7/19 Tue. 内炭恋愛相談所
餅は餅屋って言うけど、俺は生粋の餅屋ってのを見たことがない。餅を扱ってる和菓子屋なら市内にもいくつかあるけどね。
東京や京都に行けばあるってのは知ってる。けど大多数の人はそこまで買いに行かないし、通販があったとしても買う方が圧倒的に少数派だよな。臼と杵でえっさほいさするよりは多数派かもしれんけど。
じゃあ大多数はどうしてるかっていうと、やっぱスーパーやコンビニで買ってると思うんだ。安価だし。お手軽だしさ。味付け次第で充分に美味いし。
そんな理屈でいこう。
「なぁ」
3日ぶりの部室で昼メシを食い終わった後のこと。スマホを見ながらにやにやしてる内炭さんに声を掛けてみた。
「珍しいわね。どうしたの?」
話題の提供は基本的に内炭さんだからな。友達から相談されることがまったくないせいか、油野の写真を見るよりも優先してくれた。嬉しそうだね。
屈辱の極みだが、内炭さんに相談しようと思います。だってお手軽で安価だし。
「内炭さんってさ」
「なになに?」
「女心って分かる?」
早くもテンションが底をついてしまったわ。
「その確認いる? 私が女に見えない?」
「見えるよ。俺が言ってるのはもっと限定した話」
「どういうこと?」
「男性は左脳寄りで、女性は右脳寄りで物事を考えるって話を聞いたことは?」
「あるわ。左脳は論理や計算が得意で、右脳は直観や感覚が得意なのよね?」
「それ。だから女子は本質より共感を主軸にした話をすることが多い。けど多いってだけで全体の何割かは分からん。例えば内炭さん、水谷さん、上条先輩あたりは左脳派だし、優姫、川辺さん、宿理先輩あたりは右脳派だと思ってる」
内炭さんは上条先輩のことを知らないと思うが、知らない方が幸せなこともあるのテンプレみたいなもんだから説明は省く。
「論理的思考の深度で判別してるならそうかもね。愛宕部長も右脳派だわ」
「だな。まあ偏見も多少は混じるが、いわゆる女心ってその右脳派の感覚でしか分からんと思うんだよね。秋の空とか山の天気を女心の比喩で使ったりするけど、あれってスパコンレベルの演算でも明確に解けないレベルな訳だろ?」
「そう言われると、難しいかも。だって右脳的な女心が分かってたら私ってもっと友達がいそうなものじゃない?」
「わかるー、だって内炭さんと話をしてもなんか盛り上がらないしー」
「……まだ碓氷くんの方が分かってそうね。それ、言われたことあるのよ」
すまんね。けどそういうことなんだよ。
「他の人に相談した方がよくない?」
内炭朱里さん。女子なのに女心の話題で投了しました。やっぱ論理的だね。餅は餅屋って考えな訳だし。
「けど内炭さん以外に相談できる相手がいなくてさ」
「そうなの? リフィスさんとか、水谷さんとかは?」
「あいつらはダメだよ。人間のフリをしてる悪魔だもん」
「……冗談に聞こえなかったんだけど」
冗談を言ったつもりはないからね。
「じゃあ意見を聞かせて貰うって程度でいいから話を聞いてくれんかね?」
「その程度でいいなら承るわ」
よし、じゃあいくぜ。
「川辺さんが俺に惚れることってあると思う?」
「あるんじゃないかしら」
「はい、審議」
「え?」
「俺はないと判断してる。けど一部の人はあると判断してる。そこの差は何なのかなって思ってんの。俺的にはそれこそが女心の理解度の差だと考えてんだが」
「んん? そこって女心とか関係ある?」
「どういうことだってばよ」
「月並みなセリフで悪いけど、誰かを好きになるのに理由はいらないんじゃない?」
「はい、審議」
「えぇ?」
「内炭さんはランスロット・ハミルトンを好きになる可能性はありますか?」
「……誰よそれ」
俺の好きなゲームに出てくる聖騎士の名前だよ。
「いいかい。内炭さん。フォアグラを知らない人はフォアグラを食べたいと思わないんだ。だって知らないから。食べたいと思うことができない」
「まあ。当たり前よね」
「だから内炭さんはランスロット・ハミルトンを好きにならない。だって知らないから。好きになるとしたら『知る』という条件が必要になる。要するに誰かを好きになるには条件、言い換えてしまえば理由はいるんだよ」
内炭さんの目が細くなった。笑ってる訳じゃない。
「碓氷くんの論理って細かすぎるわよね」
「今のは極論だけどな。じゃあどこまで知れば好きになる可能性が出てくるんだ?」
「顔とか。どんな性格とか。どんな人生を歩んできたかとか?」
「それはもうファクターになってるよな。それで惚れるならそこを理由に惚れてるってことだろ。顔とか、性格とか、歴史とか、雰囲気とか、才能とか、財産とかな」
「碓氷くん」
「急にどうした?」
「めんどくさい。碓氷くん、めんどくさい」
「こうなるから他の人に相談できないんだよ」
「わかるー、碓氷くんの話を聞いてると黙りたくなっちゃうしー」
「やればできるじゃん」
けど黙るのは困る。そうだなぁ。
「内炭さんはなんで惚れる可能性があると思ったんだ?」
「だって色々としてあげてるでしょ? 美月ちゃんとのLINEでよく碓氷くんの話が出てくるから2人の関係はよく知ってるつもりなんだけど」
「俺らの関係って?」
「不器用な女子とそれを陰ながら支えてあげてる男子」
なんだそれ。女神みっきーとみっきー教徒の関係でしかねえよ。
「迷子になってた水谷さんを一緒に探したり」
おいおい。川辺さん、話を盛りすぎだろ。
「下心のある男子の手口を教えて注意喚起をしたり、美月ちゃんの行動を否定しないでどんな形でも受けいれたり、スパイごっこに付き合ったり、かき氷を食べたり、クラスで仲の悪かった子との間を取り持ったり、抹茶のシュークリームをリフィスさんにお願いしたり、興味があったアルバイトをさせてあげたり、料理が下手なのに盛り付けを任せてくれて嬉しかったり、それでお客さんの好感触を目の当たりにしてやっぱり嬉しかったり、誕生日にサプライズを企画したり、これからも助けるって確約をくれたり、美月ちゃんと同じ名前のケーキを用意してくれたり」
なんで天野さんの一件に俺が絡んでることを本人が知ってんのかってのは置いとくとして、川辺さん、内炭さんに色々と話すぎじゃね?
