第20話 一筋縄とはいかなくて
細工屋を出て宿屋へ向かっている最中に時計を確認したが、もうあまり時間がない。水浴びをして晩餐会へ向かう支度をしながらチカマのことをレナージュへ説明する、ここまで出来るだろうか。それに晩餐会へ行っている間、チカマを宿屋へ置いていくとしたらうまくやれるだろうか。ミーヤは不安を感じていた。
やはりチカマは晩餐会へ出られないとしても、ローメンデル卿の館までは連れて行った方がいいだろう。いない間に何かトラブルになっても困る。その前にまずはどこまで話をするかを考えなくてはいけない。
部屋へ入ると、すでにレナージュは戻っており、歩き疲れたのか習慣なのかわからないが、とっととエールをあおっていた。あれだけ飲んでつぶれていたのに懲りない人だなと面白くなってしまう。
「おかえりミーヤ、その子が新しいお友達?
かわいらしい魔人なのね」
「そうよ、名前はチカマっていうの。
どことなくマールに似ていたからすぐに仲良くなれたわ」
「チカマ…… です…… よろしく……」
「そんなに怖がらないでいいわよ。
私はレナージュ、エルフの弓使いよ。
あなたは?」
「えと…… スキルは剣術と隠密、探索……
でも剣を持ったことはない……」
そうだ、スキルのことを確認するのをすっかり忘れていた。どうせなら帰りに武具屋にも寄って来るべきだったのだ。
「そうなの!? そう言えば聞くの忘れてたわ。
きっと必要になるから武具もそろえなくっちゃね。
明日の出発前に揃えられるかしら」
「当面しのげるくらいのものなら買えると思うよ。
デザインとか気にするなら無理かもしれないけどね。
それより本当に連れて行くの? 危険かもしれないのに?」
「そこなんだけど、昨日の夜あんまり覚えてなくて……
なんとか馬車で行くって言ってなかった?」
「ああ、寝台馬車ね。 ベッドが四つついている馬車よ。
そのかわり人は乗れないけどね」
寝台馬車については説明してくれていたみたいだけど、全く覚えていなかったので改めてどういうものか聞いておくことにした。
「それじゃ、山へ行っている間は馬車で待っていてもらうのはどう?
戻る時間になったら火を起こしておいてもらったり出来ていいんじゃない?」
「まあそれもありかなあ。
とりあえずチカマ? 探索スキルは使ったことあるの?」
「一応ある、でも、得意じゃない。
細かいことまではわからないし」
「まあ使えるならそれで充分かな。
麓(ふもと)になにか出るとしても中型の獣程度だからさ。
馬車に閉じこもっていたら平気だし、いざとなったら飛んで逃げてもいいわね」
そうか、魔人は空を飛ぶことができるって言ってたっけ。それに隠密スキルで身を隠すこともできるみたいだしそれほど心配はいらないだろう。
しかし、なんだかんだ言ってもレナージュは女冒険者仲間が増えるのが嬉しいらしく、さっそく助言をしてくれている。もしかしたら受け入れてくれないかもなんて考えは杞憂だった。これなら十分うまくやっていけそうだ。
「待っている間、マナが続く限りは探索をするのよ?
マナ切れになったら休憩していいから、そうやってスキルを上げること。
その前に作図を習っておいた方がいいかもしれないね。
隠密があるなら忍術も相性がいいわよ?
隠密で隠れた後、歩いて移動できるらしいわ」
忍術なんてあるのか。かといって、時代劇に出てくるような格好をしているとは限らない。それでも知っている単語が出てくると少しワクワクするのだった。
「じゃあ明日は混沌の神柱へ寄ってから武具屋へ行くってことでいいかな?
その後に寝台馬車を借り受けに行くんでしょ?
それなら出発は次の朝だね」
「問題なーし、それじゃおかわり貰ってこようかな。
そろそろイライザも来ることだしね。
あ、ミーヤはお出かけかあ」
「そうなんだよね、その間チカマのことお願いできる?
