ビクビクしていたが、結果は違った」
「ライザ・ソナーズの後釜になれるほど、有能な人物がいると?」
「帝国貴族は何人もいる。奴隷の売買ってのは、帝国では基本的に貴族の専売。帝国貴族のお抱えの奴隷商人にならなければ、そもそも、この『美味しいビジネス』に参加できない」
「有能さよりも、血筋」
「そうだ。帝国貴族なら、無能でもいい。それを操るぐらいの悪知恵を持ったクズも、『西』に向かった連中のなかにはいる」
「はあ。もともと、荒くれた土地の印象だったのだけれど……」
「もっと、悪化しているだろうぜ」
「滅ぼされた諸王国の残党が、ゲリラになっている……」
「そいつらを滅ぼせないってのも、おかしなハナシではあった」
「どういう、意味?」
「『プレイレス』でさえ、どうにかなっていた。有能な反乱軍は海賊まがいの行為しかやれなかったが……内部でオレたち四傑がいがみ合っていた第九師団でさえ、どうにか鎮圧できていたんだ。『西』の雑魚王国どもを、どうして帝国軍が制圧できない」
「地形や、戦力……」
「いいや。帝国軍の質の問題だ。グラム・シェアも、マイク・クーガー天才貧乏少佐殿も、『西』に絡みたがらなかった。絡むと損をする。グラム・シェアはともかく、少佐殿は名を売るために、西に進軍したって良かったはずだぞ。ライザ・ソナーズより下の階級なのは、屈辱だったはずだしね」
「絡みたくないほど、面倒な連中……」
「手癖が悪い。外様とは言え貴族のグラム・シェアと、生真面目な少佐殿からすれば、おぞましい悪党どもに思えたのかもな」
「どんな連中なのか、怖くなってくるわ」
「気にするな。ストラウス卿なら、向いている土地だ。どうにかするよ」
「傭兵に、向く土地?」
「山岳が多いから、少数精鋭が強さを発揮する。それに……竜だ。大軍が使えない山で、あれに襲われるとか考えてみてくれ」
「それは、嫌だわ」
「魔物ってのは、だいたいヒトより下だ。十人のベテラン猟師……不安なら、それに正規の武術を習った一人前の戦士をひとりかふたちオマケにつけたら、倒せない魔物というものはほぼいなくなる。ごくまれに、伝説を持つ魔物みたいな例外もあるが……」
「伝説の魔物。まさに、竜ね。実在しているとは、思わなかった」
「オレもだよ。滅びていたはずだったのに。現れちまった。君にとっては、ヒーローだったろうが……」
「ヒーロー……そうね。いかつい男性は好みじゃないけれど。世界を、変えてくれそうな方ではある」
「そんなヒーローと戦うんだぜ。竜だ。竜と戦う。ハハハ。そんなのと、オレが第九師団勤務時は、戦う準備をさせられていた。想像がつくかい?オレの古巣の第六師団、英雄マルケス・アインウルフを倒した怪物を、倒せと命令された。どんな気持ちになるか、わからないと思うぜ」
「そう、かも」
「高速で空中を飛び回り、家を吹き飛ばすような炎を吐く。しかも、地上では馬よりも速く走り回って、尾のなぎ払いでヒトがミンチになるんだ。そのうえ、ヒトさまと同じほどには賢いらしい竜……なんと、最高の魔術師と同等の魔術の使い手。その背に乗っているのが、冗談みたいに強い竜太刀を振り回す、北方野蛮人だ。戦いたい相手じゃない」
「た、たしかに」
「戦場で、名のあるヤツを一人でも殺せれば、それなりに有名人。報奨金も十分だ。それほど、そこそこ強いヤツを倒すのには骨が折れる。でもね、ソルジェ・ストラウスという怪物は、何百人斬り殺しているか分からない。一桁多いかも。竜を自在に操る、大魔王だ。オレはね、死を覚悟していたよ。四傑のなかで、最初に使いつぶされるのはオレだから」
「よほど、怖かったと」
「そうだよ。メイウェイが、オレを勧誘するようにストラウス卿に手紙を持たせてくれていて、助かった。おかげでスカウトしてもらえたよ」
「命の恩人ね。メイウェイ……イルカルラの」
「太守だ。今は、女王の将軍か?とにかく、信用される軍人は、ああなる。天才でも組織内部の中佐あたりに嫉妬されると、貧乏少佐みたいになる。そして、やさぐれた粗暴な者は組織から追い払われて、『西』に流れ着く」
「サー・ストラウスが、『西』の土地に向くというのは?」
「ふたつ。ひとつめは、粗暴な兵隊は、結束が保てない。『西』に派遣された帝国軍、あいつらは第九師団以上の内部抗争をしているはずだ。ストラウス卿と竜なら、各個撃破しやすい獲物になる。ふたつめは、ゲリラどもは『統率者』に飢えているんだ。大学半島を武装化させちまうようなカリスマなら、喜んで手下になるかもしれん。交渉次第だが」
「何を、あたえればいいの?」
