(7)

 母の運転するジムニーは高いエンジン音を立てて走っていた。小学校からさらに山の方に向かっているようだ。前を走る雨宮夫妻のジープの後ろに続いていく。向日葵畑の辺りを横切る農道から細い道に入り、さらに山を上がっていく。


「真月神社って、遠いの?」


「そうね。もう少し山奥よ」


 母が答えるのに頷きながら、遥人はもう一度、小学校時代の菜月の記憶があることを確認する。あの『かぐや姫』の本を最後まで読んで、遥人は菜月との記憶をはっきりと思い出した。その本は、やはり「記憶の鍵」だったのだろう。


(菜月……もう少しだから)


 そう思いながら窓の外を見ると、畑の風景が終わり、道路は林の中に入っていく。かなり深い林のようだ。しばらくその曲がりくねった道を走った先だった。


「後ろから追われてるわ」


 母が呟く。遥人も思わず後ろを振り返ると、まだ離れてはいるが、確かに車のヘッドライトが見えた。その時、母に電話がかかってきたので、代わりに遥人が出ると、雨宮先生だった。


『いい? よく聞いて』


「どうしたんですか」


『この先で道が少し広くなるから、私達を追い越して。後ろから追ってくる車は何とかするから』


 電話はそれだけで切れた。母にそれを伝えると、確かに追い越しできるほどの道幅になった。母がアクセルを踏み、ジムニーのエンジン音が高く響き、前を走るジープを一瞬で追い越していく。


「大丈夫。先生たちなら何とかなる。……それよりもこの先よ」


「この先?」


「ゲートがあるの。たぶん閉まってるから、何とかしないと」


 母はそう言いながらも、さっきよりもハイスピードで曲がりくねった道を運転していく。ハイビームにしたヘッドライトが前方の闇を切り裂いていく中で、窓の外をふと見上げると、木々の間から時折、満月の輝きが注いでくる。


 そして、もう少し進んだ先で、母は急ブレーキをかけた。見ると、前方に頑丈そうな鉄格子があり、その周りに高い壁ができている。


「やっぱりダメね。……閉まってる」


 母はハンドルをバンと叩いた。


「ここしか道はないの?」


「ない。それに、このゲートの周りは、高圧の電気柵で囲われているの。入るにはここしかない」


 すると、突然、鉄格子の向こうに人影が現れた。


「ここまでだ」


 男の声が聞こえた。迷彩服に身を包んだ男は5人。彼らは、黒い機関銃のようなものを腕に抱えている。その中央の男がニヤッと笑う。


「手を上げろ」


「くっ……遥人、言う通りにしな」


 母は悔しそうに言うと、運転席で手を上げた。遥人もそれと同じようにする。男が「車を降りろ」と言うので、母に従って車の外に出た。母は男たちを睨んで言う。


「どういうことですか? 一般市民に銃を向けるなんて」


「黙れ! 一般市民はこんな場所には来ない」


 男はイラッとして答える。そして、銃を向けたまま言った。


「ここから先は国の管理下に置かれている。部外者を入れることはできない」


 男はハハハと笑った。その時だった。


 バラバラバラ——。


 夜空を裂くような音が聞こえてきた。見上げると、大きなヘリコプターのようなものが間近に飛んできていた。すると、そこから何人かが銃を持って飛び降りてくる。


「あれは……特任部隊か!」


 男が叫ぶと、彼らはあっという間にゲートの向こうにいた男たちの向こうに降り立って整列した。


「ご苦労」


 降りてきた男の一人が前に進む。帽子を深く被った背の高い男だ。すると、ゲートの向こうの中心にいた男は「ハッ」と言って敬礼した。


「大臣官房特任担当隊長、平田である。任務ご苦労」


「ハッ!」


 男が敬礼すると、その向こうで平田と名乗った男が続ける。


「大臣の命により、ここの警備は我らが引き継ぐ。以上だ」


「はっ……? しかし、我らはここの……」


 そう言いかけた男の肩を、平田はポンと叩いた。


「大臣の命だと言った筈だ。……藤野。お前、俺の顔も忘れたのか」


「ハ……?」


 藤野と呼ばれた男は不思議そうに正面に立った男の顔を見上げた。そして、ビクッと背筋を伸ばした。


「あ……あなたは」


「早くゲートを開けてやれ」


 向こうの男がそう言うと、藤野と呼ばれたはすぐに「開けろ!」と周りの男に叫ぶように指示した。鉄格子の扉がゆっくりと横に開けられていく。すると、藤野の向こうにいた男がゆっくりと母の方に歩いてきた。


「待たせたな」


「遅いよ、光人」


 母が咎めるように言ってから、父の手を握った。


「雨宮先生たちが後ろで食い止めてる」


「大丈夫だ。先生たちは無事だ。もうこれ以上の人間はこっちには近づけない。別動隊が道路を封鎖した」


 父が答えると、母は頷いて遥人を振り返った。


「遥人、行くわよ!」


 母は再び車の運転席に乗り込み、遥人と父も車に乗り込んだ。

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