第19話四歳の誕生日中



「パウル。お前の代官としての働きは、家宰ランド・スチュワートや文官から良く聞いておる。良くこの地を修めているようだ。貴様は他の兄弟と比べ見識はあるが数年の経験の差がある。長男だからと油断しておると足元をすくわれるぞ?」


 祖父の言葉には愚息と言いながらも、父を慮る親心が見えた。そうでなければ、態々忠告をするとは思えない。


 ――――家宰ランドスチュワートとは、家長に代わって領地経営を補佐する仕事であり、家令ハウススチュワートは屋敷の管理を仕事としているため、現代で言えば秘書や市長が近いと言える。類似した職ではあるが職能の幅には雲泥の差がある。どちらも執事バトラーの一種ではあるが正直に言って彼らの権力は強い。


 しかしただの執事バトラー上がりと侮る事なかれ。


 高校で世界史を学んでいた方々は覚えて居るだろうか? 宮廷には宮中を取り仕切る宮宰マーヨル・ドムスと言うこれまた似た役職がある。

 これは現実の世界では、フランク王国メロヴィング朝の宮宰ピピン2世中ピピンが、国政面で王の代理として行政、裁判、戦争に参加する権能を持った事からも強力な権力を持っている事が分かるだろう。

 732年のトゥール・ポワティエ間の戦いで、ウマイヤ朝イスラム軍を破りったカール・マルテル。その子供で751年カロリング朝を開いた短躯王ル・ブルフピピン3世小ピピン

 その子供は800年の12月25日に教皇レオ3世の手で戴冠された。彼の初代神聖ローマ帝国皇帝カール大帝シャルルマーニュであり。

 オタクである諸兄には、宮廷文学であるシャルルマーニュ伝説やシャルルマーニュ十二勇士の王と言った方が分かりやすいだろうか? デュランダルを持った筆頭騎士ローラン、男の娘アストルフォ、紅一点ブラダマンテ、影の薄いナモ等が有名だろう。


 ――――兎に角言いたい事は、地位と権力を持っているであろう、家宰ランドスチュワートを甘く見てはいけないという事だ。


「十分理解しているつもりです……」


 お爺様の言葉に父の語気は弱まってしまう……


少し調査が必要だな……


 俺の折角の第二の人生。強くてニューゲームに茶々を入れられては溜まった物ではない。

 そんな事を考えていると……


「お久しぶりです。お義父さま」


 そう言って夫の窮地に妻は助け舟をだした。


「おお。シルヴィア殿ご壮健そうで何よりだ」


「全ては、ハワード家、ひいてはお義父さまのお力のお陰で、夫婦共々何不自由なく安寧に過ごす事が出来ております。この子の誕生をお義父さまが、直々に祝っていただける事にも感謝申し上げます」


 ……どうやら祖父はシルヴィア母様が苦手のようで、シルヴィア母様としては祖父に、ただ礼を言っているだけに聞こえるが、バックボーンが分からない今は考えても仕方がない。


「直系の男児であるユーサーには、立派な貴族に成ってもらおうと準備してこれらを用意した。おい! プレゼントを持ってこい!!」


 当主であるコンスタンティンの一声で、【執事バトラー】や【従僕フッドマン】が大きな箱を幾つも持ってくる。


「この国には、子供に様々な願いを込めて騎士飾りを送る事になっておる。「敵を倒す剣」と「病魔を浄化する弓矢」「身を守り安全を祈願する鎧」、「理想の貴族の象徴である槍」の騎士飾りを「ノーフォーク十二家」から贈り物として送って貰った。ワシの後ろに居るのは十二家の名代や当主達である!」


 どうやらこの世界には端午たんごの節句……俗にいう子供の日のような風習があるようだ。


 本来なら過剰な礼節ではあるが、片膝を折り礼をしたのち、身体を起こしてから父は口上を述べる。


「ノーフォーク十二家と言えば、ハワード家に長年使えてくれている有力な家と聞いております。時の国王陛下より直臣に迎えたいとのお言葉を辞退されたり、遠方ですが良い領地替えのお話を辞退されたとの話を、家庭教師ガヴァネスから聞いております。そのような方々の期待のお答え出来るように、励んでいく所存でございます」


 俺が十二家を立てる言動で、相手に感謝の意思を示す。

 ノーフォーク十二家はハワード家を棟梁とうりょうとした領主貴族の武装集団で、父パウルの乳兄弟を輩出した【ソウルベリー子爵】。俺の乳母であるアイリーン夫人の旦那実家【カルデコート子爵】などが該当する。

 俺がノーフォーク公爵家でトップを目指すのであれば、味方に付けなければいけない。世界史で習った神聖ローマ帝国の選帝侯や、カトリック教会における教皇選挙コンクラーヴェの投票権のある枢機卿のような、人物や集団と考えて貰えば間違いはない。


「送っていただいたモノには遠く及びませんが、私が手づから育てた花をお送りしたいと思います」


 俺が言葉を言い終わると側に控えていた。使用人たちによって人数分の花束を返礼品として送る。


「ほうユーサーの趣味は園芸か……良い趣味ではあるが……少し爺臭いな。若い内は剣の蒐集しゅうしゅうや美女の尻を追いかけたり……もっとこうあるだろうに……もう少し大きくなったら鷹狩りにでも連れて行ってやろう」


 祖父の言葉にノーフォーク十二家の面々はわっと反応をする。


「美しい花ですな」


「武芸には興味はありませんか?」


 ――――など反応は様々だが、大方野心があれば御しやすい愚物がトップの方が都合が良く、男らしくない趣味を持っていると内心小馬鹿にしている。従兄弟派の連中も混じっているのだろう……


 祖父からも良い反応を引き出す事が出来た。

 この世界での鷹狩や貴族の狩りは、前世で言うゴルフのようなものであり、貴族の男性が親睦を深める際に良く用いる。武官貴族でなくても弓であれば、ある程度使うモノで腕が誤魔化せるし下手でも、のせいに出来るので色々と都合が良いと言うのもある。

 貴族の役割が武官から官僚へと変化した現在においては、色々と都合のいい折衷案せっちゅうあんと言ったところだろうか?



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