9/20 Tue. それぞれの選挙戦――宿理

『続きまして、生徒会副会長に立候補した、油野宿理さんによる演説です』


 何の変哲もない選管のアナウンス。なのに思わず耳を塞いだ。


 そのくらい喧しい。間違いなく、本日最高の拍手と歓声。本来は演説の必要のない立場なのにね。


 宿理先輩が壇上に立ったらまた拍手。お辞儀をしても拍手。何をしても拍手。なんか1人だけ別ゲーみたいだな。異世界転生もののチート持ちくらいの無双状態だ。


 そんな勝ち確の美少女戦士は当然のように原稿を広げない。


「2年1組の油野宿理でっす。ちょっと悩みを打ち明けていいでしょーか」


 演説する気すらない模様。当選確実とはいえ、これはレギュレーション違反では?


「どうしたんだい?」


 教頭が乗っちゃったよ。


「あたしって副会長になってもいいんかなって」


 すぐに肯定的な声があちこちから上がったが、


「かすりん的に言えば信任を受けて当選するわけでもないし。あたしの立場ってマシって言葉すら下回る、ぶっちゃけ消去法以下の判定じゃんか」


 まあ、確かに。必ず投票しないといけないってルールがある以上、単独出馬の宿理先輩は有権者の数だけ票を得られる。何が何でも満場一致で投票されてしまう。


 それこそ、選びたくなくてもだ。


「言い分は分かるけどねぇ。会場の雰囲気からして、信任投票を行っても結果は変わらないと思うよ?」


「むぅ」


「それでも納得がいかないのかい?」


「……サラのことなんだけど」


 おい。そのワードを公的な場所で使うんじゃないよ。


「サラ? お友達かい?」


「あー、碓氷才良のこと。カドヨシって才能が良いって書くんだけど、小学校の頃の先生がサラって読み間違えて、サラちゃんって呼ばれてる時期があったんよ」


 皆さん、大笑いですよ。これ、全生徒によるいじめじゃないんですかね。


「そのサラちゃんがどうしたんだい?」


 この薄毛野郎。


「あたしって昔からずっとサラに色々とやって貰ってるんよ。今回の立会演説でもテンちゃんの原稿を用意して貰ったしさ。本当に色々と頼っちゃってんの」


 くはぁ、とでかい溜息がマイクに乗った。


「でも最近になって思うんよね。あたしってサラに頼られてなくない? って」


 ん? そうか?


 リフィマでやどりんエフェクトの恩恵を得てるし、天野さんを改心させるためにも一役買って貰ったし、プール掃除だって手伝わせたよな。


「あたし。一応はお姉ちゃんだし。なのになぁ」


「碓氷くんはしっかりしてる感じがするからねぇ」


「いや、そうじゃなくて」


 そこを否定されると俺がしっかりしてない感じがしちゃわない?


「サラはあたしに『頼む』ことはあっても『頼る』ことはないって話なんよ」


 あー、そういう。


「サラは中学くらいから超の付く合理主義者になっちゃって。相手にできることしか頼まない。できるかできないか分かんないもんは頼まないって感じなんよ」


「あぁ、それはちょっと寂しいね。信頼されてないみたいで」


 なぜかブーイングが起こった。なんでやねん。できるか分からんものを頼むってのは無茶ぶりってやつだろ。そんなのただの横暴じゃねえか。論理的じゃねえわ。


「たぶんサラ的には失敗させたら悪いからとかそんなんだと思うんだけどね。まあ、効率が悪いとか。論理的じゃないとか。鬱陶しいことも言うと思うけど」


 さーせん。むしろ後者がメインですね。


「でもさ」


 くはぁ。とさっきより大きな溜息を吐いて、


「かすりんには頼るんよね」


 あぁ。


「ほんとにさぁ。ひめちゃんのいじめの件でもさぁ。あたしには一言の相談もなくさぁ。そんなに頼りにならんのかなぁって。かすりんはかすりんで、即日で解決しちゃったしさぁ。もう、なんなん。サラにとってあたしってなんなんよ」


