第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その276


―――リエルは喜んでいた、森のエルフの先祖たちに感謝しているよ。

『狩り』の技巧を示す、絶好の機会が来たのだから。

弓を握りしめる指に、背負った矢筒。

それらに先祖伝来の技巧の感覚が、融けるように広がっていくのを感じる……。




―――弓の達人は、空間の達人でもあった。

矢が飛び抜ける空間を、どこまで広く深く精密に認識することが可能なのか。

それが弓術の強さを決める、もちろん速く遠くに飛ばすのも必要じゃあるけれどね。

リエルの感覚は、とても遠くまで広がっていたよ……。




―――武者震いという歓喜の電流がその身を駆け抜けて、リエルは鬼神となる。

三本の矢を一気に弓のつがいにして、ロロカの包囲戦術の地獄に捕まった敵を見たよ。

狙いをつける、というプロセスではない。

もっと素早くて、もっと恐ろしい質のものだ……。




―――迷いもないし、考えてさえもいない。

判断だってしていないんだ、本当の神業っていうものは無自覚な究極だからね。

リエルはそれを行ったよ、森のエルフの先祖たちと比べても。

アタマひとつは抜けていると思う、少なくとも現代じゃ最強の弓使いだ……。




―――三つの矢は、まるで運命のように精密な軌道を飛んだよ。

敵のアタマにそれぞれが命中し、三人の死者が生まれて夏の大地に転がった。

悲鳴さえも上げられなかった彼らの全員が、弓を使おうとしていたのは偶然ではない。

リエルは敵の群れの混沌のなかから、ただの感覚だけを頼りにして弓使いを排除した……。




―――達人たちのさらに上の領域に、17才の少女が到達している。

考えることも判断することも、無自覚かつ究極に研ぎ澄まされた『勘』には勝てない。

感じ取ったまま、撃ち込んだだけだよ。

混沌とした敵の並びを、おそらくただひとつの空間として把握したんだ……。




―――ボクたちが風景画を鑑賞するときに、構図だとか絵具の色だとか。

テーマが何であり、そもそも何の時代のどこの風景がモデルなのだとか。

作者の性別だとか何才の作品なのかとか、すべてを予想立てするのと同じ。

とんでもなくたくさんの情報を、ただ自然に把握するのは可能なことなんだよ……。




―――もちろん才能だとか鍛錬だとか、知識や経験値も要る行いだけれどね。

とにかく、リエルという最強の弓使いは戦場という空間を完璧に読解した。

本人に説明をさせたって、あと二十年はマトモな言葉にはならないだろう。

『勘』になるまで集約された、無数の技巧と能力を説明するのは賢者にも難しい……。




―――あるべきであろう場所に、当たるハズの撃ち方で矢を放っただけのこと。

リエルは敵が倒れるのを確認もしないまま、新たな射撃に取り掛かる。

今度は二本使い、そのどちらもが弓兵に当たった。

アタマと首であり、首に刺さったのは誤差じゃないよ……。




―――そのあたりにいそうな弓兵は、南向きに矢を放つだろうと知っていた。

リエルのいる場所からは、帝国兵の兜に分厚さが生まれると分かっていた。

考えてもない、とっくの昔に把握済みの情報なんてものは脳裏に浮かばない。

すべてを何となく理解しているだけ、とてつもなく精密にね……。




―――さらに矢を放つ、一本ずつの二連射だった。

これらも弓兵の命を喰らう矢となったよ、弓をかかげた直後の連中に当たっている。

『あお向けに倒したかった』らしい、背負った矢筒を他の敵に使わせないためだ。

これも考えていない、ただの感覚のまま反射的に放った攻撃だよ……。




―――考えもしない、判断さえもしない。

ただ最適解を、ひたすら早く精密にしていくだけ。

究極の手段はひとつだけだよね、だからリエルはそれをしているだけだった。

味方からすれば鳥肌が立つほどの神業であり、敵からすれば『恐怖の現象』だね……。




―――弓を構えようとした者から、隊列の前後左右も浅いも深いも関係ない。

神の罰でも受けているかのように、命を奪われていくのだから。

運でも戦術でも実力でも、その絶望的かつ絶対的な死から逃れようがない。

『現象』と呼ぶべきものさ、我らがリエルは空間を完全に支配している……。




「ゆ、弓を構えたヤツが、どんどん……殺されているのか!?」

「どういうことだよ!?どうなっているんだよ!?」

「誰が、どうして、こんな―――ぐふう!?」

「亜人種どもが、完全に……調子づいているぞっ」




―――戦意を向上させるものさ、英雄の超絶的な技巧を見ればね。

『プレイレス』軍の弓使いたちも、リエルに負けまいと必死になった。

彼らも敵の弓兵を狙う、それはロロカが与えてた戦術でもある。

こちらもなかなか特殊な動きをした直後だからね、集中すべき標的があると助かる……。




―――「弓使いは、とにかく敵の弓兵を射抜いてください」。

ロロカの言葉はシンプルで、集中しやすかったよ。

突撃の勢いが完全に崩された敵どもは、どう動くべきか迷っていた。

その迷いのうちに、敵の戦術の一つを奪い取るのは名案だよね……。




―――弓兵は強いよ、射程が長大なのがいい。

遠くの敵を殺せるなんて、とんでもないアドバンテージだ。

可能なら自軍にだけあれば、最高にありがたい状況だよね。

ロロカはそれを作らせるため、命令していたんだ……。




―――『場所を入れ換える』という複雑な動きに、戦士の全員の理解は及ばない。

隊列はかなりぐちゃぐちゃになって、包囲は出来ているが壁としての質は低いのさ。

敵に突撃されたら、貫かれるリスクはあった。

だからこその集中力、弓で敵の弓を潰す……。




「矢筒を、くれ!!これで……切れた!!」

「は、はい!リエル殿、どうぞお使いください!!」

「うむ、ありがとう!!」

「……お、おお。狙っても、いないかのようだ……っ」




―――狙ってもいない、ただ射殺している『現象』と化しているだけだからね。

包囲された敵に浴びせられた、リエルを始め弓使いたちの矢。

敵のベテランが弓兵狩りに気づき、対案を叫び始めた。

カンタンなことではある、目には目をだ……。




「亜人種の弓使いどもを、エルフどもを殺せ!!」

「撃ちまくれ!!矢が飛んでくる方向に、矢を放つんだ!!」

「撃ち合いをすれば、被害は抑えられる!!」

「狙わなくてもいい、とにかく数を放て!!」




―――賢いね、だからこそ罠にハマる。

リエルたち弓使いは、短時間でかなり矢を放っていた。

矢筒を背負える量は決まっている、だからここで『風』が吹いても。

『プレイレス』軍には、大して悪影響はない……。




―――リエルの『風』と、それ以外の術師たちが放った『風』が融け合い。

敵の矢の反撃を、空中で撃ち落としていた。

極めて限定的な空間では、それも行える。

そして遠距離の攻撃が可能なのは、何も矢だけじゃない……。




「投げ槍を、撃ち込みなさい!!『風』を貫く重さで、敵を打撃するのです!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る