ブラック
▪️苦くて黒いアレ
「さてさて梨々香」
「…………」
「おーい、梨々香さんや?」
「…………」
「無視ですか? 一周回って無視ですか?」
なんだよ一周回ってって。頭から最後まで無視してるじゃないか。
「梨々香さーん、り↑り↓か↓さーん?」
「クセのあるイントネーションやめれ」
「あ、起きた起きた! ねぇなんで無視するの? おこなの?」
「……シンプルに眠いの」
「なんで?」
「遅くまで漫画読んでたから」
「漫画読んでたの? それってなんて漫画? 楽しいやつ? それとも主人公は壁に囲まれた街で育って巨人に襲われてそこから右葉曲折あって調査兵団に入って獲物を屠るイェーガーッみたいな作品?」
(うぜぇ)
反対側に顔を背けると回り込んで覗いてきやがる。コイツ、人の嫌がる事をする天才か?
そして最後だけ具体的なのは何故だ?
さて、前置きが長くなりましたが皆さんこんにちは。私の名前は美都(みと)梨々香(りりか)と申します。名前だけでも覚えていってね!
「どうも、私は桜木(さくらぎ)愛(まな)です。ラヴと書いて愛(まな)です」
「だから人の脳内を読むなと」
「どぅへへ」
「笑い方キモッ」
にぱっと明るい顔を見せる愛(まな)改めメタ子。
相変わらず休み時間になると現れるが、コイツも実はボッチなのだろうか。
「で、何の用?」
「実は……大事な話があるんだ」
(ん? 少し様子がヘンだぞ?)
テンションがジェットコースターなのはいつもの事だが、今日のメタ子はどこか雰囲気が違った。
何かを抱えて悩んでいるかのような、メタ子には似合わない表情を浮かべていた。
「えっとね、見て欲しいのはコレなんだけど」
「……ん?」
コトリと机に置かれた物体。それは堀の深いオジサンの顔が描かれた缶コーヒーだった。
「コーヒーだね」
「コーヒーだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……で?」
「え!? 分かんないかな?」
分かるわけねぇだろう。
何の変哲もない缶コーヒーを見せてきて私にどうしろというのだ。
「説明を求む」
「うむ! 仕方がないな梨々香は」
「なぜドヤる」
「ええとね、私は今日、紅茶を飲みたかったんだけど」
「うん」
「間違えてコーヒーを買ってしまったワケですよ。しかもブラック」
「うんうん」
「でね、買い直そうかと思ったんだけど、この期にブラックコーヒーにチャレンジしてみようと思ったのです!」
「……じゃあ飲めば?」
「冷たくない!? さっきから私に冷たくない!? 自動販売機の“つめた〜い”より冷たいよ!! キンキンに冷えてやがるよ!」
「どんな比較だよ」
それにキンキンするのはお前の声の方だバカやろう。
相変わらずクラスの視線を悪戯に集めてくれやがる。やめてくれ、皆んなそんな哀れな目で私を見ないでくれ。悪いのは全部メタ子だよぅ。
「それで思ったの。私は苦いから飲んだ事のないブラックコーヒーだけど、世の中にはこれを美味しいと思ってる人もいるわけじゃん?」
「大人は好きな人多いね、知らんけど」
「でねでね、美味しく感じるのには何か理由があると思うんだよ」
「よく分からないけど、それが分かって何になるの?」
「私はただ、この間違えて買ったブラックコーヒーを美味しく飲みたいだけなの! カッコつけたくて買ってみたけど残した過去にバイバイしたいの!!」
「お前さっき飲んだことないって言ったじゃん。勝手にダウトしてんなよ」
「細かいことはいいんだよ!」
机を叩くな。お前のテンションがピーキー過ぎて心配になるよ。
「ねぇ梨々香、私はどうすれば救われるの? この120円を対価に得た苦い汁をどうすればいいの?」
「苦い汁って言うな」
「あぁ、梨々香の言葉がコーヒーみたいに苦いよぅ」
「……はぁ、ちょっと待ってて」
「?」
キョトンとするメタ子を残し、私は教室を後にした。
二分後。
「はい」
「これは?」
「紅茶」
「見れば分かるよ」
「……コーヒーと交換」
「え?」
「私はブラック飲めるから交換しよって話」
「梨々香ブラック飲めるの!?」
「ずっと飲んでたら美味しく感じるようになったの。ほら早く」
「ありがとう梨々香! これで私の120円も報われたよぅ」
「はいはい……」
喜んでくれて何よりだ。
もっとも、ブラック=カッコいいという理由で飲み始めたのは同じだというのは黙っておこう。
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