 宿理先輩が恨み節を披露するたびに聴衆の俺に対するヘイト値が高まってくね。


「推薦人の件もさぁ。あたしの方が先にお願いしたのにさぁ。いつの間にやらかすりんと組んでるしさぁ」


 正直、この鬱々モードの宿理先輩は鬱陶しいことこの上ない。文句があるなら直接で言えばいいじゃんとも思う。


 けどなぁ。女心ってやつを考慮すると普通のことなのかもしれんのだよな。


 内炭さん的に言えば、私の前で他の女子を褒められると貶された気分になるのよ。


 川辺さん的に言えば、わたしと話してるときに他の女の話をしないで。


 優姫的に言えば、同条件を整えられないと負けた気分になるの。


 牧野的に言えば、他の女子を下の名前で呼ばれるとテンションが下がる。


 皆川副部長的に言えば、他の女子が褒められたら自分も褒めてくれないとへこむ。


 要するに、態度に差を付けないでください。付けるなら自分を上にしてくださいって感じか。


 ふむ。クソめんどくせえな。


 上条先輩はこの辺を気にしないから絡みやすいんだよ。あの性格を差っ引いてもお釣りが来るレベルだわ。


「原稿の話もさぁ。知ったのってさっきだよ? なんで相談してくんないの? あんなに怒ってるサラなんて初めて見たのにさ。自信がなくなるじゃんか。こんな頼りにならないあたしに副会長が務まるんかなって」


 飛躍し過ぎじゃねえかな。まあ、批難の眼差しの正体は分かったけど。


 上条先輩への嫉妬と、俺への不満だな。


 またあの女と裏でこそこそやってたんでしょ! なんであたしに隠すの! あたしも仲間に入れてよ! って感じか。


 思えば、川辺流コードネームのやつでも仲間に入りたがってたな。


 そういや8組の教室に来た時も野次馬どもは宿理先輩から大きく距離を取ってた。当初の推薦人もSNSの反応が恐いからって距離を作った。


 この人って、人気者なのに実は孤独を感じる機会が多いのかね。


「高校に入ってからはクボも距離を置こうとするし、シンは彼女ばっか優先するし、圭介は何かと非協力的だし、クラスの友達も最近はランチを誘ってくれないし、サラはかすりんと行動してばっかで相手してくんないし」


 とか言いながらこの人って暇さえあればリフィスのとこに行ってんだよな。川辺さんが碓氷家に初めて来た時だってこの人がすっぽかしたからだしさ。


 けどまあ、宿理先輩って中身は小学生男子みたいなもんだしな。


 みんなでわいわいやるのが好きなんだよな。油野圭介のイニシャルがKYで空気を読まないように、油野宿理のイニシャルはYYな訳だし。佳乃さんはそんな感じしないけどね。


「ん? 上条くん、何か意見があるの?」


 教頭の声に反応してみれば、次期生徒会長が手を挙げてる。


「いいよ。しゃべっちゃって」


 本当に自由だな。上条先輩が宿理先輩の隣まで歩いていった。


「では失礼して。めんどくさい! 宿理、めんどくさい!」


 さすがにポカンとしたわ。なんか良いことでも言うのかと思ってたのに。


「あのね、少年が宿理を頼らないのは信頼してないからじゃない。大事だと思っているからなんだよ。何せ宿理は今やSNSで話題沸騰中の大人気JKだからね。今の時代、いつ何を原因に炎上するか分からないし、軽々しくきみに頼れないよ」


