12/6 Tue. 積極性恋愛脳――空腹は最大のストレス
思えば、宿理先輩と弥生さんが1対1で話すのって初めて見るかもしれない。
5人いるのに1対1と表現するのも変な話だが、この2人っていつも誰かを介してやり取りをしてたんだよな。どっちも右脳タイプだからリフィス、水谷さん、飛白、俺みたいなのがいないと話にならんってのもあるけどさ。
とにかく直接的な会話をしてるとこを見た憶えがまったくない。担当がホールと厨房で違うってのもあるが、やっぱお互いに避けてるとこがあるんだよな。
それが意識的にか無意識的にかは分からん。ただ右脳的な直感に従って動いてたのかもしれないし、劣等感からくるものかもしれない。
宿理先輩は年齢とか胸囲で弥生さんを妬んでる部分がある。
弥生さんも若さとか容姿で宿理先輩を妬んでる部分がある。
どっちも年を気にしてるのが面白いとこだが、それも仕方のないことだと言える。だってこの2人は自他ともに認める恋のライバルだからね。
『確かにきついことも言われたけどさ。しょうがないんだよ。だって同じ男子を好きになっちゃったんだから。そうなったら相手を蹴落としたくもなるじゃん?』
優姫が立会演説で言ってた通り、1つの席を奪い合う関係で仲良くなるなんて無理だろ。相手がマダみたいに席を譲れる系女子なら話は別だけどさ。
仲良しに見える優姫、川辺さん、紀紗ちゃんの3人ですら、内心ではどう思ってるか分からん。優姫と紀紗ちゃんに至っては明確に悪巧みをしてるみたいだけどね。
それと比べても、宿理先輩と弥生さんの関係は歪だ。
片や今を時めく美少女JK。リフィマの繁栄のためじゃなく、リフィスと同じ空間にいたいがために、モデルと比べたら激安の報酬でバイトをしてる健気な子。
出会いがネットだったから、リフィスのイケてるフェイスを知らないままで恋をしたみたいだし、どこまでもまっすぐな子なんだと言える。あの悪魔に魅了されたって点に関しては憐れとしか言いようがないけどね。
片や人気洋菓子店の美人で巨乳な店長。リフィマの繁栄のため、リフィスの居場所を作るため、過労死レベルの労働をし続けてる真面目な人。
この人もリフィスのツラを知ってはいたものの、惚れた理由は自分の心を救ってくれたからというものだ。ただしイケメンに限るって感じがしなくもないが、油野に対して食指がまったく動いてないから面食いって訳じゃないと思う。結局は弥生さんも悪魔に魅了された可哀想な人なんだ。
こうまとめてみると、とても恐ろしい事実が浮き彫りになる。
その実、宿理先輩にとって弥生さんは邪魔者でしかない。リフィスと一緒にいられるなら、そこがリフィマである必要もないから。
その実、弥生さんにとって宿理先輩は邪魔者でしかない。別にやどりんエフェクトがなくても味で勝負できると思ってるから。
弥生さんに関しては、味の分からんやどりん教徒が多すぎて腹を立ててる可能性すらある。わたしのケーキはそいつに会うための握手券付きCDか? って思ってないとは言い切れないんだよな。
実際にツイッターでも『AKB商法のまがいもん』とか『言うほど美味くない』とか『やどりんありきの人気店』とか『全品20%オフが適正価格』とか書かれちゃってるしな。この雑音も宿理先輩がいなくなれば消えてなくなる訳で。
お互いがお互いにとって目の上のたんこぶ状態。どっちもリフィスのために妥協や我慢をしてるとも言える。別に頼まれた訳ではないのにね。
どっちもストレスは溜まってんだろな。だから面と向かって会話をしようとしなかったんだと思う。何をきっかけに爆発するか分からんしさ。
それで言えばこの状況はまさに最悪。宿理先輩は何をしてくれてんだよって思わざるを得ない。そもそも、
「そのケガはわたしがさせたものじゃない。糸魚川が足を滑らせたのが原因」
当然、こうなる。だって弥生さんはスマホを奪おうとしただけだから。
「そんなんただの屁理屈っしょ。そっちが何もしなかったら足を滑らせることもなかったんだから」
これも正論。起点がなければ結果は生まれないからね。
「そもそも人のスマホを取るってなんなん?」
「取ってない。スマホをいじるのをやめさせようとしただけ」
「そんなん言葉で充分っしょ。なんでわざわざ手をあげるかな。大人のくせに」
