第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その330


―――追い詰められれば、戦術は深化していくものだ。

悪意の応酬には、過激化の作用がある。

女神イースは『見せしめ』だけでなく、ヒト以外からも魔力を奪い始めていた。

『オルテガ』一帯のあらゆる生命が、この強制的な搾取の対象となった……。




―――城塞の壁にすりつけられて、全身がバラバラになっている女神。

それらの肉塊と赤い血液が動き、またたく間に女神イースは再生してしまう。

六枚の翼も、うつくしい姿も元通りだった。

荒げた呼吸に苦しむルルーシロアを見下ろしながら、六枚の翼が羽ばたき空に舞う……。




『これぐらいで、わたしを……ッ』

『ああ。それぐらいでは、終わらないだろうからな。手を下してやろう』




―――長い腕を空に伸ばすと、空中に赤くかがやく幾何学模様の紋章が発生した。

その紋章の『奥』から、無数の槍が生まれてくる。

まるで針山のような数であり、それらが狙っているのはルルーシロアだ。

女神の残酷な攻撃が、放たれる……。




―――その瞬間を、ルルーシロアは待っていた。

城塞の迷宮となっている狭苦しい地上ではあるが、瞬発力にものを言わせて俊敏さを得る。

爆発するような勢いで、ルルーシロアは横跳びしていたよ。

おかげで、数十本の槍は彼女の残した影にしか当たることはない……。




『かわすか、これを』

『りゅうを、なめるなッッッ!!!』




―――もちろん、回避だけで終わらせるような性格をしてはいない。

ルルーシロアは城塞を蹴りつけて破壊しながら、それを足場にして女神に向けて飛ぶ。

赤い槍の大振りが、ルルーシロアの鼻先に叩き込まれて竜の突撃を止めてしまう。

竜の魔力を吸い上げた結果だろう、女神イースの力は明らかに強化されていた……。




『獣らしく、浅はかな衝動だ』

『そう、おもっているのなら、あさはかなのは、おまえのほうだッッッ!!!』




―――ルルーシロアの巨体が、空中で踊る。

その身を回転させることで、赤い槍に対して強烈な圧力をかけていた。

いくら女神イースが強化されていたとしても、竜の巨体が帯びる重量が暴れたら?