「……ほんとにぃ? 」


 2人して俺を見てくる。頷くか迷うとこだな。


「そもそもだけどね。私も彼に頼られてなんかいないよ」


「嘘ばっか。そんなの誰も信じないっての」


 上条先輩はニヤリと笑って、


「彼は私を利用しているだけだ。そこに信頼なんかない。使えるから使うだけさ」


 なんだそれ。俺、めっちゃ酷いやつじゃん。私のことが好きだからだよってまた言われるよかマシだけどさ。


「そこはちょっと納得いくけどさ」


 納得すんなボケ。


「まあ、彼には彼の考えがある。自分の気持ちばかりを押し付けても困らせるだけだよ。そんなことより言うことがあるだろう?」


「ん?」


「生徒会長の分まで頑張るのでどうぞあたしを頼ってください、だ。さあ、いけ」


「それ。かすりんが楽をしたいだけっしょ」


「頼られたい宿理と楽をしたい私。利害の一致じゃないか」


 えー、と不満げな顔を見せる宿理先輩をスルーして、


「少なくとも私は宿理を頼るつもりでいるけどね。それに生徒のみんなも宿理に頼りたいと思っているよ」


「……なんか都合の良い方向に流されてるような」


「気のせい気のせい。じゃあ確かめてみる?」


「ん? どうやって?」


 上条先輩はマイクをスタンドから取り上げ、


「みんなー! 宿理が好きかー!」


「おー!」


「宿理に頼りたいかー!」


「おー!」


「宿理が副会長で嬉しいかー!」


「おー!」


 雑なコールアンドレスポンスをやってくれた。無駄に盛り上がったね。


 けど我らがやどりんは超単純だから、上条先輩からマイクを奪い、


「あたしは頼りになるー?」


「おー!」


 天野さんまで参加し始めたわ。


「あたしに頼らないサラはダメだと思うー?」


「おー!」


 アホかよ。これもう「今日の夜はハンバーグでいい?」でも通るだろ。


「うし! なんか元気でてきた! ありがとねん!」


 宿理先輩が手を振ると会場がさらに盛り上がった。


「本当にただ愚痴っただけになっちゃったけど! 最後まで聞いてくれてありがと! かすりんもさんきゅーね!」


「部下の面倒を見るのも上司の役目だからね」


「……えぇ。副会長って補佐であって部下じゃないっしょ」


「見解の相違だね。ほら、そろそろ時間だよ。締めないと」


「あー、うん。じゃあ、終わろっかな! みんなありがとね! 油野宿理でした!」


 そうして嵐は去っていった。


 聴衆からすれば有名人にお悩み相談をされた形だけど、中身があるようでない感じの話だったな。


 まあ、勉強にはなったけど。


 優姫の時もそうだったしなぁ。


『碓氷少年。その言葉すべてがこの子にとっては「寂しい」という告白なんだ』


 みんなが羨む美少女にも俗っぽい悩みがあるんだな。


 引き続き、会計候補の推薦人が演説を始めた。陽キャっぽい見た目に違わず、しゃべるのは得意みたいで、原稿なしで立候補者を持ち上げていく。


 それに耳を傾けながら、申し訳ないが少しスマホをいじることにした。


 油野宿理にお願いしたい7つのこと(12)。よし。


 碓水@サラ:早いもん勝ち

 碓水@サラ:相談事があるから後で聞いて欲しい


 上条先輩と宿理先輩が当選したら頼みたいことがあったからな。頼られたいって言うならこっちも切り出しやすいってもんだ。


 まもなく、


 やどりん@シュク:なんなん! それなら早く言ってくれたらよかったんに!

 ボクはクボ:名前を出さないでください

 やどりん@シュク:やだ

 天野エレナ@あたし最高:今度お家に遊びに行きたいです!

 やどりん@シュク:おうおう! いつでもいいよん!

 ちぃ:演説を聞いてあげてください

 やどりん@シュク:ごめんなさい!


 本体の方を見ればすっかり機嫌をよくしてる。1個上だけど、手の掛かる妹って感じがするね。


 とりあえず山場は越えたし、後はだらだらと聞くことにしますかね。


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