第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その268
―――戦況は流動的だった、とくに『プレイレス』との国境近くだからね。
古来の法則性に人々は従うもので、国境に捧げる軍事的・政治的な情熱は大きいものだ。
この土地はユアンダートの独裁に対し、政治的に対立している勢力がいたからね。
皇太子レヴェータどもに、リヒトホーフェンもそうだよ……。
―――表立って刃向かうことはないが、だからこそ謀略の緊張は張り詰める。
帝国軍のスパイを使い、この地域の情勢を探らせるほどには重要だよ。
そんな場所に大きな政変が起きている、帝国からすれば勝たれ過ぎているのさ。
『オルテガ』に『ルファード』に『プレイレス』も、帝国は東へのルートを奪われた……。
―――完璧な封鎖とは言えないけれどね、大陸の南端よりも南の航路もある。
それでも主要な通商路が、こちら側に奪われた。
帝国の軍人や貴族たちは、それを危機的な状況というよりもチャンスとも考える。
ユアンダートが取り戻そうと必死になるだろう、そう踏んでいるからだ……。
―――『オルテガ』を奪い返そうとするユアンダートの意志に、沿うのさ。
皇帝の目論見に素早く反応してみせれば、覚えも良くなるだろう。
ユアンダートに『媚びるチャンス』だと、考えた連中がいるんだよ。
そいつらは『オルテガ』攻めを優先し、戦力を南に回そうとしているようだ……。
―――おかげでレイチェルとジャンが、かなりの大軍を相手しなくちゃならない。
こちらにとってリスクが増えた、というのは一つの側面で事実だ。
でもね、世界というのはつながっているんだよ。
『プレイレス』との国境を守っていた帝国軍が、減ったという側面もある……。
「……そういう意味では、ロロカあたりが大喜びしていそうですわね」
『ろ、ロロカさんが?……あ、ああ。何となく、想像がつきます……っ』
「『ストラウス商会』を、どれだけ南下させていたのでしょうか。そのあたりは、勝負勘次第でしょうけれど……」
『と、得意そうですよね。ロロカさん……っ』
―――ソルジェの妻の一人、ロロカ・シャーネルはギャンブル運もある。
商売は詐欺と博打の要素が多いものだから、商才を持つロロカは得意なのかもしれない。
あるいは、猟兵的な知識で言えば『守備』の達人だからかもね。
即応性が高く、鋭い切れ味を発揮できる戦力運用を好んでいるのさ……。
「敵の戦力が、動いてくれましたね」
「そのようです、ロロカ姉さま!」
「ユニコーン騎兵に、伝令を。『見抜いている』と、教えてあげましょう」
「はい!楽しみです!」
―――リエルが敬語になる相手の一人なのは、尊敬しているし『怖いから』だ。
『パンジャール猟兵団』に合流してから、実力で上下関係を叩き込まれた日もある。
もちろん今となっては仲良しだけど、戦略を練るときのロロカは恐ろしい実力者だ。
リエルは緊張しながら、空を見つめる……。
―――そこには最高の『偵察係』がいたよ、ソルジェの妻たちの一人。
カミラ・ブリーズが、『吸血鬼』の力を発揮している最中だ。
『コウモリ』に化けて、空中からの偵察をしている。
『まったく目立たない』という点では、ある意味で竜より優秀な偵察だ……。
―――敵からすれば、探られている可能性にすら気づけないんだからね。
手持ちの戦力が少ないこともあり、ロロカは『守備』的な戦術を敷いていた。
帝国軍に対して攻め込む姿勢を、ほとんど見せてはいない。
ロロカが虎視眈々と、攻めの機会を狙っていたことに気づけなかった……。
―――偵察もされていないと信じ込んでしまう、戦場ではよくある誤認だ。
攻め込まれる気がないと判断したからこそ、前線部隊はそのままに。
しかし、後方の部隊をこっそりと『オルテガ』攻めに動員していた。
地上から見れば、見破られることはない動きではあったけれど……。
―――上空にはカミラが、ちいさな『コウモリ』の群れに化けて見張っていたわけだ。
カミラは地上と空を何度も往復しつつ、敵の動きを報告していた。
毎回、ロロカのもとに戻ったわけじゃないよ。
前線部隊に、『連絡用の狼煙』を上げてもらったんだ……。
―――つまり、ロロカだけじゃなく国境に集まった『プレイレス』の戦士たち全員に。
敵の情報は筒抜けだったことになる、かなりの有利だね。
ロロカが『攻め』に転じる可能性を、各部隊のリーダーたちは知っていた。
当然ながら、敵戦力が『薄い』場所を狙うことになるが……。
―――その『薄い』場所を、『より攻めやすく』するために援護する必要もある。
具体的に言えば、陽動を仕掛けて敵戦力を誘導することと。
突破して敵陣を切り開いた直後、後続部隊となって敵の傷口をえぐって拡げる役目だ。
国境を越えて、帝国領土を奪い取れるまでの戦力はないが……。
「敵を打撃可能な機会は、逃せませんからね」
「はい。帝国軍は、多い……」
「一つでも多くの、局地的な勝利を重ねる。それが必要となります。それに……」
「ソルジェの援護にも、なるはずですでから!」
―――愛情は大きな動機だよ、ヒトはそのために人生を努力できるんだからね。
リエルもロロカも、もちろんカミラも。
ソルジェと離れているからこそ、感情的な努力をしてもいる。
それが戦略上の判断に、悪影響は出していないところは実に猟兵らしい……。
―――庶民出身のカミラはともかく、リエルは森のエルフの王族だ。
ロロカもディアロスの族長の娘、政治的リーダーの娘としての教育を受けている。
だからこそ愛情よりも、戦略を重視する力が鍛えられていたのかもしれない。
南に自分たち自身を派遣するなんてことを、選ばないのは戦略的に正しい判断だ……。
―――愛情を制御するのは、なかなかに難しいよ。
過密な戦闘スケジュールをこなしたソルジェを、新婚の彼女たちも心配はしている。
それでもガマンして、戦略的に有効な道を選んでくれた。
彼女たちの精神制御は、何とも高度なものだ……。
―――ガマンしたおかげで、もうすぐ感情と知性のどちらをも爆発させられる。
ソルジェの援護の一環として、国境沿いの帝国軍勢力を打撃するのだから。
リエルは上機嫌で、矢筒を用意しているし。
ロロカは眼鏡の下にあるいつもは温和な瞳を、鋭く細めながら地図を見ていた……。
「作戦時間は、長く必要ではありません。突破し、傷口を開いたあと、再び西に戻る」
「敵を引き込んでくれたなら、ちょうどいい。東北東の風が吹きますから」
「矢の射程が伸びてくれますね。攻めの勢いを装う必要もある……ああ、それに。カミラへ連絡を。暗殺を依頼したい相手が、いますので」
「はい!すぐに、呼びます!」
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