もちろん、神秘の権能を帯びた赤い槍であったとしても耐えられはしない……。




―――赤い槍が砕けてしまい、その衝撃に女神イースは空中に押された。

ルルーシロアの力を、見誤っていたわけじゃない。

魔力を吸われ呼吸を乱された状態で、ルルーシロアがそこまでやれるのは異常だ。

空の女王の傲慢なまでのプライドが、限界以上の力を出させていたよ……。




『見事だが、無理をし過ぎだな』

『やかま、しい!!』




―――なめらかな技巧が、ルルーシロアを空中で踊らせる。

長い尾は天を罰する鞭のように、空を裂きながら女神を狙った。

回避されるとは、ルルーシロアも思わなかっただろう。

女神イースの六枚の翼の生み出す機動力は、これまで以上だ……。




『おの、れ……ッッッ!!!』




―――ルルーシロアは、くやしくてたまらない。

自分の攻めを、ことごとく回避してしまう女神のことが。

それと同時に、つい心のどこかで期待していた自分のことも。

『避けられたとしたら?』、その可能性がアタマのなかにはあったんだ……。




―――女神イースが避けた『先』に、ミアが跳躍していた。

気配を消した、完全なる無音にして神速の跳躍。

ルルーシロアは無意識的に、ミアとの連携を作ってしまっていた。

信じていたよ、ミアならば必ず自分たちの戦いに参加してくることを……。




―――それが腹立たしくもある、竜騎士に期待するなんて自分らしくない。

だが、相変わらずの強さを見せたミアの能力に対しては悪い感情は湧かなかった。

フクザツな心を、獲得しつつある。

成長するということを、ルルーシロアは体現していたのさ……。




―――『風』をまとったミアの蹴りが、ルルーシロアの尾を避けた女神に炸裂する。

赤い翼がふたつも同時に、切り裂かれた。

再生されたばかりの翼は、意外とやわらかさもあるらしい。

そして、無理して一撃必殺の首狙いなんかをする気はミアになかったんだ……。




「ルルー、連携!!」

『うる、さいッッッ!!!』




―――腹を立てながらも、ルルーシロアは連携してくれた。

敵の隙に付け込めないのは、空の女王にとって屈辱的な失敗だからね。

ミアに言われなくても動いただろうけれど、ミアは言葉にしたかったのさ。

ルルーシロアとのコンビネーションを組むのが、楽しくてしょうがないから……。




―――ルルーシロアは跳躍し、右の翼を大振りしながら女神イースに叩きつけた。

落雷のような爆音が響いて、女神イースは殴り飛ばされる。

地上に叩きつけられて、その全身が砕けそうになったが。

ほんの数秒のうちに回復し、立ち上がっていたよ……。




『竜の魔力は、偉大だな』

「ルルーの魔力も、吸い取っているんだね」




―――連携は続いている、ミアは女神イースに接近して襲いかかっていたよ。

『カール・メアー』武術の動きは、今のミアには当たることはない。

加速と筋力を強化したところで、猟兵に読解された攻めは無意味だ。

ミアは赤い翼をかいくぐりながら、後ろに飛び抜けながら斬撃を当てる……。




―――その一撃の直後に、女神イースの目の前に怒れる白竜の開いたあごが迫った。

避けることはなく、赤い紋章を発生させることで対処した。

赤い紋章は『檻』のように機能して、ルルーシロアの巨体までも空中で拘束する。

権能と竜の筋力の真っ向勝負になり、ルルーシロアは暴れることで紋章の檻を砕いた……。




「さすがは、私のルルー!!」

『だれが、おまえのものだッッッ!!!』




―――ふたりはコンビネーションを組み上げていく、ミアの想いの方が強いけれど。

これは一方的な感情でもない、ふたりの言葉を使うまでもなく一致した戦術を採れる。

女神が強すぎるから、最適解という『一つの行動』を選ぶだけという理由もあるけれど。

やはり良いコンビだというのが、明瞭な説明になるだろう……。




「嬉しいよ、ルルーといっしょに戦えて!!」

『こっちは、いいめいわくだ!!!』

「楽しいよね。大変なときだけど……」

『しゃべってないで、てきにしゅうちゅうしろッッッ!!!』




―――女神イースは城塞の上を飛び回りながら、追い詰められていくのを感じた。

ふたりは疲れ果てつつあるけれど、底知れない脅威を感じている。

消極的で保守的な、『守備』へと追い詰められているのを感じた。

ガルフが笑っている気がして、女神を苛立たせるものの……。




『より魔力を吸い上げてしまえば、こちらの勝利は揺らがない』




―――実に合理的で、何とも正しい判断だったよ。

ルルーシロアの魔力も、どんどん消えているんだ。

それに、『ゴルメゾア』と戦っている最中のゼファーの魔力も減っている。

この状況を継続すればするほど、女神イースの勝利は確定的になっていく……。




―――そのはずなのに、ミアの心のなかで遭遇してしまった白獅子が脳裏にちらつく。

何か『罠』にはめられているような気持ちになるが、女神は自らのペースを維持した。

城塞のあいだを跳躍しながら追いかけるミアも、やがては疲れ果てる。

そうなれば、勝利は確実になる……。




『そうだと言うのに。どうして、不安を覚えるのだろうか』




―――猟兵ならば、その理由に答えられる。

「上手く行っているときは、泳がされているときだ」。

誘惑して、動きをせばめるものだ。

相手が成功しているときが、『罠』の狙い目なのはいつものことだよ……。



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