第8話 都会の風習
色々あって遅くなってしまったが、ようやくお楽しみである商人長の館へ出向く番だ。報酬が貰えることはわかっているが、それがいくらくらいなのかは聞いていない。
まあでもすでにローメンデル卿から多額の支度金をいただいたので、よほどの金額でなければ驚くことは無いはずだ。どちらかと言うと、思っていたよりも少なくてがっかりする可能性の方が高いとさえ考えている。
商人長の館は東通りの十六番だそうだ。つまり入ってきた南門を背にしている今は、右手に進めばいいと言うことか。
卿の館があるのが中通り二十番らしいので、これなら結構近そうだと思いつつ東へ向かって路地へ入っていった。知らない街で路地へ入ると暴漢に襲われるなんてありがちな展開もなく、ほどなくして商人長の館へとたどり着いた。
その館は結構な広さの邸宅で、豪華さはないがしっかりとしている印象を持った。さすが商人らしいと感じる。作業着にスカートを履いたメイドが現れて客間に通してもらうと、この世界で初めてお茶が出てきた。
もしかすると高級品なのかもしれない、と喜んで口にするが、めちゃくちゃ苦くて薬草のような味がする。カナイ村のように物資が不足しているからこその味と言うわけではないだろう。つまり味音痴なのかもしれない。
「やあやあ、お待たせしました。
報奨金ですが、残念ながら賞金首はいなかったのでそれほど多くはありませんでした。
それでもジスコでちょっとした贅沢はできると思いますよ」
そう言ってスマメを差し出して来たので遠慮なく受け取ると、そこにはまたまた大金が送られてきた。
「二十万ゴードルって!
そんなに貰ってしまっていいんですか!?」
「問題ありませんよ。
それに馬四頭の代金も含まれていますからな」
こんな大金から比べたら、馬の分なんて誤差である。ミーヤは一瞬で金持ちになってしまったことに驚き、無駄遣いしすぎると金銭感覚が来るってしまうから十分に注意しないと、と自分自身を落ちつけようとした。
ローメンデル卿宅ではパパ活気分、ここでは怪しい裏稼業気分を味わって、トンデモない一日になってしまった。早くレナージュと合流して一息つきたいものである。
フルルの姿が見えないので、この館にはいないのか確認すると、彼女は今使いに出ているとのことだ。キャラバンが待機中の時は、住み込みで館での仕事をしながら生計を立てているらしい。
最後にこのまずいお茶について聞いてみる。
「お茶の種類ですか?
他にもいろいろありますが、最近はもっぱらこのお茶ですね。
何しろウマイですからね、これは流行るわけですよ」
味音痴を構うのはもうこれくらいにして、ミーヤはお礼を言ってから屋敷を後にした。
これでようやくレナージュの元へ行かれる、そう思ってメッセージを送ると、待っていたかのように素早い返信だ。きっと心配かけてしまっただろうと謝りつつ、宿屋の場所を聞いてから急いで向かうことにした。
「ちょっと! いくらなんでも遅すぎ! なにかあった?
まさか捕まっちゃったんじゃないか、なんて心配しちゃったわよ」
「それがさ……」
ミーヤはローメンデル卿の館へ行った後、身分登録の担当者のことを話した。するとレナージュは大笑いしながらこういうのだった。
「そういう人いるよ、冒険者にもね。
武器の話とかに夢中になってさ、ずっと一人でしゃべってるのよ。
ホントおかしくなっちゃう。
まあどこでスイッチ入るかわからないし、運が悪かったわね」
「まったく、笑い事じゃなかったわよ。
びっくりしてなにも言い出せなかったもの」
二人が宿屋の前で立ち話をしている、店の中からおかみさんらしき人が出てきた。
「ちょっとあんたたち! 店の前で話し込んでないで体でも流しておいでよ。
まさかそんな汚れたままでベッドにの転がるつもりじゃないだろうね?」
「あー、おばちゃん、ごめんなさい。
すぐに使わせてもらうわ。
あはは、怒られちゃったね、行こうミーヤ!」
「部屋の入り口に着替えとかおいてあるからね。
濡れたままその辺うろうろするんじゃないよ!」
二人はおばちゃんへ返事をしてから向き合って笑い、着替えを取りに行ってから水浴び場へ向かった。そこは広さが六畳くらいだろうか。床に排水溝があるくらいであとは何もない小部屋だ。窓もないので覗かれる心配はない。だが水道はないので馬に水をやる時のような桶があるのみである。
レナージュが扉に掛かった札を裏返し使用中にしてから二人で中へ入り鍵を閉めた。
「ねえレナージュ、この後はどうするの?
時間もまだ早いし、特に予定がないなら行きたいところがあるんだけど付き合ってくれる?」
「何か欲しいものでもあるの? 身体用のブラシは早目に買っておかないとね。
それより武具屋へ行きたいわ。
防御効果のあるマントが欲しいのよねえ」
「武具屋もいいね!
