第18話 安易に頼るな

 殿岡の別荘は海に面している。プライベートビーチを含めた大きさは結構大きい。

 別荘が見えるように近所の庭先に潜み、単眼鏡を使って屋敷を監視し始めた。


(ん?)


 すぐに庭先を歩いている男に気が付いた。

 鋭い目を周囲に向けて付近を警戒している。その身のこなしは警備会社の警備員などには見えない。恐らくは反社会的組織の構成員だろう事は推測出来た。


(護衛?用心棒?)


 男は庭を一周すると地下に続く階段を降りて行った。


(妙だな……)


 殿岡が自宅に帰って来た時には、護衛は付けて居なかった。なのに別荘には用意している。


(ふーん、自宅ではなく別荘を警戒するのね……)


 この奇妙な行為に違和感を覚えた。


(つまり、見られたら困るモノがあるって話しだよな)


 ディミトリはニヤリと笑った。


(後ろ暗い事をやってますって自白しているようなもんだろ……)


 殿岡の胡散臭さがディミトリには嬉しかった。遠慮なく殺せるからだ。

 もう少し観察して居たかったが時間がない。終電前には済ませたかったからだ。


 用心棒みたいなのが四人居るようだ。夕方だと云うのに薄黄色のサングラスを掛けている。

 監視カメラの存在を疑っていたが目立つ所には付いて居なかった。


(まあ、無いとは思ってないけど……)


 いつもの狐の半仮面を被って別荘のフェンスを乗り越えた。


(まずは用心棒だか警備員だかを制圧するか……)


 ディミトリは人気の無くなった庭を素早く移動して地下への入り口に取り付いた。扉が見える。

 扉に張り付くようにして耳を当てたが物音は聞こえない。そっとドアノブを回すと呆気なく開いた。


(開錠する為の便利グッズをニャマゾンで取り寄せたのに……)


 中に素早く身をいれると廊下が伸びていた。そして両側には部屋が四つあるらしい。ドアノブが見えたのだ。

 突き当たりにもドアが在るが、そこは用心棒が詰めている管理室になっているのだろうと推測した。


(留置場みたい作りだな)


 ロシア時代に捕まって留置された時の事を思い出したのであった。

 ディミトリは最初のドアに付いている小窓から中を覗いた。最初の部屋には誰も居なかった。

 しかし、次の部屋には女の子が監禁されていた。粗末なベッドの上で放心状態のようであった。


「?」


 監禁されている様子なのは分かったが、関わると面倒くさそうなので見なかった事したかった。

 そこで、ディミトリが部屋の前を通り過ぎようとすると、中に居た女の子が気付いたのか声をかけて来た。


「待って!」

「あ?」


 ディミトリは扉の前で立ち止まってしまった。


「お願い、助けて!」


 女の子はベッドから飛ぶようにやってきて小窓に張り付いた。


「何でだ?」


 ディミトリはキョトンとしてしまった。


「え?」


 彼女は意外な返事に驚きを隠せなかった。こういう場面では男は自分を助けてくれると思い込んでいるらしかった。


「何で見ず知らずのあんたを俺が助けないといけねぇんだよ」


 怪訝な表情を浮かべる彼女に聞いてみた。まあ、何を言って来ても、金に成らない人助けなどする気は無い。


「あたし、パパ活してた相手に閉じ込められたの」

「パパ活?」

「お話しとか食事してお小遣い貰う事だよ」

「何だ、売春婦かよ」


 パパ活とかいうのをディミトリは売春婦と認識しているらしい。

 この日本という国は言葉を変えて本質を誤魔化すのが得意なのだ。

 『恐喝・暴力』を『いじめ』、『売春・買春』を『パパ活』や『援交』など事実を矮小化して罪悪感を軽減させるやり方だ。

 生来から小心者の癖に小賢しいとディミトリは思っていた。


「違うの!」

「なんでだよ、金貰って股開くんなら売春婦だろう」


 流石に彼女は黙り込んでしまった。


「まあ、早く出られる様に神様に祈ってやるよ」


 神様なんか信じていないのに、そう言って立ち去ろうとした。


「ちょっと!」


 歩きだそうとしたディミトリに声をかけた。


「分かった!お金あげる!」

「俺は目の前にある金しか信じないぜ」


 振り返って返事をしてあげた。


「じゃあな」


 片手を上げて先に進もうとしたが、再び彼女が話しを続けた。


「待って!じゃあお姉さんが良い事してあげる」


 ディミトリの中身はアレだが、狐の半仮面を被っていても見た目は少年に見える。

 年頃の坊やの関心と言えば一つだけだと彼女は誤解したらしい。


「小っこいおっぱいに興味無いし……」


 そう言って無視しようとした。だが、彼女はなおも食い下がった。

 ここで何とかしないとヤバイ状況だと感じていたのだろう。鍵付きの部屋に閉じ込められているのだから当然だ。


「じゃあっ、じゃあっ、パソコンの使い方を教えてあげる」

「パソコン?」


 ディミトリが立ち止まった。彼の初めて見せた反応に気を良くしたのか女は話しを続けた。


「ええ、大学では情報工学部に通っているわ」


 山上美月と言う名前だそうだ。田舎から出てきて自活していたが、急な出費が有り仕方なくパパ活をしてみたらしい。

 そしてハズレのパパを引いたのである。


「ふーん、ハッキングとかしたことあるの?」


 ディミトリの悪巧み演算装置が高速に動き出したらしい。


「ええ、得意よ」


 美月は誇らしげに答えた。きっと事実であろう。法律に違反しているかどうかはディミトリにとっては些細な問題だ。

 ディミトリは考えた。

 剣崎やアオイが知らない人脈作りをする必要がある。


(何時までも、剣崎のおっさんに鼻面を振り回されるのは、まっぴら御免だからな……)