「これが、ちょっと厄介だが……最良の手段は、彼らのいくつもあるちいさな王国の再建を支援するという約束をしちまうことだ。だが、こいつらは、大昔から争い合っている点は厄介だな。オレや、グラム・シェア、貧乏少佐なら……どこかひとつの王国を選べと助言するが……ストラウス卿は、聞いてくれないかもな。ひとつの王国だけを救う形ってのを」
「争いが多かった土地。帝国軍が来るよりも前から。その王国たちのひとつに手を貸せば、他から……」
「狙われる。複数の勢力に手を貸しても、結束は得られん」
「じゃあ、どうすれば」
「ここからが、竜を乗り回せるストラウス卿に向いている解決方法だよ。『焼き畑』農法を試すんだ」
「どういう、意味?」
「『結束に反対するであろう旧体制のガンコな諸王国ゲリラのリーダーを、全員暗殺しちまえばいい。そうすれば結束しやすくなる』よ」
「は、はあ!?」
「雑多な荒くれ者どもを統率するには、いちばんの方法だ」
「め、めちゃくちゃでしょうに」
「そうかもな。だが、結束に反対するゲリラのリーダーや、幹部あたり。そいつら、『誰』とつるんでると思う?」
「え?……自分たちの、組織」
「つるんでいるのは、そうじゃない。ちょっと考えてくれ。どうして、制圧できていないんだ?『プレイレス』の都市国家よりも、ずっと弱っちい連中を」
「……ま、まさか。つるんでいる『誰』かってのは、帝国軍人……っ。制圧する役目を持った帝国軍人が、ゲリラとつながっているから、制圧されていない……」
「そうだと思うよ。戦場では、一種のあるあるだ。ビジネスでも、そうだろう。敵対するフリをしながら、裏でつながっている。競争するフリして市場を操作して、どちらも儲けるとか」
「戦争でも、そうだと?」
「『仕事が長くかかったと嘘ついて、賃金を不法に得る』」
「そういう不正が、行われているの?」
「戦場ってのは、混沌としていてね。『皇帝の財布』からだって、軍事費をせびれるんだぜ。とってもろくでもないけど、ありふれた行いだ」
「……証拠は、ないのね?」
「ない。だが、戦場ってのは、そういうものだ。規律の高くない軍隊は、確実に腐敗していく。亜人種の種族同士で、諸王国が分かれているんだぞ。他国の亜人種を捕まえて、『商品』にするかもしれん。ゲリラが、『西』にいる亜人種たち全員を平等に守ることはない。他の種族に対して憎悪を抱いている点では、帝国軍と同じ。ライザ・ソナーズが消えた今では、奴隷貿易に力を入れたくてしょうがない貴族もいる。利益が一致するなら、手を組むさ」
「それが……戦場っていう、ものなの?」
「英雄的な衝突もあるが、不正もしやすいからね。オレは、ケットシーびいきいだけど。ソルジェ・ストラウスは、『すべての亜人種びいき』だろ。彼の正義と合う道だ。過酷すぎるから、普通はやらんが……竜と戦力がいれば、どうにかなる。我が旧友も、力を貸してくれるさ」
「旧友というのは、メイウェイさん……?」
「イルカルラは、『プレイレス』からの逃亡奴隷が集まって作られた国だ。政治的な動機にもなる。女王さまと……『プレイレス』がメイウェイのカリスマ性と騎兵を嫌うなら、派遣しちまえばいい。メイウェイたちは山岳戦も強いぞ。元々は第六師団だしな」
「力を貸すというか、女王の好きなように使われるってこと?政治的な、駆け引きのせいで?」
「軍人ってのは、そういうものだ。とにかく、『西』で短期間の一戦をやりたいなら、メイウェイという選択があるってわけだ。竜ほど早くはないが、メイウェイの騎兵はかなりの速さだ。『西』に軍事的な圧力をかけられる。名のあるアインウルフと同等な天才が、ケンカを売りにくればな。戦闘をしなくても、いい揺さぶりになる」
「……藪をつついて何とやら、というオチには?」
「ありえるよ。絶対はない。でも、戦なら、それぐらいのリスクを背負わないと。とくに、無謀なほどのリターンを望むなら。帝国に勝つんだろ?」
「そう、よね。イルカルラの戦力は、『プレイレス』からも好かれてはないない」
「敵対していれば、仲間でも死地に送ろうとする。その逆もある。共通の利益のためなら、敵でも仲間。戦場ってのは、元来、浮気な性分さ」
「怖い、ところだわ」
「まあね。だが、それをやれそうな手段はある。なんであれ、理想的で、平和的な、甘ったるい道にはならないだろう。何人も死ぬ。敵も、もちろん味方も。だが、勝利はありがたい。亜人種を奴隷にしようとしている、オレと君にとって不都合な勢力を、また少し、この世から始末できるかもしれないってわけさ」
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