昨日みたいに派手に酔っぱらいたければ無理にとは言わないけど……」
「いやあ、昨日はさすがに飲みすぎたし寝過ぎた、ごめん。
結局今日は全然働いてないから、挽回のためにもチカマの面倒は任せて!」
「本当に頼むよ?
私にとってはい、えっと、お姉さんみたいなものなんだからさ」
「あー、マールって最愛の相手がいるのに浮気しちゃうの?
ミーヤったらひどい! この浮気者!」
「ちょとと変なこと言わないでよー
誤解されちゃうでしょ!」
レナージュはふざけてあれこれ言っているが、ちゃんとやることはやってくれるつもりなのだ。酒が入り過ぎなければ、だけど。多少の心配はあるけど何とかなるだろう。
その時ドアの向こうで声がした。どうやらイライザがやってきたようだ。
「よっ、今日はどうする? 下へ行くか?
それとも荷物の点検しながらにするか?」
「こんばんは、イライザ、私はもうすぐローメンデル卿の館へ行かないといけないのよ。
だから荷物の確認するならここへ全部出していくわ」
「ミーヤは出掛けちまうのか。
領主様の所だと晩餐会でもやってくれるって?
そりゃ大変だ」
「晩餐会はその通りだけど、なにか大変なことがあるの?」
「いやさ、ジスコへ神人様が来たのなんて初めてじゃないかな。
だから自分と親しいように招待客へ紹介して、力を誇示したいんだろうさ」
「なるほどねえ、それはあるかもしれない。
でもそれでコネが作れて何か困った時に助けてもらうってのも有りでしょ?
今日だってすぐに身分登録してくれたし」
ミーヤはさっきローメンデル卿へお願いし、チカマの身分登録を特例で許可してもらったことを話した。もちろん盗賊団首領の娘だったことは伏せて、だが。
「えっ? その子って密入者だったの?
それはまずくない? 身元は大丈夫なわけ?」
ここでレナージュが食いついてくるとは…… きっとジスコに住んでいる子だと思って安心していたのだろう。それが身分自体が怪しかったとなると警戒されても仕方ない。今の発言はちょっとうかつだったかもしれない。
「チカマは大丈夫だよ? とってもいい子なんだからさ。
私が保証人になって登録したくらいなんだから、もっと信用してもらいたいわ」
「でもさっき知り合ったばかりなんでしょ?
信用できるできないの前に、一緒に旅をするならもっと親しくなってからがいいんじゃない?」
「それは考え過ぎよ、レナージュ?
私たちだって出会ったその日から友達だし、あなたの誘いでそのまま旅に出たのよ?
今ここにはいないけど、フルルだってモーチアだってもう友達でしょ?
そこへチカマが加わったところで何の問題もないわよ」
「そう言われてみるとそうよねえ。
貴重な女冒険者であることには変わりないし……
それじゃミーヤが出かけてる間に親睦を深めておこうかな」
こうして多少強引だったが、チカマのことを仲間と認めてもらえそうなところまでこぎつけた。後は本人の頑張り次第だけど、別に冒険者になりたいと言っているわけではないので心配なことに変わりはない。
少し怯えている様子のチカマに向かって、ミーヤはなるべく優しく声をかける。
「ねえチカマ? ちゃんとお留守番できるかしら?
いきなり連れて来て、初めて会う人へ預けるなんてひどいと思うかもしれない。
けれどレナージュもイライザもとってもいい人だから安心してね。
さ、水浴びしてしまいましょ」
「う、うん…… ミーヤさまがそういうなら、ボク信じる。
だってこれ以上迷惑はかけられない。
それに一緒に旅に出るなんて楽しそう」
「そう、それなら良かった。
くれぐれも飲みすぎに注意よ? 絶対飲ませてくるからね」
そう言ってからレナージュを見ると、しないしないと手を振りながら笑っている。本当に大丈夫なのか心配になるミーヤだった。
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