 パソコンのエキスパートを、手の内に入れて置くのは有りだ。

 ディミトリは戻って来て鍵を簡単に開けた。本当は車を借りる時に使おうと持ってきたが役に立ったようだ。


(まあ、裏切るようなら始末すれば良いし……)


 金と恐怖で正義は転ぶ。ディミトリが戦場で学んだ事であった。


「俺から離れないで……」

「分かった……」


 ディミトリは奥の部屋をいきなり開けた。

 目の前に居たのは三人。ざっと見たところ机の上に拳銃があるのが見て取れた。


(獲物を持っているのなら遠慮は要らないな……)


 躊躇すること無く三人を銃で次々と撃った。突然の事だったのか身構える暇無く次々と撃たれていた。

 三発撃って全てが頭に命中している。中々の腕前であった。

 普段のディミトリは戦闘行為中には敵兵の腹を狙って倒し、その後で頭を撃ち抜く。確実に倒すためだ。

 しかし、今は美月を連れて逃げている。なので、多少はずれても構わないので相手を無力化する事を優先で頭を狙ったのであった。


(全員やったか?)


 部屋の中にディミトリが足を踏み入れた。


「!」


 その時、ドアの影から男が飛び出して来た。やはり、残っていたのだ。

 ディミトリは手にした銃を打ち払われた。男は総合格闘技をやっているらしく、構えにも動きにも無駄が無かった。


(理想的な兵隊って奴か……)


 そして、何より体格には雲泥の差があった。外見は若森忠恭で百六十センチの小柄な中学生だ。相手は百九十センチと思えるほど大柄のマッチョ男である。


「くそっ!」


 ディミトリも反撃を試みるが、相手と体格差があるので如何ともし難い。

 相手をぶん殴るのだが一発一発が軽い。男は気にしないとでも言う感じで殴り返してくる。

 殴られる度に部屋の中を転げ回されている。


「…………」


 何よりディミトリが頭に来ているのは、男はナイフを持っているのに殴ることを優先している事だ。

 ナイフで簡単に決着を付けるより、殴って痛め付ける方を選ぶなど、加虐的な性癖を持っているのであろう。


「ていっ!」


 ディミトリも反撃を試みたが、男の胸ポケットからボールペンが落ちただけだった。

 男は銃を拾い上げ美月に突き付けた。ディミトリに人質が通用すると思っているのだ。


「もう、諦めな」


 男はそう言ってニヤリとしている。自分が圧倒的に優位に立ったと確信している微笑みだ。

 ディミトリは相手の男を睨みつけた。


「俺が一人で来たと思っているのか?」


 ディミトリが意外なことを言い出し、廊下の方を顎で示したのだ。


「なにっ!」


 男は咄嗟に銃を廊下に向けるが、そこには誰も居なかった。ディミトリは嘘つきなのだ。


「しま…………」


 ディミトリは男の隙を見逃さない。すかさず男に飛び付いて、その腕にボールペンを突き刺した。


「ぐあっ」


 激痛に男が怯んだ。ディミトリは美月を男から引き離し、その首に胸にと次々とボールペンを突き刺した。


「ぐっ」


 男はくぐもった声を発し、ディミトリに銃を向けようとした。だが、力が入らない。

 銃を握った手にボールペン突き刺して銃を奪った。


「……」


 あっさりと銃を奪われた男は何かを言おうとしていたが、口から出たのは鮮血であった。


「済まねぇな、生まれた時からの嘘つきなんだよ」


 そう言うと、男に向けて引き金を引いた。


パンッ


 乾いた音が響いて男の脳みそが床に散らばった。


「ひっ……」


 その様子を見ていた美月は、躊躇せずに引き金を引くディミトリに恐怖を覚えていた。


「これから上の階に行く……」


 ディミトリは部屋の中に散らばる死体から身分証や銃などを回収していた。

 ふと、自分の腹を見ると脇腹から出血をしていた。いつの間にか切られていたらしい。


(ちっ、急がないと拙いな……)


 今は戦闘の後なのでアドレナリンが出ているせいか痛みは感じていなかった。


「え? 逃げないの?」


 美月は腹を抑えながらも部屋の中を歩き回る少年に尋ねた。

 彼女は逃げるために用心棒をやっつけたと思っていたのだ。


「目的は別荘の持ち主なんだよ」

「……」


 負傷しながらも諦めない少年の目的は何なんだろうかと美月は訝しんだ。


「さあ、行くぞ……」


 ディミトリは部屋を横切って階段の方に歩いていった。この屋敷の主に会いに行くのだ。

 美月は青ざめたまま頷き、慌てたように彼の後に続いた。


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