今のはダメだろ。弥生さんの表情が一気に険しくなったわ。
「不充分だから行動を起こしたんだけど? それともなに? 糸魚川が他人の言葉で考えを変えるとでも思ってんの? 付き合いが短いから分かんないとか?」
えげつないマウントをかますね。超絶な上から目線に宿理先輩も激おこだよ。
「りっふぃーは真剣に話せばちゃんと分かってくれるし。分かってくれないとしたら真剣さが足りないだけだし」
「そんなのただ子供扱いされてるってだけじゃないの?」
痛いとこを突くね。
「大人は子供に真剣な話をされたら真摯に対応しないといけないわけ。そうしないとさっきみたいに言われちゃうでしょ? 大人のくせにって」
しかもリフィス論法で殴ってくる。さすがは元カノだな。
「というか、そもそもの考え方が間違ってるんだよね。あのときの糸魚川は何を言っても絶対に意見を変えなかった」
ふと弥生さんが俺をチラっと見てきた。なんすか。
「碓氷くんと幼馴染なら分かるんじゃないの? この2人みたいなタイプっていうかさ。千早ちゃんや飛白ちゃんもそうだけど、これが最も合理的だって自分が思い込んだら、もうそれが正解だって決めつけて他人の話に耳を傾けないんだよ」
自覚があり過ぎてつらたん。水谷さんも目を泳がせちゃったわ。
「糸魚川達の意見を変えさせるのに必要なのは真剣な意見なんかじゃない。糸魚川達以上の合理的な意見なの。でもそんなのわたしに出せるわけがない。付き合いが長いからそれくらいのことは考えなくても分かるの」
返す言葉もないね。宿理先輩もだんまりだ。
「だからと言って実力行使をするのも正しいとは思えません」
代わりに反論したのは水谷さんだ。大事な先生が傷付いた。その結果に対する言い分としては弱いもんな。
「正しいとはわたしも思ってないよ」
「ではなぜ実力行使をしたんですか?」
「カッとなったから」
でしょうね。理性が働いてたとも思えんし。
「そんな子供みたいな理由で?」
「あのさ。その糸魚川みたいな言い方、やめたほうがいいよ?」
水谷さんが露骨に顔をしかめた。リフィス教徒としては当然ではあるが、
「さっきから大人とか子供とか言ってるけどさ。その基準って誰が決めてるの? 普段は主観的な意見なんて聞くに値しないみたいなことを言っておいて、こういうときだけ主観丸出しの基準を使うのって卑怯じゃない?」
ド正論。そもそも水谷さんもカッとなったらすぐ俺を殴るから、とてもじゃないが人のことを言えた立場じゃないんだよなぁ。
「大人でも子供でもカッとなるときはなるんだよ。人間だからさ。そんなのに大人も子供も関係ない。怒るときは怒る。当たり前じゃないの?」
そりゃあそうだね。ウチのオトンとオカンも傷害事件の時は鈴木家の一言一言にカッとなってたし。それを大人げないとは思わんかったな。
「それとも大人にはカッとなるなってこと? 何があっても我慢して、我慢して、我慢して、何事もなかったかのように振る舞えって?」
そんなんストレスでハゲるわ。
「というか、さっきから2人ともわたしにばっかケチを付けてるけどさ。糸魚川に落ち度はないわけ? こいつは最初から最後まで大人の対応をしたの?」
してないっすね。その自覚があるからリフィスも黙ってんだと思う。
ふむ。ここらが潮時かな。着地点がいまいち読めんし。
てか水谷さんと宿理先輩は自分の立場を分かって突っ掛かってんのかね。
弥生さんはリフィマの店長だ。人事権も持ってる。その気になればこの2人をクビにすることだって可能。強権を振るわれるケースを想定してないのかな。
「意見を言っても?」
気は進まないけど、ここは弥生さんの勢いを弱めないとな。
「碓氷くんも糸魚川の味方ってわけ?」
突っ掛かってくるねぇ。
「敵とか味方とかそんなんどうでもいいよ。強いて言えばどっちの敵でもあるね」
こちとら腹が減ってる身なんでね。既に食った美少女どもも、俺が食えない原因を作った大人どもも、等しくヘイトを向けてやりたいと思う。
「まず弥生さんだけど、リフィスが業者の相手するって言った理屈は分かってる?」
「わたしが頼りないからでしょ?」
鼻で笑ってやった。弥生さんが当然のようにムッとする。
「自意識過剰では? リフィスはただ自分の方が適任だと判断しただけだよ」
