第22話 もしかして女子会
晩餐会は二時間ほどで終わり、ミーヤはほろ酔い加減で宿へ戻ってきた。宿屋が近くなってくるにつれ、チカマがどうしているかが不安になってくるが、走れるほどのシラフにほど遠い。
「ただいまもどりましたあ。
おばちゃん、果実酒くださーい」
「まったくアンタたちは…… 明日がまた大変だよ?
しかもうるさいったらありゃしないよ」
どうやら部屋では大騒ぎしているようだ。本当に大丈夫だったのだろうか…… それは部屋へ戻ればわかることだと、覚悟を決めて扉を開けた。
「あらミーヤ、おかえりなさい」
「フルル! あなたも来てたのね。
なんだかずいぶん久しぶりに感じるわ!
元気にしていたの?」
「そりゃ元気だけが取り柄だからねー
ミーヤも元気にしてた? 今日は晩餐会だったんでしょ?
商人長も招かれたって言ってたから連れて行ってもらおうとしたけど無理だったわ。
でもその代り明日を休みにしてくれたの」
「それで遊びに来られたってわけね。
商人長っていいとこあるじゃない。」
まあ悪いと思ったことは一度もないし、ミーヤの身分登録をする際に保証人になってくれたので感謝しているくらいだ。
ところでチカマは―― すでにベッドで寝てしまっているようだ。
「ちょっとレナージュ? チカマに何かしたんじゃないでしょうね?
いくらなんでも寝るには早すぎない?」
「それがね、お酒ほとんど飲めないみたいよ?
でも付き合って飲んでくれちゃってさ、すぐにつぶれてしまったってわけ」
「あらま、そうだったの、ごめんなさい、変なことしたなんて言っちゃって。
髪の毛乾かすのはどうだった?」
「結構良かったよ。
チカマはくすぐったがって動いちゃうから大変だったけどね。
あと、手に持つよりも何か台のようなものへ乗せた方が、両手使えていいかも」
「結構高かったから役に立ちそうなら良かったよ。
木の柱みたいなのを付けて地面に建たせたらいいかなあ。
また考えてみようね」
そう言えば壁掛け式のドライヤーを見たことがあるし、トイレにあるハンドドライヤーも据え付け型だ。あんな感じなら両手で風を出せるので効率がいいかもしれないと考えていた。
「レナージュにはもう伝えてあるんだけどさ。
寝台馬車は今出払っていて、明日の夜にならないと借りられないそうなんだ。
だから出発は明後日の朝ってことでいいかな?」
「分かったわ、私は急いでないし、チカマの装備を整える必要もあるから構わないわ。
それにしても、イライザへまかせっきりでごめんなさいね。
なんといっても誰かが夕方近くまで寝てたものだから」
ミーヤがレナージュをチラリと見ると、バツが悪そうな演技をしながらジョッキを傾けている。本当に懲りないと言うか、悪びれるところが無く、そこがまたかわいらしい。
「でもね、私だって道具屋へ行ってアレコレ買ってきたわよ?
革袋沢山と食器、それに敷布と毛布に薪とかもろもろ、結構大変だったんだから」
「うんうん、ご苦労様、ありがとうね。
ちゃんと三人分買ってきてくれたんでしょ?
合計出してから二人分は私が払うからね」
金銭でもめるのが一番良くないことは、人類の歴史が証明している。ような気がするからきちんとしておきたい。レナージュは計算が面倒だと言っているが親しき仲にも礼儀あり、だ。その代わりにミーヤが買ってきたものもきちんと等分して払ってもらうことで納得してもらった。
「調理道具は私が払うよ。
その代り私のものにしちゃうからね」
「どうせ料理なんてできないし、そんなの全然かまわないわよ。
まさか旅先でなにか作るなんて思ってもいなかったわ。
ぜいぜいパンと干し肉かじるだけってのがいつものことだったもの。
それにしてもその変な道具、それも料理用なの?」
「細工屋のおじさんは錬金術用じゃないかって言ってたわ。
でもこれを使って作りたいものがあるの。
今やってみるから、まあ見ててよ」
そう言ってミーヤは調理器具と材料を並べて行く。誰も料理なんてしないだろうし、卵も食べる人が少ないと聞いている。だからだろう、不思議そうに、そして興味深くミーヤの手元に注目していた。
まずは鍋に卵を三つ割りいれる。ここで使うのは卵黄だけなので、卵白はもう一つの鍋に入れておく。測りや計量カップは無いので目分量になるが、卵黄の鍋へオリーブオイルを景気よく注いだ。
次に塩を一つまみ、レモン風の果実をカットしてからギュッと絞る。あとは混ぜていくだけだ。例のハンドミキサーを握ると先についた丸めた針金が勢いよく回っていく。見た目よりはずっときちんと撹拌できているので感動してしまった。
しばらく混ぜていると抵抗感が増してもったりとしてきた。味見をしながら塩を足し、酸味も強い方が好みなのでレモンをさらに絞る。よし、いい味になってきた。
ハンドミキサーを置いて今度はスプーンで練るように混ぜていく。空気があまり含まれない方がねっとりと濃厚になるからである。
「よし、出来た!
