10/9 Sun. 安中祭1日目――炭と油はよく燃える

 美男美女の一団ってだけでも目を引くのに、その中に人気沸騰中のモデルがいれば尚のこと視線を誘ってしまう。


 しかも先頭を歩いてるやつは普通のツラをしてるからね! 偶然にも同じタイミングで歩いてきてるだけの、違うパーティーの人にしか見えないよね!


 とにかく無心を心掛けて歩を進め、家庭科室に到着した。


「油野くん!?」


「せんせーとやどりんだ!」


「え? リフィスさん?」


「どっちがやどりん? なーんてね」


 反応は様々だったが、どよめきが起こるくらいにはインパクトのある絵面だったらしい。学校だと油野姉弟が揃うだけでも割とレアなのに、今日は妹までいるしな。


 けど最も視線を奪ってるのはリフィスのようだった。油野は超イケメンって言ってもまだまだガキだからな。大人の魅力ってやつに視線を誘われる女子はめちゃくちゃ多かった。男子は男子で『気に入らねえな』って目を向けてるし。


 てか人数がさらに増えてるね。と言っても8組の人員は変わってない。料理研の2年生が勢揃いしてる。誰がレジをやってんだろ。消去法でいくと優姫になるのかな。働きっぱなしの2年生に対して気を利かせたのかもしれんね。今の時間だけ調理部に受付を任せちゃってるのかもしれんけど。


 とりあえずは場の空気をスルーして部長の元に馳せ参じる。


「リフィっさんが見学したいそうです」


「……見学って。そんな大したことをしてるわけじゃないのに」


 謙虚な愛宕部長はすっかり委縮しちゃってる。それでも拒否されることはないと思うが、良い感じに言いくるめてしまうか。って画策してたら、


「急な申し出になってしまい大変恐縮ではありますが、そうかしこまらないでいただけると幸いです。なにぶん私の出身校では中高どちらも模擬店を禁止していましたので、少々物珍しいと言いますか、眺めているのみで充分に楽しめますので」


 リフィスが爽やかな笑顔でカットインしてきた。


「わかりました。そういうことでしたらご自由に見学なさってください」


 愛宕部長も笑顔で応じる。調理部の何人かがぐぬぬって顔をしておるわ。安心するがいい。俺が一矢くらいは報いてやる。


「まあ見学だけじゃすぐに飽きると思うので、ここは1つ、体験入部扱いにしてやるってのはどうでしょうか」


 俺の突飛な提案に愛宕部長は小首を傾げた。リフィスはもう苦笑してる。早くも読み切られたか。この悪魔め。


「体験入部?」


「はい。リフィスは文化祭の空気をより肌で感じることができて嬉しい。我々は腕の立つ料理人の助力を得られて嬉しい。ウィンウィンかと」


「えっと。リフィスさんがそうしたいなら良いと思うけど」


「そうですね。せっかくなので仲間に混ぜていただきましょうか。この手の青春イベントに憧れないと言っては嘘になりますし」


 よし、言質を取った。


「ではリフィスの体験入部が決定したということで」


「よろしくお願いしますね!」


 愛宕部長が天使のような微笑みを見せた。


「ってことでリフィス。新人の仕事は皿洗いからだ。それが終わったらたまねぎのみじん切りな。くれぐれも先輩の手を煩わせるんじゃねえぞ」


「う、碓氷くん!」


 めっちゃ怒られた。リフィスは笑ってたけどね。


「リフィスさん」


 そこに紀紗ちゃんがやってきて、


「どうしました?」


「わたしも体験入部中」


「そうなのですか。では一緒にがんばりましょう」


 おっと。宿理先輩が羨ましがってるわ。お姉ちゃんも一緒にがんばりたいのかね。


「ちがう」


 しかし紀紗ちゃんは顔をふるふる振って、


「わたしのほうが先輩。手を煩わせないでね」


「あんたは何を言っちゃってんの!」


 宿理先輩が般若となった。珍しいな、この人、あんま怒らないのに。


「おかみさんの真似」


 まじかよ。確かに俺なら言いそうだわ。


「あー、そかそか。サラのシナリオに乗ったってわけね。ごめんごめん」


 しかも一瞬で納得されたし。


「そんならあたしも恋コンまでは体験入部させて貰おっかな。愛宕ちゃん、いい?」


「いいけど。宿理ちゃん、生徒会のほうはいいの?」


「いいのいいの、あんなのたっくん1人で充分なんだから」


 それは上条先輩も言ってそうだな。玉城先輩、仕事の避雷針役、おつです。


「それは拓也くんが可哀想じゃないかな」


 皆川副部長が真っ当なことを言ったが、そんな隙だらけの発言を夏希先輩が見逃すはずもない。


「じゃあ代わりにみなっちが生徒会室にいっとく? みなっちも生徒会役員だから手伝いにいっても何の問題もないし。何よりたっくんが喜ぶんじゃない?」


 言葉巧みに唆してるね。実際は体のいい追い出しなのに。


「そっか。そうだよね。せっかくの文化祭だし。それもアリなのかな」


 副部長が一瞬で乗り気になった。一方でけし掛けた張本人はと言うと、


「アリアリ。アリ寄りのアリ―」


 超テキトーだった。


「じゃあ。夏希の提案に乗っちゃおっかな。まなみん、いい?」


「うんうん。せっかくの文化祭だもんね」


『せっかくの文化祭』って言葉の威力が高すぎる件。


 そしてまもなく副部長は旅立った。生徒会室への追加の差し入れを代わりに持っていってくれるのは助かるけど、その直後に夏希先輩と目が合い、にやっと笑われたのが印象的だったね。


