11・いざ凶悪犯《エネミー》戦④

 自分の敗北を悟ったから? ──否。

 番犬に遅れを取ってしまったから? ──否。

 自身の慢心に気づいたから? ──否。

 死ぬかもしれないと思ったから? ──否。

 恐怖なんてものが残っていたから? ──否。

 ようやく己の罪を理解したから? ──否。


 男は自身の敗北や慢心を悟った訳でも、ましてや罪を悔いた訳でもない。

 ただ、理解し恐怖してしまったのだ。

 能力の暴走により本能が理性に勝る状況で、とうに捨てた筈の恐怖それを思い出させる程の衝撃。

 気づいてしまったが最後、心の底から這い寄って来るのは並大抵の凶悪犯エネミーでは対抗出来ぬ絶望。


(なん、で……こんな所に───黒の死神・・・・が、いるんだ)


 凶悪犯エネミーの天敵とも呼ばれる対凶悪犯エネミー戦の怪物、黒の死神。

 性別も年齢も種族も定かではないが……その容姿だけは、『公共保安局の黒の死神』という噂で広まっていた。

 金色の髪と、真っ赤な瞳。凶悪犯エネミー達はこの特徴を持つ者をとにかく恐れる一方で、それと対峙する事を心のどこかで期待していた。

 何故なら黒の死神は──、


「殺したら怒られるから、せいぜい生き長らえてよ」


 現在の保安局で、最も強いとされる存在だからだ。


(血で無数のナイフを同時に作っただと!? それも、俺が何に変化したとしても、問題なく蜂の巣に出来るような密度で────ッ!!)


 凶悪犯エネミーを取り囲むように、百本近い血のナイフが宙に舞う。

 それは男の命を摘み取る鎌のように……正確に冷酷に、その巨体へと無慈悲に突き刺さった。


(こんな、所で…………だが、最後にあの黒の死神と戦えたんなら、上出来……だな)


 百本近いナイフに刺された凶悪犯エネミーは、どこか満足気な表情を作り、体中から血を流してその場に倒れ込んだ。


「…………血を止めたら死なないよな、多分」


 案外あっさりと倒れた凶悪犯エネミーを見て、京夜はぽりぽりと後頭部を触る。

 まず、男の体に刺さった血のナイフを血に戻し、うげぇ……と口の端を歪めつつ回収した。どうやら男の血が混ざっているから回収するのを少し躊躇ったらしい。

 そして倒れる男に近寄り、ドクドクと男の体から流れ出る生温かい鮮血に触れて、


「固まれ」


 と京夜が小さく呟くと、その瞬間、全ての傷口を塞ぐように血が瘡蓋となり出血を止めた。


「ぁ〜〜っ、疲れたぁ……」


 ぐぐぐっと背伸びをして、大きく息を吐き出す。昼間の戦闘という事もあり、精神的にも身体的にも非常に疲れたようだ。

 その後、髪を黒く戻して鞄を持ち、京夜は結界から出た。凶悪犯エネミーの首根っこを引きずり凱旋した京夜を見て、生徒達は大歓声をあげる。

 それはまさに、英雄への賛美歌のようだった。


「お疲れ様、京夜。色々と遅れてもうてごめんな」

「遅れてはないだろ。お前のお陰で勝てた訳だし」

「……相変わらず、京夜ってば僕に甘ない?」

「別に」


 素っ気ない態度で凶悪犯エネミーの身柄を累に引き渡し、京夜は大きなあくびをこぼして、


「アリス、後は頼む──……」


 その場でフラリと倒れた。名指しで頼まれたアリスは、糸の切れた人形のように力の抜けた京夜を受け止めて、


「オーゥ……お疲れさまデス、キョーヤ」


 慈愛に満ちた瞳で優しく見つめながら、優しく抱き上げた。それはおとぎ話のワンシーンのようで。

 ……その光景を見た生徒達が黄色い悲鳴をあげたのは言うまでもない。


「京夜、やっぱり疲れてたんやなぁ。こんなすぐに寝てまうなんて」

「フフ。ルイに凶悪犯エネミーの身柄を任せる事が出来て、キョーヤはきっと安心したデス。だから、こうしてワタシ達の元に戻ってからぐっすりお眠りさんになったデスネ」

「京夜って猫みたいなとこあるしなぁ」

「イェス、人見知りのキャットデス」


 ふふふ、と京夜の寝顔を見ながら、累とアリスはにこやかに笑い合った。

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