「適任って言っても結局は素人でしょ。業者からすればどっちも同じ素人なんだからそれが1人いても2人いても変わらないよ」
「つまり、どっちでも同じなら1人の方が合理的ってこと?」
「碓氷くん達みたいな言い方をすればそうなるね。2人いても無駄ってこと」
「無駄と言い張る根拠は?」
「は? だから1人でも2人でも変わらないって言ってんじゃん」
「じゃあその論拠は?」
「そんなのあるわけないじゃん。でも考えれば分かるでしょ」
「そんなの浅はかとしか言いようがねーな。2人ならってか、リフィスが追加されることで話が変わるかもって論拠を俺が持ってるし」
「はぁ? 意味が分かんないんだけど」
「業者視点で言えば素人が1人いても2人いても変わらない。そこは分かる。場合によっては、2人いると邪魔になるから1人の方がマシってなる可能性すらある」
「でしょ?」
「だけど弥生さんは大きな見落としをしてる」
水谷さんをチラッと見る。こっち見んなって顔をされるのが傷付くね。
「夏休み中。リフィス不在の時にさ。趣味レベルでしかお菓子作りをしてない水谷さんを頼ったよね。そんで結果的にリフィスと大差ない品質のプリンを出すことができたよね。その理屈は理解できてる?」
「千早ちゃんが優秀だからじゃないの?」
「正しくは『水谷さんにとってはそこまで難しくなかったから』だよ」
「似たようなもんでしょ」
「違うね。弥生さんが言ってんのは適性の高さの話だろ?」
「……そうだけど」
「俺が言ってんのは理解力の高さなんだよ。この人は適性の壁を理解力と努力で突破しちゃうタイプのチート系美少女だ。自信はないし得意でもないけど、いっぱい試行錯誤したらできちゃったわーって感じのやつなんだよ」
適性の高さってやつは先天的な才能だ。その才なき者は努力と理解を重ねることで天才の領域に踏み込むことができる。
「さっき弥生さんは知ったような口を利いたけどね。リフィスが業者の相手をすると言った最大の理由は、その場で直せちゃうタイプの簡単な故障だった場合を想定してたからなんだよ」
だってオーブンはシンプルな構造ゆえにそうそう壊れない。壊れるとしたら電気系が原因となる公算が大きい。煙がモクモクと出てきたとか、やたらと焦げ臭いとか、その手の話は聞かなかったから致命的な故障じゃないと思うんだよな。
「そんでそいつは水谷さんの師匠なだけあってキモいくらい理解力が高い。だから修理の手順を実際にその目で見て、分からないとこは質問して、次に同じことが起きた時に自分が即座に対応できるように学ぼうとした。だって『機械に強いリフィスにとってはそこまで難しくない』ことかもしれないんだから」
だからこそ『壊れる直前に何をした?』って質問をしたんだ。AをするとBの現象が発生する。その再現性が確認されたら対応策を練るしかないからな。
「つまりリフィスは副店長として当然のことをしようとしただけ。弥生さんはそれを勝手に『自分が頼りないから』って解釈して怒った。これは理不尽じゃねーの?」
「……まあ、それが事実ならそうかもし」
「リフィスも悪いけどな」
わざと言葉をかぶせた。
「お前、一応は弥生さんの部下だろ。社会人なら上司の決定に従え。それを不服と思うならちゃんと伝わるように合理的な説明をしろ。事実として今の俺の説明なら弥生さんは納得しただろ」
「……僕もカッとなったんだよ」
「その気持ちも分かる。俺だって『何もしてないのに壊れた』とか言われたらフライパンくらい投げるわ」
「そこまではしないけどね」
「ちゃんと小さいやつだぞ」
「大きさとか関係ないよね」
リフィスは苦笑し、それから大きく息を吐いた。
「弥生、ごめん」
結局はこれなんだよな。謝らないからこじれるんだ。何割かの人が弥生さんが先に謝るべきって言う気もするけど、やっぱ善し悪しは絶対評価でやるべきなんだよ。先とか後とか関係ない。悪いことをしたら謝れってお話。
「ん。わたしもごめん」
よし、これで2人の関係は元通り。ようやくうどんを食えるな。
ただまあ、弥生さんと宿理先輩。或いは水谷さんの仲はこじれたままだ。
これに関してはそれぞれで勝手に修復して欲しい。
だって、やっぱ女性同士の口喧嘩に男が割り込むと良いことがないもん。
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