10/8 Sat. 煩悩――相山優姫の場合
本日は油野宿理ことやどりんの誕生日だ。我々の業界で言う煩悩の日である。
煩悩と言えば除夜の鐘。除夜の鐘と言えば108。いわゆる煩悩の数だ。
ただ、この108って数字には諸説ある。率直に言えば仏教の話になるが、煩悩の数は宗派で違ったりする。必ずしも108という訳じゃない。
一般的に言えば、眼、耳、鼻、舌、身、意の人に迷いや欲を与える6つの感覚である六根。それをどう感じたかを示す好、悪、平。その浄と不浄を示す浄、染。そして因果みたいなのを示す過去、現在、未来。それをすべて掛け合わせた数字。
まあ、パターンの算出だな。
ぶっちゃけると、わけわかめですわ。
いやだってさ。例えば眼・好・浄・過去ってパターンで言うと、過去にて眼で綺麗なものを快く感じた。ってなるの? なっても意味が分かんないよ?
はい。分かんないものは気にしない。そもそも俺が言いたいのはこっちじゃない。
四苦八苦の説だ。
言葉遊びにも感じるが、こっちの方が分かりやすいし、何より信憑性がある。
と言うのも。10月8日ってとにかく面倒なことが起こるんだよな。
ジャイアニズムの化身たる宿理先輩の誕生日ってだけでも面倒なのにさ。
溜息を吐いたのは午前7時ちょい手前。今日はリフィマでバーステーイベントだから早出をしなきゃいけない。もう朝食以外の支度は終わってる。
ついでに両親の朝メシも作ってやるか。そう思ってダイニングに向かったら、
「おっはー」
優姫がいた。おいおい。四苦八苦さんよ、もう働いてやがるのかよ。
「おはいお」
オトンとオカンもいる。優姫と一緒にダイニングテーブルでコーヒーを飲んでる。まだ食べてはないみたいだな。
「ブルスケッタを作るけど」
「食べる!」
優姫が真っ先に答え、オトンとオカンもそれに乗った。簡単だからいいけどね。
冷蔵庫を見たらベーコンがあったから川辺流ブルスケッタでいいか。後はチーズ+台湾ミンチで。
「いやぁ、優姫ちゃんと会うのは久々だけど。大きくなったねぇ」
外でバッタリってのがないなら小学校の卒業式以来かもしれんな。オトンは中学以降のイベントに顔を出してないし。
「はい! Fになりました!」
おっと。オトンがセクハラ野郎にされてしまったよ。女子高生ってこわいね。
「……訴えないでください。そういう意味じゃなかったんです」
弱い。なんて弱いんだ。社会人男性の弱さっぷりに憐みを禁じ得ないよ。
「優姫ちゃん、この人を許してあげてくれる?」
オカンはオカンで夫を罪人に仕立て上げようとしてるし。
「許すとか許さないとかないですよ。自慢したのはあたしの方ですし」
俺らはリフィマの方でも9時頃に朝メシを出されるから1個でいいか。3個ずつ用意して余ったやつを俺が食おう。
「ならいいけど。おじさんのせいで才良との関係がこじれても困ると思ってね」
自意識過剰にも程がある。
「そんなのあり得ませんよー。あたしのことは娘だと思って接してください」
どうだろ。父親目線で優姫みたいな娘って欲しいのかな。ヴァカだけど。
「娘かぁ。優姫ちゃんみたいな娘がいたら今以上に毎日が楽しかったかもねぇ」
「そう言って貰えると嬉しいです」
よし、後は焼くだけだ。
「じゃあ18歳になったら娘にして貰ってもいいですか?」
スタートボタンを押す直前で指が止まっちまったわ。
「えっと」
オトンの思考も止まっちまったわ。
「優姫ちゃん、才良を貰ってくれるの?」
オカンはなんか興奮しちゃってるし。
「いただけるのならぜひぜひ!」
「俺は物じゃないぞ」
スタートぽちー。
「もう。才良ったら照れちゃってー」
「照れてねえわ」
どっちかって言うとイライラしてるわ。
「それにしても懐かしいわね。昔はよくママゴトをしてたものね」
「今もしちゃってますけどね」
「そうだったわね。このまま本当の夫婦になってくれたらおばさんとしては心配がなくなって嬉しいんだけど」
はぁ。まじで10月8日は厄日だな。
「あたしはそうなりたいなーって思ってるんですけど」
「そうなの!?」
こっち見んな。
「本当に才良でいいの?」
失礼すぎるだろ。
「カドくんがいいんです」
「……お父さん。お隣までご挨拶にいきましょうか」
本人の意思を差し置いて婚約手続きを進めようとしてんじゃねえぞ。
「待ちなさい」
さすがオトン。常識ってもんを教えてやれ。
「結婚できるまでまだ3年ある。それまでに才良が優姫ちゃんを裏切る可能性もあるじゃないか。そうしたらいくら払わなきゃいけないか分かったもんじゃないぞ」
こいつ、いつも訴訟リスクのことを考えてんな。都合はいいけど。
「あたしは浮気相手の3人や4人くらい気にしませんよ」
数字が具体的すぎるわ。誰を4人目に想定してんのか気になるけど、裏切る裏切らないの前に今はもう相思相愛じゃねえし。そもそも「カドくんはそんなことしないですよ!」って言えや。浮気する前提で話を受け入れるんじゃねえよ。
「そういえば飛白ちゃんとも悪くない感じだったわね」
オカンの目は節穴を通り越して腐ってやがんな。
「どういうこと?」
浮気を気にしないとか言いながら隠し事1つで睨んでくるんだけど。束縛される未来しか見えんわ。
よし、焼きあがった。皿に盛り付けよう。
「塾で会った日のことだな」
「あー、ごっこの話ね」
勝手に納得してくれたからこれ以上の補足はやめとこう。
という訳でお食事タイム。
「優姫はどっちがいい?」
「台湾ミンチにしよっかな。こっち食べたことないし」
「おっけ」
自分の席について川辺流ブルスケッタをかじる。相棒はペットボトルのミルクティーだ。さっさと食べて駅にいこう。ここに居続けるのは精神衛生上よろしくない。
「こうして同じ食卓についてると本当に家族みたいね」
オカン、頼むから黙って食ってくれんかなぁ。
「新婚夫婦のママゴトっていうのもいいですね!」
「いいわね! じゃあちょっとやってみましょうか!」
「お? お父さんは帰宅からやった方がいいかい?」
いい年こいてノリノリになってんじゃねえぞ。
まじで朝から最悪だわ。
優姫の子供みたいな笑顔を見れたことを差し引いても、これは赤字かなぁ。
せいぜい両親が相山家に話を通さないように釘を刺しておかないとね。
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