短編・連作集

のの(まゆたん@病持ちで返信等おくれます

第1話 愛する故郷にて

最初の短編 


美しきクリスマスの飾りも人々のざわめきもない 

すでに失われ、あるのは跡形もない廃墟のみ

焼け落ち砕けた建物に冬の冷たい風が吹きすさぶのみ


時は華やかなクリスマスの生誕の祝い

長き旅を終えた旅人は 故郷の廃墟に只々涙するばかり

黒死病に戦争が故郷を廃墟 灰にした。


夢を持ち十字軍の参加者の一人として旅立った あの日

待ってるはずの幼馴染の少女 幼かった妹 家族 友たち


熱きエルサレム 巡礼者達の約束の地

少しばかりの軍功に 腕に完治しない怪我


腕の怪我ゆえに 剣を置き、軍功で得た金貨を元手に商売を始め 

幸運に恵まれ 少々富を得て


帰りの船旅での労苦 


それも愛する人達との再会と故郷への思慕ゆえにどうにか乗り越え

だが・・

故郷近くの村で 恐るべき事実を知った 知ってしまった。


大事な大事な・・故郷の喪失


持ち帰った財産 


自分は勿論 家族や愛する少女の為のもの・・

故郷での再出発の為のもの  呆けたように 立ち尽くす

また座り込み 涙を流すのみ・・


走馬灯のように思い起こすは懐かしき日々


母が焼いたパンに 美味しいシチュー

頭を撫でてくれた 優しい父の手


春のイースターの祭り

ダンスで繋いだ手 少女や幼い妹との楽し気なダンス

花が咲き乱れて 男達はビールやワインを片手に笑ってる


女たちも着飾り 美味しいお菓子や食事に舌づつみ

踊り お菓子をほおばり 笑う子供達

ダンスを楽しむ恋人達もいた


家畜の世話に牛の牛乳絞り チーズ作り  ニワトリの卵の採取

小さな学校での勉強

教会でのお説教 居眠りをする小さな子供


夏の祭り・・


秋の収穫祭


沢山の果実 様々な果実のタルト リンゴの炭酸水 リンゴのお酒 葡萄酒

冬になれば アドベントが始まり


やがてはクリスマスマーケットが広場に設置され

沢山のお店が 華やかな飾りをつけて 人々が笑う

教会での慈善会の賑わい 聖歌が響く。

・・少女や妹の楽しい相手 友達とのたわいもない出来事


ふと・・思い出す

祭りによく来ていた 不思議な少年の事


長い黒髪 遠いスラブ系を思わせる美しい整った顔立ち 青い瞳

異国の衣装 

リュートを奏で その不思議な曲 見事な音に

人々は沢山のコインを彼の為に投げて・・


・・そうだ  不思議な少年だった 


…誰も不思議に思わぬが 年を取ったように見えない

その事に気が付かない


毎年に大きな祭りに顔を見せていた。



「一曲所望されますか・・ふふ」その声にハッとして振り返る


そこには懐かしい、あの少年の姿

大きな砕けた建物の破片の座って リュートを手にしている。



呆けたまま、私は小さく頷く

「・・では」少年は微笑して リュートを奏でだす


祭りで幾度も聞いた 見知らぬ異国の曲


その妙なる旋律は

今、置かれた 残酷な現実をひと時 忘れさせてくれる



曲が終わる…。

涙がそっと流れ落ちる


「…では 代価を頂いても?」

「え、あ」



彼はすぐ傍に音もなく降りてきて首すじに牙を突き立てた


「!」


血が一筋流れ落ちる




「・・悪くないですね 昔からそうだった 美味だった」


「・・・そう泣かなくてもいいですよ 嘆かなくてもいいかも」




「多くは失われましたが 大事な幼馴染の子と貴方の妹は生きてますから」





「・・・貴方が逗留した村で 貴方が帰った事を知って


もうすぐ 迎えに来るか くすくすっ」

瞳が輝く金色に変わってる 不気味な笑み


「・・貴方は一体?」


「・・よく知ってるはずですよ 

ああ、僕には『十字架』も『にんにく』も効きませんから 

多少の日光も平気です うふふ」牙を見せて 楽し気に笑う


「・・では またどこかでお会いできるでしょうね」


「私の故郷の街の崩壊は貴方のせいですか?」震える声で問いかける



「・・どうでしょうね さてね

黒死病の騒ぎに紛れ 多少 血を頂きましたが 直接的には 

僕は関わってませんから…」「良きクリスマスを・・」


微笑んで少年は仰々しく会釈をして消え去った。


間もなく 二人の娘たちが こちらに向かって駆けてきた

「兄ちゃん!」

懐かしい 会いたかった 愛しい妹と愛する人

私は愛する人達を涙と共に抱きしめる


頭の片隅で あの不思議な吸血鬼の少年の事を想う


微笑んだ笑みが どこか悲し気だった。




22.9.28 再録



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