 果たしてどこまで読んだ一手なのやら。上条先輩の恋心まで計算した上での行動だったら警戒レベルを上げんといかん。急に背中を刺されても困るからね。


 という訳で、まずは俺が不在の時にどれだけ状況が変化したかの確認だな。


「碓氷」


 ああ、油野を忘れてた。こいつ、別に人見知りって訳じゃないけど、人数が多いと無口になるんだよな。そのせいでイケメンなのに存在感が希薄になるんだよ。


「俺はどうすればいい?」


「お前も体験入部扱いにするってことでいいか?」


「それは構わんが」


 愛宕部長の顔色を窺う。にこってしてくれた。一時的とはいえ設立した部活に活気が生まれるのは嬉しいことなんだろね。


「どこに付けるかな」


 8組用の調理台は7人もいるし、碓氷班は優姫の不在で席に空きこそあるが、油野と相性の悪い川辺さんがいるんだよなぁ。


 リフィスは稲垣班の全員と初対面だから愛宕班に加わってるし、宿理先輩もそれに付随してる訳で、消去法でいくと元から椅子が1つ空いてる稲垣班に投げるのが合理的になるが、出身中学が同じってだけで関わり合いはほぼほぼないと思うし。


 って色々と考えてみたのは強い視線を感じるからだ。もー、内炭さんったらー。ちょっと待ちなさいよー。俺は最初からそのつもりなんだからさー。


 ただ、油野の意思ってのも大事なんだよ。俺が露骨にアシストをしすぎるってのもよくはないからな。


 けど、大丈夫っぽいな。自信を持って言える。


 こいつは、自ら内炭さんの隣を選ぶ。


「んー、希望はあるか?」


「そうだな」


 こいつも思考の瞬発力が低いってだけで頭は回るタイプだ。伊達にゲーム三昧のくせに学年上位の学力を保有してない。


 だから理想や理屈を並べれば自然と答えはそこに行きつく。


 卓の全員が顔見知り。付き合いの長い男友達のリフィスがいる。血の繋がった姉もいる。内炭さんとはランチを共にする仲。愛宕部長は出身中学も同じで、だからこそその性格の良さも知ってる。


 すなわち、この卓に入るデメリットがない。逆に気兼ねなくいける。


 その上、姉貴の恋路を邪魔する気にはなれないと思うから、隣同士で座ってるリフィスと宿理先輩の逆側に行きたいと考えるはず。


 となると、愛宕部長か内炭さんの隣って流れになる訳で、しかし油野の性格で2人の間に入るってことはないだろ。そして、


「内炭に少し詰めて貰うか」


 愛宕部長よりは内炭さんの方が気の知れた仲と言える。


「おっけ」


 ではでは結果の分かり切ってる交渉をしに行きましょうか。


 油野を伴って歩きだしたら、途端に内炭さんがそわそわし始めた。笑みが零れちゃってるよ。少し落ち着いてくれないと包丁を使わせるのに抵抗を覚えちゃうね。


「内炭さんや」


「な、なにかしら!」


 声のトーンがおかしいんだよなぁ。


「内炭さんの隣がいいって油野が言ってんだけど」


「ほぇ!」


 超びっくりしてる。だよね。俺の扇動だと思ってたよね。けど違うんだよなぁ。


「ゆ、油野くんがそう言ったの?」


「ああ、邪魔していいか?」


 油野は純粋に自分の利益のみを考えて行動してるだけだから、内炭さんのは過剰反応としか言えないが、こういうのは積み重ねなんじゃないかって思うんだよね。


 雨垂れ石を穿つって言葉もあるしな。例え小さな努力でも、根気よく続けてやれば最後には成功する。って可能性が出てくる訳だ。


「そんじゃ内炭パイセン。新人の教育をよろしくな」


 くれぐれもアホみたいな先輩風を吹かすんじゃねえぞ。


「ちょ! ちょっと!」


 言ってる傍から奇怪な行動を取りやがった。猛然とダッシュしてきて、俺の肩を掴みやがったわ。我ながら本当によく掴まれる肩ですこと。


「どうした?」


「この状況がまったく理解できないんですけど!」


 超小声。なのにやたらと声がはっきりと聞こえる。


「8組の手伝いをしてくれてる内炭さんにお土産をと思って連れてきました」


「ありがとうございます! 過去を振り返ってもこれ以上に嬉しいお土産の経験はございません!」


「さようか。ご満足いただけて何より」


「じゃなくて!」


 ノリが激しいな。


「ほ、本当に? 油野くんが私の隣を希望してきたの?」


「油野本人の前で嘘を吐いてどうすんだ。てか本人も否定しなかっただろ」


「そ、そうだけど! 信じられなくて!」


「まあ多少は誘導したけどな」


 どうしようって俺が悩むフリをした。だから油野は俺の悩みを予想し、最も軋轢が生まれない場所を選んだ。そこに自分のデメリットがないことを踏まえれば、即断してもおかしくないって訳だね。


