第9話 朝比奈家族と偶然遭遇
偶然というのは突然やってくるものだ。
例えば買い物をしに、近くのスーパーに行ったところ偶然桜に似ている顔の女性に声をかけられるということもある。
黒髪を肩につくかつかないかというほどの長さ。いわゆるショートカットと言う長さなんだろう。
桜と髪型は違うが、俺の目には顔立ちや雰囲気が桜のそれと同じように感じる。
「どうかしましたか?」
その人物は上目遣いで見上げてきた。
この子が桜じゃないという決定的な違いは圧倒的な身長差だ。体の大きさや喋る感じから推測するに、まだ中学生一年生と見た。
「いきなりこんなこと言うの変かもしれないけど、君の苗字ってもしかして『朝比奈』じゃない?」
どうやら俺の予想が当たっていたんだろう。女の子は俺から少し距離を取って来た。
「なんで知ってるの?」という疑問の瞳を俺に向けてくる。
「あ、あなたもしかして私のストーカーですか?」
「違うよ違う。君によく似た朝比奈っていう苗字の人を知ってるから聞いてみたんだ。もしかしたらその人が君の姉なんじゃないかなって思って……」
「あ、あなたお姉ちゃんのストーカーだったんですね!」
「いやいい加減ストーカーから離れてよ!」
桜の妹さん、
生々しいところを省いて、今どういう関係なのか説明すると楓ちゃんは「げ」と口をへの字に曲げてきた。
「なるほど。では來也さん。あなたが最近お姉ちゃんのことを誑かしている男だったんですね……。私の目は欺けませんよ!!」
「誑かしてなんかないよ。どちらかというと楓ちゃんのお姉さんの方が俺のことを誑かしてる気がするんだけど」
「お姉ちゃんが? あぁ、そういうこと。來也さんはずっと前からお姉ちゃんが片思いしていた方なんですね」
楓ちゃんはふむふむと首を縦に振り、納得した素振りを見せながら俺のことをジロジロと観察し始めた。
「俺の顔になにか付いてるの?」
「いえ。そういうわけじゃないんですけど、なんかほっぺたに跡が付いてるんですよ。一体何なんでしょうか?」
純粋な瞳で観察してきているので、その跡がナニかわかってて言ってるのかわからない。
桜の妹ちゃんの前で「このほっぺたの跡はこの前君のお姉さんに……」と、説明したらセクハラになりそうだ。
なので無言で観察されていると、楓ちゃんのもとに一人の女性が声をかけてきた。
大人の空気をまとっている。
「ちょっと楓。こんなところで何してるの?」
カートを引いていて、大人の女性のように見えて、桜の姉妹……のようには見えない。
もしかして――
「お母さんですか?」
「? 楓。こちらの方は?」
「お姉ちゃんが朝帰りしてきた原因を作った男」
「ちょ間違ってはないけどさ……」
楓ちゃんはにひひ、と悪い顔をしながら「ちょっとあっち見てくるね」と言って俺たちを残してどこか行ってしまった。
桜のお母さんと喋るのは初めてだ。
楓ちゃんの変な俺の紹介のせいで空気が氷ついてしまっている。
「來也くん、だったかしら?」
「……はい」
「いつも桜と仲良くしてくれてありがとねぇ〜」
さっきまでどこか緊迫した空気だったが、桜のお母さんのニンマリとした優しい顔を見て空気が和らいだ。
笑顔が桜に似ている。
「いえいえ。こちらこそ桜さんとは日頃から仲良くさせてもらっています」
「ふふ。桜の初めてを奪ったのだからそんな緊張しなくていいのよ」
おそらく桜のお母さんは悪気なく緊張をほぐそうと言っているが、俺の耳には皮肉にしか聞こえない。
「そんなふうに言われると逆に緊張しちゃうんですけど……」
「あら。そうだったかしら? 私が初めて旦那の両親に会ったときそう言われたから、こういうのが普通だと思ってたわ」
「あはは……。全然普通じゃないですよ」
「そうだったのね。それは申し訳ないことを言っちゃったわね」
桜のお母さんと桜。
恋愛において二人はどこか似ているものを持っている気がする。
そして桜のお父さんとは話が合いそうだ。
その後俺と桜のお母さんは立ち話も何なので、ということになり買い物をしながら他愛もない雑談をした。
学校での桜の様子だったり、俺といるときの桜の様子だったり、家での桜の様子だったり。
雑談の内容は桜のことばかりだったが、話していて楽しかった。
「じゃあそろそろお会計にいきましょうかね」
桜のお母さんの言葉に俺も賛同してお会計にいこうとしたのだが、そんなとき後ろのほうから聞き覚えのある女性の声がした。
「お母さん。あっちにずっと探してた調味料があったんだ、けど……」
目があった。そこにいたのは桜だった。それも、オーバーサイズの白Tと短パンを着ている見たことのないラフな格好の桜。
学校以外で遊ぶことは多々あったが、ここまでオフの姿の桜を見るのは初めてだ。
「どうも」
「ら、來也……? なんでこんなところに……というか、お母さん。なんか変なこと來也に話して無いよね?」
桜は俺がここにいることに疑問に思っていたが、その後すぐ隣でニマニマしている桜のお母さんの様子に気ずいた。
「ん? 変なことってなんのことぉ〜?」
「あぁ……。この感じのお母さん絶対なにか喋ってるじゃん」
桜はガクッと、肩をおとしていたがグイッとゾンビのように体を俺に向け「何言ってた?」と聞いてきた。
いつもより少し距離感が近くて自然と顔がほころんでしまう。
「あはは。ほら、お母さんのせいで來也に呆れられちゃったじゃん」
「この顔は呆れれてるわけじゃないと思うわよ?」
「……本当だ」
桜は顔を近づけ納得したのか、少し前に見た妹である楓ちゃんがしてきたような悪い顔をしてきた。
「早くお会計に行きたいんですけど」
「來也くん。逃げようとしても無駄だよ……」
その後も逃がそうとしてくれなかった桜のお母さんだったが、帰ってきた楓ちゃんに旦那さんとの生々しい質問をされ気まずい空気になり、最終的に俺のことを逃してくれた。
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