怪奇譚【短編集】
鬼倉みのり
001_帰り道の影
つい先日の夕暮れの出来事です。
街へ出かけた帰り道、私は最寄り駅を降りて、家に向かって歩きなれた道を歩いていました。
時刻は17時半頃だったでしょうか。
その日は、空がオレンジ色に染まり、雲が光で縁取られ、とてもきれいだったことを覚えています。
大通りを曲がると、夕陽を背に受けて目の前の足元に長く影が伸びました。
影踏みみたいで面白いな、買い物袋を提げた自分の影を見て、今日は楽しかったな、とほっこりと笑いました。
懐かしい気持ちのまま歩いて、十分ほど経ったくらいで私は後ろを振り返りました。
「それにしても今日はすごい夕焼けだな」
そう一人で呟いてしまうくらいに、真っ赤な夕焼けでした。
街並みも夕焼けに飲み込まれてしまうみたいに赤く染まり、少し不安に感じてしまったほどです。
そこで違和感に気が付きました。
私の足元に伸びる影、それが先ほどよりも大きく見えるのです。
大きく、というと夕陽の角度の問題もあるので語弊があるかもしれません。わかりやすく言うならば、ガタイがよくなった、という感じでした。
しかし、夕陽の具合でそう見えることもあるのだろうと、その時は私も自身に言い聞かせ、気にしないようにして歩きました。
足元前方に揺れる影、見ないように意識しても、どうしても目に入ってしまいます。
そして、見てしまいました。
影の首元あたりから、ずれて見えた丸い影。感覚的に、それが自分の本当の影だと思いました。
しかしそうなると、私の影は誰かの影の中にいる、自分の歩いている真後ろに誰かがいる、ということになるのです。
それにしても不思議な話です。
一列に並んで歩いたとしても、自分の影がすっぽり入るような影にはならないような気がするのです。本来ならば、先頭を歩く人の頭の影が先を行くはずです。
念のためお伝えすると、私は身長が百六十センチあります。大きくもなく、小さくもなく、といったところでしょうか。それを覆う真後ろの人影、もちろん背後に人の気配など感じません。
どういうことなのか理解できずに、しかし早く帰ろう、という気持ちが働き、歩く速度をあげました。
そこでもう一つ気が付きました。
後ろにいるのであろう影には足がないのです。
私の影は、靴から色濃くはっきりと影が伸び、頭にいくにつれて影がぼやけていく、という印象なのですが、足元には私の足の影しかありません。
肩には鞄をかけて、買い物袋を持っていたのですが、時々腕の影がぶれたり、頭の影がぶれたりします。
怖くてたまらなくなって、私はそこで走り出しました。幸い私の住むアパートが見えてきたところでした。
アパートの玄関につくと、様々な方向からの明かりのためか、自分の影は薄くなっていて認識できないくらいでした。
影が見えない事に安堵して、なんとなくあの不気味な影からも解放されたような気がして、私は自分の部屋に帰りました。
その後、数日は自分の影におびえていましたが、意外と日常生活で自分の影が頭まではっきり見えるということがなく、今ではあの影も見間違えだったんじゃないかと思っています。
友達に話したところ、「影は光が嫌いだから、アパートの玄関の光に怖がって逃げたんだよ!」と言ってくれました。
真相はわかりません。でも、そうであることを願っています。
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