「ねぇ」


 どういうこった。既にトークしてるのに、内炭トークを上乗せされてしまったよ。


「どうした?」


「碓氷くんが誘導すれば私もワンチャンで油野くんと付き合えたりは?」


「しねえよ。俺は催眠術師じゃねえんだよ」


 てか真面目な顔で何を言ってんだ、こいつ。


「そこは自分の魅力を駆使してどうにかしてください」


「……私の魅力とは?」


 えぇ。そんなの自分で考えなよ。1つや2つくらい思い浮かぶだろ。


「チャームポイントかぁ。ウィークポイントならいっぱいあるんだけど」


 悲しい現実だね。けどその謙虚さも魅力の1つだと俺は思うよ。


「とにかくこのまま油野をぼっちにさせるのはよくない。今のあいつは内炭さんしか頼りになる人がいないんだから」


「っ! 油野くんには私しかいない!」


「マスゴミみたいな切り取りすんな」


「ふふ。ちょっと調子に乗っちゃったかしら?」


「富士山をたった1歩で踏破したくらいには大きく出たね」


 先が思いやられるな。しかしこれだけは言っとこう。


「さっき新人の仕事について俺がなんて言ってたかは憶えてるか?」


「皿洗いよね。でも油野くんやリフィスさんみたいな技術のある人に皿洗いをやらせるってどうなの? これっぽっちも合理的じゃないわよね」


「そっすね」


「ただマウントを取りたかっただけってこと?」


 内炭さんは自分でそう言っときながら、すぐに首を振った。


「違うわね。それならわざわざ愛宕部長の前でやる必要性がないわ。怒られるのなんて火を見るより明らかだもの」


 そこで不意に俺の目を見てきた。そして苦笑する。


「プール掃除のときの優姫ちゃんのやつってこと?」


 この頭の回転の早さは油野と釣り合ってるって言ってもいいと思うね。


「正解」


 リフィスは大人。その大人相手にクソ生意気な口を利いていじってやった。初見の連中に、この男は碓氷と仲良しだよって大々的にアピールしてやったんだ。


「碓氷くんって本当に色々と気を遣ってるのね」


「好き勝手してるだけだけどなー」


 とにかくだ。


「実はもう1つってか2つほど狙いがある」


「えぇ。あの煽りが一石三鳥だったってこと?」


「実を結ぶかは知らんけどね」


「んー、1つめは対外的なアピール。2つめは……」


 ここは変則的すぎて分からんかもな。答えを言っちゃうか。


「エチュード。圭介くんと朱里さん、料理の後片付け編」


 内炭さんが目を瞠った。


「ま、まさか……」


「本人とやるチャンスだぞ」


「……本当につくづく思うんだけど」


 内炭さんの鼻息が荒い。


「碓氷くんって天才よね?」


「あからさまに怪しいから平常心で行動してね?」


「ぶっちゃけ難しいわね!」


 ですよねー。


「まあ、なんかあったら声を掛けてくれや。助け舟に乗ってきてやるから」


「頼りになるぅ!」


 よし、俺もアレを言っとくか。


「せっかくの文化祭だからな。精一杯に楽しむといい」


「それ、良い言葉ね。せっかくの文化祭だから、良い思い出を作るわね!」


 そうして内炭さんは俺から離れ、かと思ったらまた寄ってきた。なんやねん。


「さっき一石三鳥って言ったわよね? もう1個はなんなの?」


「あー、それは内炭さんと無関係だから気にしなくていい」


「そうなのね。ちょっと考えてみようかしら。その方が冷静になれそうだし」


「考えるまでもないぞ。10分以内に気付くから本当に気にしなくていい」


「そうなの?」


 不思議がりながら内炭さんはただただぼーっと突っ立ってる油野の元に戻っていった。そしてすぐに始まる。内炭監督による甘々なシチュエーションが。


 俺もようやく自分の持ち場に戻って、


「おかえり!」


 笑顔の川辺さんに迎えられた。


「ただいま。まかせっきりでごめんね」


「っ! ぜんぜんだよ! すっごく楽しい! 中学の文化祭はこんなにわいわいできなかったし!」


 嘘じゃないってのはすぐに分かった。良い顔をするね、ほんと。


「人に頼られるのって嬉しいね!」


「えー、めんどくせえよ」


「……おかみさん」


 ついつい本音を言ったら紀紗ちゃんのジト目をくらった。空気を読めって言いたいのかね。けどこれが俺だよ。


 じゃあ後手後手になったけど、ようやっと現状の把握だな。その内容次第で浅井の罪の度合いを決めよう。


 けどその前に、


「川辺さん」


「はい! なんでしょう!」


 ほんと元気だね。


「丹羽くんがフレンチクラスト美味しかったってさ」


 その月光の輝きがより強くなったのは言うまでもないね。


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