第28話
夜の消灯時間を過ぎて、机の上のノートをぱたんと閉じた。外からは虫の声が、壁一枚隔てた向こうでは少女の笑い声が微かに響く。
ベッドに横たわっていたルームメイトの先輩が、こちらを見ずに言った。
「勉強ばっかり。楽しい?」
「はい。勉強は好きですよ」
「ふうん」
先輩は天井を見つめたまま、だらりと片腕を垂らし、指先でシーツの端をつまんだ。
一学年上の先輩だ。我儘で、気まぐれで、気に入らないことがあればすぐ黙り込むくせに、寂しくなるとべったり寄ってくる。同級生の中でも浮いているようで、ろくに友達もいない。
「私さ、勉強なんて嫌い。よくわからないし、つまらないし」
「それは……やり方次第ですよ」
「ねえ、蛍」
先輩は枕元から半身を起こし、首だけこちらに向けた。
「私と話すより、楽しい?」
唐突に向けられた視線が、蛍を苛つかせた。しかし、微笑みを返した。机の上のペン立ての影が、月明かりで長く伸びている。
「いいえ。私ももう寝ますよ」
「……ふうん。じゃあ、ちょっと喋ろうよ」甘ったるい調子の中に、拗ねた子供のような湿った響きが混じる。
「蛍くらいしか、私の話聞いてくれないし」
「そんなことありませんよ」
「ほら、授業とか、委員会とか。私が行かなくても、誰も困らないし」
先輩はベッドから膝を抱えるように起き上がり、悲劇のヒロインを気取るように小さく笑った。
「むしろ、いないほうがいいって思ってるかもね。あの子たち」
「いやいや」
「あるよ。わかるの。私、そういうのには敏感だから」
週の半分は布団から出ない。たまに出席しても、授業中ずっと窓の外を見ている。そんな先輩の姿が、蛍の脳裏に浮かんだ。だから、勉強すらついていけなくなって、周りから見放されていくのだ。
部屋の空気は、先輩の声に合わせてじわじわと温く湿っていく。
「蛍はいいよね。真面目で、優等生で。……きっと、みんなに好かれてる」
そう言ったときの先輩の笑みは、呪っているようで、意外に素直に褒めているようでもあった。
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