Ⅶ. 飛翔
「白く、青く、赤く。金糸の如き触角——ははは! まるで蝶のような身体だ。標本にでもすべきかな?」
四肢と首があらぬ方向に曲がって死に絶えた男の死体が、屋敷人によって外に運び出されてゆく。その様を眺めて、若旦那は心底愉快そうに嗤っていた。隣立つ大旦那も、若旦那の顔色を伺いながら嗤っている。
「〝アンフェール〟?」
振り返ると、彼女がいた。
男——アンフェールはその名を、初めて呼ばれた。彼女の透き通るような綺麗な声で。
「アン、フェール? アンフェール……アンフェール!」
(ああ、聴こえてる。聴こえているぞ、〝シエル〟)
(名を呼ばれるというのは、こんなにも……泣くほど嬉しいものだったのか。それなら、もっとシエルの名を呼んでおけばよかった)
(俺の名を、呼んでくれて——お前の世界を教えてくれて、ありがとな。シエル)
「アンフェール」
(なあ、シエル——そんな顔、するな)
「どうし、て? アンフェール、いやだ」
アンフェールはシエルへと近づくと、彼女を取り囲む無数の子供たちを見渡す。
(苦しかったな。痛かったな。寒かったな。怖かったな。——無念だろうな)
膝を着いて視線を合わせ、彼らに手を差し伸べた。
(俺が、お前たちの声をすべて聴いてやる。憎悪も怨みも妬みも、何でも吞み込んでやる——共にいこう)
刹那。アンフェールの中に無数の魂が溶けて、渦巻いて——両腕が、
「おお、どうした? ふははは! そんな、面白い顔をして! ああ、奴の死体か? 標本にするのもよかったが……あまりにも汚かったのでな。川に捨てさせに行ったよ」
「いやだ! やめて! 彼に、アンフェールに触れるな! いやだ、いやだ、いやだ……待って、おねがい、待って——アンフェール!」
「おお、おお。悲しいなあ? さあ、兄のもとへ来なさい」
(さあ、シエル。お前はもう——解き放たれた)
「さあ、シエ——は、あ……? なん、だ? これは……かまき……あ、ああ! ……あああああああああああああ!?」
若旦那の首に真白の鎌を添えると、アンフェールの姿が若旦那の眼にようやく映った。
その隙に、シエルは若旦那の手を振り切って、屋敷の外へと飛び出す。
アンフェールはその小さな背中を、見えなくなるまで見送って——ようやく真に、息絶えた。
(思うがままに、飛んでゆけ——)
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