前に教えてくれた手甲を見てみたいな」
「じゃあさっさと水浴びしちゃおうか。
背中流してあげるわよ」
「そんなー、恥ずかしいから自分でやるってば!
ちょっと! へんなとこ触らないで! キャー揉まないでー!」
「うふふ、あがいても逃げ場なんて無いわよ?
良いからお姉さんにまっかせなさい!」
こうしてレナージュに捕まってしまったミーヤは観念しておとなしくしていた。しかし調子に乗ったレナージュの手は止まらない。ミーヤは必死に抵抗したのだが……
「もう…… レナージュったらさあ。
私初めてだったのに……」
「ごめんてば、つい、ね。
ほら、こっちいらっしゃい、拭いてあげる。
今度は変なことしないから大丈夫よ、疑わないでってばあ」
「絶対だからね! こんな恥ずかしい思いしたの始めてよ。
そりゃあ、してもらってる最中は気持ちよかったけどさ……
もしかして都会ではこういうのって普通なの?」
「普通ってことは無いと思うけど、かわいい子をみるとつい魔がさすと言うか……
かわいがりたくなっちゃうのよね」
まったくレナージュには困ったものだ。いくら抵抗してもいつの間にか手や足を絡めてきて逃がしてくれない。結局背中だけではなく、頭から首元、脇の下から足の先まで洗われてしまった。
手つきがイヤらしくないと言ったらうそになるが、当人には至ってそんなつもりはないらしい。子供と言う存在がないこの世界でも、母性のようなものは抱くのかもしれない。なんだか不思議な気がした。
いったん部屋に戻り、用意された部屋着からまた普段着に着替えるが、ミーヤは作業着しか持っていないため、その格好で街へ出るのが少し恥ずかしかった。それなら仕方ないということで、ミーヤは革鎧を再び身に着け出かけることにした。
「そうそう、私ね、スゴイいいこと思いついたのよ。
ちょっと後ろ向いてくれる?」
ミーヤはレナージュに背中を向けてもらい、片手に炎の精霊晶を用意してから反対の手で風の精霊晶を呼び出した。そよそよと柔らかい風がレナージュの金色の髪を揺らしはじめると、彼女がビックリして振り向いた。
「ちょっと! これ何してるの?
なんだか気持ちいいわね」
「そんな難しいことじゃないわよ。
髪の毛を乾かしてあげようとしてるだけ。
風を当てるから髪に手櫛を入れて空気を含ませてみて」
「こうかな? はあ、気持ちいい……
ミーヤ、あなたやるわね!」
大分乾いてきたので最後は冷風で仕上げていくと、レナージュの金色の髪は本来の輝きを取戻し、光を反射してキラキラと輝いた。
「じゃあ交代ね、今度は私がやってあげる。
しかし両手で別の精霊晶を出すなんてすごいアイデアね。
他にも応用が効きそうだわ」
「街の入り口で待たされてる間暇だったんだもの。
ちょっと遊びのつもりが思いのほかうまくいって良かったわ。
足からも出せないか試したんだけど無理だったわ」
「それにしてもミーヤの髪、というか全身だけど、本当に真っ白でキレイね。
汚れすぎて灰色だったのが本当にもったいない。
もっとこまめに洗わないとダメだよ?」
「褒めてくれてありがとう、これからはもっとこまめに洗うよ。
まあでも村の中に泉があったら水浴びしてたかもね。
南の森の泉は近くに猪や熊が出るから、水浴びする人がいなかったんだと思う。
もしかしたら井戸から汲んで家の中で浴びてたかもしれないけどね」
「でもカノ村でも水浴びなんてしてなかったから、田舎はそんなものなんじゃない?
都会みたいに汲み上げ井戸なんてないから、大量の水を使うのは難しいじゃない。
王都の城なんて中まで水を引いていて、いつでもすぐに使えるって話よ?」
水道があるなんて! ところどころ技術が発展していることがありたまに驚かされる。あとはお湯でも出ればシャワーもできそうだ。そう言えばシャンプーどころか石鹸も見かけないけど、この世界に存在しているのだろうか。小学校の頃に理科の授業で手作り石鹸を作ったけど、もっとまじめに取り組んで覚えておけば良かったと少しだけ後悔した。
「ねえレナージュ? 水を流す仕組みがあるならお湯も作れるんじゃない?
鉄の筒に水を流して外から火を焚いてさ」
「どうかなあ、そんなの見たことも効いたこともないよ?
でも…… ちょっとまって…… もしかしたら……」
レナージュが部屋に備え付けの粘土板へ何かを書き始めた。それはじょうろのようなもので、水の入り口と出口があるようだ。中心は筒を二重にするらしい。
「もしかしてこれって!? そっか、なるほどね!
レナージュ頭いい! さすがね!」
「上手くいくかわからないけど、細工屋へ行って作れるか聞いてみましょうよ。
もしうまく行ったらこれは大発明よ!
同じ構造で風を流すこともできそうね」
「うんうん、出来上がりが楽しみだね!」
二人はすっかり凄いものが出来るのだと信じ、ご機嫌で宿屋を出て行った。
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