12 潜入はバロックに乗せて

 なんとかパーティ開始前に会場へ到着。

 駐車場からの道のりで、どうにか普通に歩けるくらいには靴にも慣れた。

 この短時間で順応した私を褒めて欲しい。


「役目は果たした。

 あとは好きにしろ。俺は仕事がある」


 キーネンはそう言って、爺やを連れてミニオケの一団へと向かう。

 残された斎藤のメイド服姿の私と水無月さんも、目立たないように壁際へ移動。

 靴には慣れてきた、けど違和感は拭えない。


 ていうか、絶対メイドさんにこんなハイヒール必要ないよね。

 制作者の趣味をひしひしと感じるよ。

 ゲームじゃメイドさんはバストアップの立ち絵しかなかったのに。


「まさか、こんな簡単に会場内に入れるなんて……」


 壁に背を任せ、水無月さんは驚きを隠せずにぽかんと口を開ける。


 フゥーハハハハ! 今後、私の事は、『新たな因果を掴む者』とでも呼んでくれたまえ!

 うん、ふざけてる場合じゃない。


「水無月さん、天羽さんが来るのはいつ?」

「そうね……会場がけてしばらく経った頃が多いかしら。

 けれど、私だって会場内に入れたのは初めて。

 この後どうなるかなんて予測できないから、それだけは承知しておいて」

「じゃあ、どうしよっか」

「まずは、皇時夜を探しましょう」


 水無月さんは忌々しそうに目を細める。

 そして大会場の扉が開かれた。宴の始まりだ。

 キーネン達ミニオケの一団が、パーティの開演に合わせて演奏を開始する。


「皇? あいつもここに?」

「えぇ……もう教えておくことにする。いい? 香月さん。

 時夜と文歌の初顔合わせを防ぐ事――それが私達のすべき事よ」

「初顔合わせ?」

「そう。文歌の叔父と叔母が計画した、天羽家の乗っ取り計画。

 あいつらはお爺さんが長くないと知っている。

 病気なのよ。もって数年――もし亡くなった場合、天羽家の資産が――Amabaneアマバネの発行株式数のおおよそ16%が、文歌の手に渡ることに決まっている」

「Amabane……?

 そうか! 天羽あもうって……そうだ! 水面のカルテットでは……!」


 Amabaneアマバネ――水面のカルテット世界での超大手通販サイトだ。

 ゲーム内にも登場し、本を始め様々なお役立ちグッズを購入することが可能だった。


 そうか……中途半端にカッコよく名称弄ってるから気付けなかったんだ……。

 もっとこう、一文字変えただけとかなら気付いたのに!


「天羽さんって、アマバネのお家だったの!?」

「香月さん、まさかあなた知らなかったの?」

「知らないよ! だってそんな話はゲームじゃ少しも……」


 あるいは、設定資料集ならば載っていたのかもしれない。

 けれど嘆いたところで始まりはしない。

 まぁ嘆きもしないけどね。どうせほとんどのページが、男共の設定掘り下げとお蔵入りCGとかに割かれているんだ。私にとってはゴミ同然。

 仕方ない仕方ない。私には縁のなかった代物だよ。


「皇時夜の婚約者として文歌をあてがう。

 そして文歌もろともアマバネを完全に奪う――それが文歌の叔父と叔母の計画なのよ。

 文歌のご両親は既に亡くなってるの。叔父と叔母にとって、自分たちと同等の議決権を有するだけの株式を受け継ぐであろう文歌は邪魔なのよ。

 そこへ取り入って、息子を差し出して来たのが皇財閥」


 水無月さんは今まで見たことがないくらいに苛立っているようだ。

 強く唇を噛み締めては言葉を紡ぎ出している。


「それにしても、アマバネが天羽の家だと知らないなんて……。

 斎藤くんの件だって……。

 どうもあなたとは一度、情報のすり合わせをするべきだったようね。

 でも――今はそんな事している場合じゃなさそう。来たわ」


 水無月さんが視線を向ける先――大会場の入り口に皇時夜がいた。


「文歌が来たらすぐに教えるから、あなたは時夜をなんとかして」

「えー!? 私が? なんとかってなに?

 それに私、今のところ皇とは面識ゼロだよ!?」


 今回の歪曲後は、お昼にカフェテリアには行っていない。

 つまり、桜屋さんと皇には会ってない。


「それは私も同じよ。

 私は右腕を痛めているし、派手に動くには不向きなの。

 それにきっと……あなたにしか新たな因果を引き出せないんじゃないかって思う」

「へ? それってどういう……」

「いいから、二人で話し込んでいたら目立つ、行きなさい」

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