プロローグ後編

 俺は自身を助けてくれた目の前の女性と向き合っていた。


 彼女の髪や服が濡れているところを見るに、俺を川から引きあげる際に水をいくらか浴びてしまったと思われる。




 「川で倒れてるのが見えたからびっくりしちゃったよ。君みたいな小さい子が森で一人きりなんて迷子になったのかな?」


 「は?小さい子?大の大人に向かって何を言って――」




 俺は彼女に反論しかけたがその先の言葉を思わず飲み込んだ。


 水面を見るとそこには年端もいかないような少年の顔が映っていた。




 「えぇっ!顔が!」


 「顔が痛む?少し見せて。」




 彼女は息がかかるような位置まで近づき、俺の顔をまじまじと見つめる。


 自分の顔の変化に驚いたはずが、彼女は俺がケガの痛みを訴えたと判断したのだろう。




 情報が多すぎて混乱しているが、これはいわゆる異世界転生というやつか?




 「ケガはなさそうだけど、自分の名前はわかる?どこから来たの?」


 「あ、えーと…そ、そうだ、スマホ!」




 彼女の質問に答える前に、俺はポケットにあるであろうスマートフォンを探す。


 水没していた可能性はあるが、もしスマートフォンが動けば位置情報で今いる場所がわかるかもしれない。


 そんな願いもむなしくポケットにはスマホの代わりに、よくわからない四角形の半透明なカードのようなものがおさまっていた。




 そのカードをのぞき込むと、ステータスウィンドウのようなものが表示された。




 【名前】シエル・ベルウッド


 【年齢】11歳


 【性別】男




 他にも色々表示されていたが、まず目についたのは名前だった。


 「――シエル・ベルウッド。」


 「それが君の名前?」




 俺は肯定するようにうなずく。


 見覚えのあるこの名前は、俺が昔からよく使うプレイヤーネーム、ペンネームであった。




 鈴木空という氏名から、名前の空をフランス語の【シエル】、鈴木という苗字がうまくあてはまる単語がなかったため英語読みで鈴の【ベル】と木の【ウッド】をつなげてベルウッドとしていたのだ。




 彼女の方にカードを向けると、同じように名前や年齢が表示される。




 【名前】ルカ・アインズ


 【年齢】15歳


 【性別】女




 ステータスを確認するように目線を落とすと、水で服が透けた彼女の胸が視界に飛び込んできた。




 「わぁ!ルカさん!」


 「え、私のこと知ってるの?」


 「あ、いや、さっき名前言ってた気がしたから…。」




 かなり苦しい嘘をつきながらも、ドキドキする胸をなでおろしながら目をそらす。


 服の上からとはいえ、女性の胸を見るのは二次元以外なかったのだからこんな反応にもなるだろう。




 どうやらこのカードは思った通り、これを向けた方向にいる人物の名前や性別などのステータスを表示してくれるようだ。




 「自分の名前もわかるし、見た感じ大きな怪我もなさそうね。」


 「うん、助かったよ。」


 「それじゃ、行きましょ。」


 「え、どこに?」


 「決まってるじゃない、近くに街があるからそこまで案内するわ。見たところこのあたりに住んでる感じはしないし、小さな子を森の中に置き去りになんてできないわ。」


 小さな子ではなく中身はおっさんなんだ、すまん。




 しかしこれは嬉しい提案だった。


 こんな森で道もわからず一人きりでは、野生動物に出くわしたら命の保証はないだろう。


 土地勘のある者の道案内は、まさに願ったりかなったりである。




 「本当にありがとう、ルカさん。」


 「ルカでいいわよ、堅苦しいのは嫌いなの。」


 彼女はそう言うと俺にほほ笑みかけた。






 ルカに案内され、30分ほど歩くと遠目に大きな街並みが目に映り込んだ。


 夕焼けに滲む街並みは、見慣れない土地に迷い込んだ不安だらけの俺にはとても美しく見えた。


 しかしその街に近づくにつれ、妙な胸騒ぎと違和感を感じ始めていた。




 そして街の入り口に立った時、その違和感の正体を知ることとなる。




 「ここが私が住んでいる街だよ。」


 「…交易都市カルア。」


 「あれ、この街のこと知ってたんだ。」


 「知っているさ、王都ラドニアと交易があり緑豊かな木々に囲まれた自然の要衝。多くの冒険者が行きかう活気のある街だった。そして――」




 カルアはゴブリン族の軍勢に滅ぼされ、住人や滞在していた冒険者は皆殺しになり、この街は魔物の野営地と化したのだ。




 この街を見た時に思い出した、俺はこの風景を何度も目にしている。


 間違いない、ここは俺が半生を費やしてプレイしたオンラインRPG「シャドウ オブリビオン」の世界だ。






 俺は心躍る人生を歩みたかった。


 このまま俺の人生は平凡で無機質な日常に押しつぶされる、そう思っていた。




 この美しい世界を見るまでは。

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