第169話 首

 一転して薄暗い建屋内。目を凝らすと細い廊下が奥へと伸びていた。

 本来なら生活魔法で照らしたいところだが、敵に察知されかねない行動は控えたい。


 目が慣れるまでの十数秒のときを経て、俺達は動き出す。

 幸いにも――なのかどうかは分からないが、俺もアケフも鎧を着けていないため、生じるのは衣擦れの音だけ。

 加えて、俺の魔素察知の能力で賊の位置は手に取るように分かっている。まずは一人だけ別行動している奴が最初のターゲットだ。


 作戦の概要はこの薄闇に目が慣れるまでの間に打ち合わせ済み。

 別行動の一人を密かに始末したのち、敵主力がたむろする部屋を強襲。アケフは蓬髪の手練れ男の相手を。俺とイヨの二人がアナスタシアを護りつつ、彼女が土魔法の弾丸で残りの連中を始末していく。能うなら、一人、二人は生かしたまま捕らえたい――といったところだ。


 随分ザクっとした感じではあるが、今は緊急事態なのでやむを得まい。明日、子爵家の騎士や衛兵とともに踏み込めば完勝だって見込めたのだが、それは今さら言ってみても仕方のないことか……。

 厨房は常に食材で満たされているわけではない。与えられた食材の中でいかに料理するか――。こういったときにこそ、真の力量が試されるというものだ。



 俺達はまず、別行動の一人を始末する。

 さすがはアケフ。驚いて振り返った男に声をあげさせる間も与えず、一振りで勝負を決めた。

 正直なところ前世の常識的には、状況証拠の積み重ねに過ぎないこの段階で殺っちゃっていいのかしら? ――なんて思わないでもないが、殺らなきゃ殺られるのがこの渡世だ。ここはサクッと仕留めたアケフの判断が正しいのだろう。


 男は驚愕の表情をその死顔に残し、下半身を露出したまま絶命していた。まぁ、場所がトイレだったので、それも仕方がないことだ。イヨとアナスタシアは顔を顰めていたが、男が致していたのがじゃなかっただけよかったと思ってほしい。


 そして、ここで俺達にとってささやかながらも幸運だったのは、その男が冒険者ギルドを張っていた奴だったことだ。これで俺達の面が割れている相手は賊の中にいない。なにかとやり易くなったというものだ。

 残る敵は七人。件の蓬髪の手練れはアケフが抑え込むにしても、あとの六人を俺とイヨ、アナスタシアの三人で相手をすればいい。


 ちょっと無理繰りな突入になってしまったが、どうやらなんとかなりそうだな。



□□□



 ドカッ! ――と、今回は乱暴に扉を蹴破って、七人の敵がたむろする大部屋に突入する。

 先ほどの玄関の解錠とは異なり、今度のは敵を威嚇し、混乱を誘う目的がある。これで正解だ。


 か細い生活魔法の光で照らされた窓のない石造りの室内を見回すと、右手前には蓬髪で中背の男が。コイツが件の手練れで間違いないだろう。

 アケフも瞬時にその男を一番の危険人物と見て取ったようだ。即座に剣を抜くと、すでに抜刀していた蓬髪男と対峙する。


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 名前 蓬髪男(手練れ)

 種族 人属

 性別 男

 年齢 41

 魔法 生活魔法


   (基礎値)  (現在値) (武具反映)

 体力  12    10    12

 魔力   6     5     6

 筋力  13    13    13

 敏捷  14    14    13

 知力   7     7     7

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 合計  52    49    51

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 つえぇな、コイツ。この年齢で能力値的には俺達と互角か……。


 俺は手早くハンドサインでそれを伝える。


 アケフも蓬髪男も互いに動かない。いや、動けないのか。

 相手が強者であることが分かるのだろう。双方共、不用意に仕掛けることなく相手の出方を窺っている。



 二人から少しだけ視線を左に移すと、そこには六人の男が固まり、彼らのすぐ後ろには三人の女が転がっていた。

 生気を失った表情の彼女達と比べると、六人の男達からは歴戦の猛者たる風格が滲み出ていた。明らかに単なる野盗の集まりではない。現に、完全に丸腰だったはずの彼らだが、俺達の突然の乱入にもさほど狼狽えることなく、各々素早く得物を手に取ると戦闘態勢を整えていた。


 ちっ、コイツら。随分と手際がいい。狼狽する隙を突いて、ここであと一人、二人、削っておきたかったんだが……。


 彼らの中にいた長身で筋肉質の男。周囲の連中に指示を飛ばすその姿から、おそらくは賊のリーダーだろう。


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 名前 賊のリーダー?

 種族 人属

 性別 男

 年齢 32

 魔法 生活魔法


   (基礎値)  (現在値) (武具反映)

 体力  14    12    14

 魔力   5     4     5

 筋力  14    13    14

 敏捷  10     9     8

 知力   7     6     7

 ------------------------

 合計  50    44    48

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 うん、コイツも手強い。手練れの蓬髪男には及ばないが、ほかの男達の中では最も数値が高い。能力値的には脳筋のパワータイプだな。


 その男が、ゆらりと前に進み出て語りかけてきた。


「おいおい、アンタらなんなんだよ? 勝手に他人の家に入ってきやがって!」


 ――おっと、まずは時間稼ぎのおしゃべりか? まぁ、いくら狼狽する姿は見せなかったとはいえ、心中の動揺を静める時間は必要だからな。


 もっとも、こっちとしても一気に乱戦に持ち込まれるよりはよほどいい。

 俺のほうもありがたく男の言葉に乗っかって時間を稼ぐ。


「ふんっ。逆に、赤の他人が突然なだれ込んできたってのに、大して驚いたふうでもないな。お前らこそ何モンだよ? 随分と肝が据わっているようだが……」


 イヨとアナスタシアを後背に置き、俺も一歩前に進み出る。

 そうこうしているうちに、後ろの賊共がじりじりと左右に分かれ、俺達を包囲せんと動き出した。


 囲まれると少しマズいな。ここは一つ、揺さぶってみるとするか……。


 俺は左手を賊のリーダーのほうに伸ばすと、異空間を展開する。大きさはちょうど人間の頭くらい。連中の動きが止まる。随分とデカいサイフ異空間だな――なんて呟きが聞こえる。


 刹那――その異空間からニュっと人の顔が飛び出す。


「うおっ! ストーク⁉」


 賊のリーダーが叫ぶ。

 手下共もビビッて後ずさりした。


 俺がもう一回り異空間の外周を拡げると、そこからゴロリと転げ出てきたのはさっき始末した男の首。ストークって名前だったのか、コイツ。

 まぁそれはいいか。いずれにせよ、コイツらにとっちゃ仲間だった奴の首。残った連中をビビらすための小道具として使えるかもしれないと、さっき異空間に収納しておいたのだ。

 無論、俺には死体を冒涜する趣味はないが、負ければ自分達が死体となって冒涜される側に回るのだ。この際、利用できるものは利用させてもらうとしよう。


 ゴンッ! と大きな音を立てて、ストークだった男の首が床に落ちる。


 あっ――と、一瞬動揺を示した賊共。

 俺はその間隙を縫い、賊のリーダーの真後ろに異空間をもう一つ展開する。


 そう、男の浪漫。

 異空間を繋ぎ合わせてからの――遠距離攻撃だ。

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