もし食べたことないならビックリするよ?」
ポケットから干し肉を出して軽くあぶって皿にならべ、出来上がったクリーム状のソースを一緒に乗せて三人の前に出した。
「これなに? 食べられる、んだよね?
干し肉につければいいのかな?」
「そもそも干し肉を焼くなんて珍しい事するなあ。
それも料理の一つなのか?」
やはり料理スキルを持っていない人は、食材を加工するどころか出来ているものにひと手間かけることさえしないのだろう。ミーヤはなんだか楽しくなってきて一人ほくそ笑んでいる。
「ミーヤったらなんだかいやらしい笑い方ね。
卵を食べるのは初めてだけど…… それじゃいただいてみるわ」
警戒している二人をしり目にフルルが最初に手を出した。キャラバンであちこち行っているので、代わったものを食べる機会が多いのかもしれないし、料理をするところを見た経験も豊富なのだろう。
「なにこれ! どろっとしてて味が強くて、なんだか不思議な味ね。
でも癖になりそうよ?」
それを聞いたレナージュとイライザも恐る恐る手を伸ばし口へ運んだ。すると二人とも目を丸くしている。
「なんだこりゃ、食べるときにつけるソースなんてのは辛いものが殆どなんだけどなあ。
これはなんというか、しょっぱいクリームみたいだ。
いやあ、うまいよ、コレ」
「ホントだ! 口の中に残るようなしつこさだけど、それが濃い味でいいわね。
バターの代わりにパンにつけても良さそうじゃない?」
「気に入ってもらえたなら良かったわ。
これはマヨネーズって言うのよ?」
「へえ、いつの間にこんなの覚えたの?
ジスコでは見たことないソースだし、カナイ村でも出てこなかったよね?
それからはずっと一緒で誰かに教わったとこも見てないのに不思議だわ」
そうか、ミーヤが転生してきたことは知らないのか。ちょっと失敗だったかもしれない。まあでも何となく流していれば、おそらくずっとは気にしないだろう。
「やっぱり神人様はさ、アタシらの知らないことを知ってたりするもんなのさ。
過去にもあったらしいじゃない?
野外食堂にあるラーメンとか、体洗う時に使う洗剤とかも神人様の教えだって聞いたことあるよ」
やはり個人番号管理機構だけではなく、ラーメンも転生者が考案した物だったのか。それに洗剤? 石鹸のことだろうか、もあるらしい。これは詳しく聞いてみたいところだ。
「洗剤と言うのはどこで売ってるの?
きれいに洗えるようになるなら興味があるわね」
「錬金術の薬を扱ってる店とかだけど、ジスコではあまり売られていないわね。
ヨカンドでは良く見かけたけど、作っているのはジョイポンらしいわ。
あそこは魔法や錬金術の研究が盛んだからね」
「ジスコだと麦水とか木灰を洗濯に使うことがあるけど、臭いがあるから体には使わんね。
そんなに洗剤に興味があるのか?」
「私は人間と違って全身毛だらけだから大変なのよ。
もう前みたいに数か月体を洗わない生活には戻れないわ
何ならいつももっとキレイにしておきたいくらいだもの」
「あれだけ汚いままだったのに変わるものねえ。
でもやっぱりキレイにしていた方がいいわ。
香水でごまかしてもいいけど、それもあんまりだしね」
香水もあるのか、と思ったが、七海には香水を使う習慣がなかったので興味はない。それよりも香水があるならアロマを焚きたいとは思った。
ふとミーヤは考えた。もしかしてこういうのを女子会とかパジャマパーティーって言うのだろうか。今まで全く無縁だったので正解かはわからないが、大勢集まってワイワイキャッキャするのは想像していたよりもずっと楽しいことだった。
それに、知らないことを知るのはとても面白くて楽しいし、ちゃんとマヨネーズも作れたし、今日はとってもいい日になったと満足げにほほ笑むミーヤだった。
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