第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その332
―――吹き荒れる赤い波動を蹴散らして、ルルーシロアの巨大なあごが走った。
鋭くて大きな牙の列が、女神を再び噛み潰す。
いや、赤い波動の効果はいくらかあったようだね。
波や風と同じように、巨大な対象であるほど圧を与えられるようだ……。
―――噛み潰すほどには、牙は刺さらなかったしあごも閉じなかったよ。
潰されることに屈辱を覚えているのか、権能を封じられつつある今。
これ以上のダメージは避けるべきだと考えて、底力を発揮してみせたのか。
いずれにせよ、あごのなかに彼女は捕らわれたのだから問題はない……。
「ルルー、そのまま捕まえておいて!!」
『さしず、するな……ッ』
「あと。ごめんね!乗るから暴れないでよ!」
『かってに、きめるな……ッ』
―――ミアはルルーシロアの背に飛び乗った、ニンマリと顔がゆるむ。
対照的にルルーシロアは、怒りを覚えているけれどね。
背中に乗ることを、まだ許せないのだろう。
プライドはいつも、世の中に煩雑な障害を打ち建てるものだ……。
「女神イースを、好きにしていたら。みんな魔力を吸い取られて殺されちゃうんだ」
『しって、いる!!』
「だから。このまま……空の方の『オルテガ』に行くの!!あそこなら、もっと、『ゼルアガ/侵略神』の権能を削ぎ落とせるから!!だから!!」
『……いって、やる!!』
―――ルルーシロアも女神イースの権能を、警戒していた。
自分も魔力を吸われてしまったことで、そのリスクは痛いほど認識していたよ。
それに、海上で交流した亜人種の戦士たちも心配だったのさ。
プライドはいつも、身勝手な愛着を優先する……。
―――そう、愛着に過ぎない。
ただほかのモノよりは、肩入れしてやってもいい気がするだけのことだ。
それは些末なことで、大して気に留める必要もない。
だから、今も背中にいるのを許してやるだけ……。
―――ルルーシロアは、口に女神イースを咥えたまま空へと跳んだ。
跳躍に翼の羽ばたきを組み合わせて、上昇気流の元気な夏の空を舞っていく。
目指したのは、『もうひとつのオルテガ』。
ソルジェの召喚技術のせいか、昨夜よりもその高度はずっと低い……。
「この高さなら、すぐに着けるね!!」
『とうぜんだ!!わたしは、あのくろいのとは、ちがう……ッ!!』
「……女神イース、あなたも大人しくしていて」
『抵抗するに、決まっているだろう』
「うん。知ってる!」
―――女神イースが、牙の監獄のなかで暴れた。
肉が裂けて、血しぶきが竜の牙にこびりついていく。
激痛を伴う抗いの結果、彼女は牙のあいだから腕を伸ばした。
護衛である『ゴルメゾア』が、その手の先にいる……。
―――だが、戦場は一対一などという歪な戦いをしてはいない。
女神イースの救出に動こうとした『ゴルメゾア』に、ゼファーが噛みついた。
そのまま全身を捻り、飛び上がっていた『ゴルメゾア』に竜の体重を浴びせる。
『旋回投げ』や『竜落とし』とでも、名付けたくなる技巧だったよ……。
―――『ゴルメゾア』は、空に飛び上がることは許されない。
ゼファーの体重に振り回されたあげくに、地上の城塞へと叩きつけられた。
城塞が砕け散り、空には百五十年モノの古いレンガや石材の破片が舞う。
石材たちは雷鳴のように、ゴロゴロと地上をやかましく騒ぎながら転がった……。
―――そうだ、これこそ以心伝心。
言葉を使うまでもない、秘密の連携だよ。
ソルジェはルルーシロアに乗らず、ゼファーと共に『ゴルメゾア』の妨害に参加した。
石材よりも忙しく地上を駆けたあとで、巨大な偽りの竜の翼のひとつを斬って裂く……。
―――ストラウス兄妹の絆は、いつものように明確だった。
女神イースの権能こそが、この状況で最も解決すべき問題だと理解している。
だからこそ、打ち合わせも目配せさえも必要はないんだよ。
彼女を完全に『もうひとつのオルテガ』に幽閉したい、あるいはそこで……。
「倒すとすれば、あそこだからね!女神イース、あなたの力は危険なの。あそこに封じておけば、大陸の何処にも被害は及ばない……と思う」
―――確証はない、だが他のあらゆる場所と比較しても類を見ない安全性はあるはずだ。
三世紀も機能してきた『歌喰い』の権能、この大陸にこびりついた紙の呪い。
それさえも無効化できるのならば、試す価値は十分にある。
全財産を賭けたとしてもいい、失敗したらボクたちは全滅するかもしれないからね……。
―――信じているよ、ミアがそうであるように。
あの空に浮かぶ迷宮都市、昨夜までの脅威が今朝は救世主になるってことを。
ルルーシロアは女神イースを噛み潰そうとしながら、もうひとつの街並みに急いだ。
『噛み潰せない』からであり、そして『ゴルメゾア』が来ないならば……。
『私が、直接、お前たちを殺してやればいいだけのこと』
「そう言うのは、分かっていたよ!!ルルー!!」
―――以心伝心、ミアの命令に従いたくはなかったとしてもね。
ミアが『風』をすでに使っていたから、理解してしまっていた。
『風』の補助的な効果がある、気圧を変化させることで『雷』を補強できる。
ルルーシロアも連携をしたい、しなければ口を槍の群れで貫かれたかもしれない……。
―――牙の檻のなかに、『雷』を発生させた。
ミアの補助魔術のおかげで、その威力は鋭さを増していたよ。
結果として、女神イースの筋肉は電熱に焼かれてけいれんする。
わずかな時間を稼げた、それで良かった……。
「『もうひとつのオルテガ』は、すぐそこだよッッッ!!!」
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