第8話 犬歯

「一等地じゃ無かったんですか?

 人気が少ない方へ向かってる気がしますよ」

「ああ、兵長さん、アンタこの街に来てまだ日が浅かったっけな。

 この辺りはな、高台になってるのさ。

 街に住んでる奴らを見下せるって、金持ちに人気の場所だ。

 しかしこの街に金持ちは少ない。

 だから住んでる人間も少ないんだよ」


確かに歩いて来た道はゆるやかに上昇していた。

セルゲイは歩くだけにも関わらず息が切れてしまう。

前を歩く岩石人間ロックマンは汗もかいていない。


言われて振り返れば、確かに眼下に街が一望できる。

塀に囲われた街は薄暗いが、ところどころに街灯の灯りが煌めく。

人気が出るのも頷ける光景。

この夜景を見れるなら少しくらいの金なら払っても良い。

だけど、毎日この坂道を登るのはシンドい。

矛盾した意識に囚われるセルゲイ。

もっとも今の話では輜重課の安月給では住めそうに無い。



「この屋敷だ」


ラスカリニコス軍曹が足を止めたのは堅牢な塀の前。

セルゲイの身長を超えた上には鉄条網らしき物も見える。


「来た事有るんですか?」

「無い。

 他の奴らに聞いた話だとここだ。

 間違いようがないだろ」


高台の周辺は広い公園のようになっており、他に人家は見当たらない。

確かに他にらしき建物が存在しない。


塀伝いに歩くと門が有った。

黒く塗られた金属製、頑丈な見た目に鍵も掛けられている。

しかし、岩石人間ロックマンは肩からタックルをかましたらアッサリ開いた。


「……今の音、大丈夫でしょうか?」

「知らんが、ああしなきゃ入れなかっただろ。

 ここまでワザワザ来て、門にカギが掛かってたから帰るってのはナシだろ」


門の中には建物がいくつか。

その中で倉庫風の建物へと軍曹はズンズンと進む。

セルゲイとしては、周りを警戒しつつも着いていく以外に無い。


「この入り口の地面を見な。

 結構な人数が定期的に出入りしてるぜ」


ラスカリニコス軍曹は倉庫の入口を見て言うのだが。

セルゲイにはサッパリである。


「地面だよ、地面。

 岩のすり減り具合とか、附着した土とかで分かるだろうが」

「…………まったく分かりませんが……」


岩石人間ロックマンにそんな特技が有ったとは。

世の中にはセルゲイが知らない事がまだ沢山ある。


倉庫の扉へとラスカリニコス軍曹がショルダータックルかまそうとするのを留める。

セルゲイが扉の取っ手を回すと鍵は掛かっていなかった。


扉は入ると通路があって、その先に更に扉。

構造から察するにその扉の先が広い空間。


「不用心ですね」

「油断してるんだろうよ」



それはどうだろう。

岩石人間ロックマンに特技があったように。

セルゲイにも特技がある。

夜の種族の特技。

扉の先の空間に生物が居る。

酸素を吸って二酸化炭素を吐く。

心臓から体の隅々へ熱い体液を巡回させる生物。


セルゲイにも分からない。

自分は鼻からニオイで感じ取っているのか。

それとも眼鏡の奥で赤く光る目が見通しているのか。

髪に隠れた少し上に尖った耳たぶとその中の鼓膜の仕業か。

それとも……口の中で疼きだす犬歯が察知しているのか。


10人弱……8人かな。

一人体温が低い。

蜥蜴人間かもしれない。


もう一つの扉に手を掛けて、軍曹へと囁く。


「入ります」

「ああ」


カチャリ……静かに取っ手を回したつもりだけど。

暗い空間の中、扉を開ける音はやけに響いた。


それもその筈、広い空間には何も無かった。


人影だけが8人立っていて。

その人影は全員銃を構えていて。

銃口の先はセルゲイに向いていた。


後ろでガチャンと乱暴に扉が扱われる音がして、空間に明かりが灯る。

振り向けば、岩石人間ロックマンがセルゲイの逃げ道を塞ぐように立っていた。

 

「え~と……

 自分は貴方に騙された、って事で良いのかな」


静かに尋ねるセルゲイ。


「当たり前だろ、ボケェ!」

「騙されたのはこっちだ!」


大声を張り上げたのはセルゲイに銃を向ける兵達。

リザードマンの一等兵など、セルゲイに近付いて来て胸倉を掴む。


「なんだって、上層部に報告しようなんて思えるんだ。

 これが裏切りでなくてなんだ!?」

「……そう言われましてもですね。

 皆さんのしている事は軍務規定違反。

 悪い事なんですよ」


「俺らが……命懸けで戦ってる俺らが!

 軍の中の武器を少しばかり売って、金に換えたぐらい悪い事あるかよ!」

「ああ……そう言う風に言われてしまうと……

 ええと……その理屈はですね。

 開き直りと言いますか。

 悪い事して何が悪い、と言ってるだけと言いますか」


「そんな理屈知るか!」


リザードマンは今にもセルゲイに殴りかかりそうであったが、止めたのは岩石人間ロックマンの軍曹だった。


「兵長、アンタまったく驚いてなぇな。

 どういう訳だ?」


「まぁ……

 あの兵器をしまっている場所には一等兵だけでは入る事が出来ない。

 ある程度上官が関わっているのは誰でも分かります。

 それに……ラスカリニコス軍曹、初めて来る場所にしては幾らなんでも迷いなく歩き過ぎていましたよ」


それに……心臓の動きも。

幾ら歴戦の勇者とは言え、軍曹のそれは全く動じていなかった。


「だったら、何で素直について来やがった?」

「もしかしたら……皆さん素直に罪を認めて投降してくださらないかな~、なんて。

 そうして戴ければ、罪も罰も減ずるように口添えしますよ。

 どうでしょう。

 それが良いと思いませんか?」

 

「兵長……アンタ思ってたよりずいぶんオモシロイ男だな。

 この銃口を向けられてる状態でそんな冗談が言えるなんて。

 見直したぜ」

「……では……投降して戴ける?」


「んな訳ねーだろ!」


そう言ったのはリザードマンの上等兵で、彼は小銃の銃口をセルゲイの額に突きつけていた。

引き金を引く指に力を込める。


セルゲイが思わず目をつむった瞬間。

ジャキリ!

とおよそ銃を撃ったとは思えない音がした。

そして濃密な香り。

人の体内を流れる液体が、その皮膚の外へと大量に流れ出したかぐわしい香り。

口内にある犬歯が自分の意志に反して大きくなったのを感じて。

セルゲイ・ニコラ―エヴァは目を見開いた。


そこには上等兵が立っていたが、首から上に蜥蜴を思わせる頭部は乗っていなかった。

首から血を溢れさせる死体が立っていた。

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