「こんなの少女漫画ならとっくにデレてるわよね。2個目くらいで充分よね」
言いたいことは分かる。分かるが、少女漫画は少女漫画でしかない。
「内炭さんってさ。俺に惚れる可能性ってあんの?」
「あるんじゃないかしら」
「えぇ。キモいって言われると思ってた」
「安心してちょうだい。キモいから」
あっはい。
「今の質問って、私も美月ちゃんと同じような対応をして貰ってるからよね?」
正解。
「でも私は碓氷くんに惚れてない。私に本を1回取ってくれただけの油野くんに惚れ続けてる。そこに論理の矛盾を感じてるんでしょ?」
「平たく言うとそうだな」
「その辺は論理や女心とかじゃなくて個人差じゃないかしら。私も油野くんと出会ってなかったら碓氷くん相手にどきどきしてた可能性はあると思うし」
「それは勘弁だな」
「こっちのセリフよ」
同時に笑った。やっぱこれくらいの関係がベストだね。
「私からもいい?」
「なんでしょか」
「碓氷くんが私に惚れる可能性ってあるの?」
「冗談抜き?」
「マジでガチで」
「ないとは言い切れないんじゃね?」
「その心は?」
「男と女だから」
「それは本当に可能性の話ってことよね。確率で言えば1%より上? 下?」
「そんなの論理で導き出せんから無責任な回答になるが、下だとは思うな」
「なるほど」
こういう時に内炭さんは本当に左脳派だなって思う。怒らないもんね。
「私はずっと思ってたことがあるのよ。たぶん美月ちゃんも思ってることだと思う」
「くわしく」
「どうして碓氷くんはこんな私に良くしてくれるのかなって」
「人が人に優しくするのに理由なんているか?」
「はい、審議」
「まじかよ」
「だって誰にでも優しくするわけじゃないでしょ?」
「してるよ。俺は初見の相手には必ず敬語で接するし、基本的に超優しいよ」
「ん? 山本さんとかは?」
「あぁ、あいつらには敬語を使ってなかったな。ただそれは俺の中の初見の定義が特殊だからだ」
「またなんかひねくれた考えを持ってそうね」
「否定はできんね。俺はすべての人にまず100の持ち点を付与してる。ゲームで言う好感度みたいなもんだな。そっから何か起こるたびに点数を差っ引いてく訳だ。そんで50点を下回った相手に対しては『優しくしない理由』が生じる。あいつらに関しては俺が部室に入る前から減点されてたもんであんな態度だったってだけだ」
「碓氷くんにとっての初見は好感度100って意味なのね」
内炭さんは腕組みをして、目を泳がせながら尋ねてくる。
「私っていま何点くらいなの?」
「ノーコメント」
「……まあ、いいわ。でもそれって自覚があるくらい特殊なことよね?」
「好感度の数値化もそうだが、まずデフォが満点ってのが変だしな」
「確かにね。ゲームなら0からスタートよね」
「けど人って人を簡単に嫌いになれるけど好きになるのって難しいじゃん。だから満点からの減点法にしてる。当然、見直すことがあれば加点もする」
「碓氷くんってやっぱりめんどくさいわね」
「けどこれ割り切るのが楽だぞ? 久保田と油野が喧嘩した時にどっちに付くか決めないとってなったら秒で久保田ってなるし」
「……碓氷くんって油野くんに対する好感度が低いの?」
「判定は相対的なもんだからな。久保田が100で油野が99かもしれない」
「かもしれないって言ってる時点で絶対に違うでしょ」
「そうかもしれない」
「……」
黙っちゃったよ。
「いいわ。とにかくその特殊ルールを知らない人からすると、なんでこの人は良くしてくれるのかな? って思っちゃうのは分かるわよね」
「分からんでもないな。仮に水谷さんが明日、作りすぎちゃったからって言って、おかずを詰めたタッパーを渡してきたら最低でも5パターンは悪い想定をするし」
「どれだけ人間不信なのよ」
「いやいや。まずあの水谷さんが作りすぎるって結果を残すのがまず怪しい。仮に作りすぎたとしたらそれは絶対に計算の内だね。賭けてもいい。俺に何かをさせるための賄賂だ。仮に受け取った日に何も要求して来なかったら、それは次回に渡す時の心理的なハードルを下げるための布石に決まってるし、そして本命を受け取ってしまったが最後、不条理な契約を押し付けてくるんだ。あの悪魔め!」
「……話を戻すわね」
俺の感情を受け止めきれなかったらしい。残念だよ。
「私も一応はイジメみたいなものを受けたことがあるから分かるんだけど。やっぱりああいうのがあると色々と信じられなくなるのよ。なのに碓氷くんは無償で色々と世話を焼いてくれるでしょ? だから下心があるのかなって思っちゃうの。その、いま言ってた水谷さんみたいな感じで」
失敬だな。俺をあのリフィスの眷属と一緒にしないでくれ。けどまあ。
「言いたいことは分かった。思わせぶりな態度をしてるってことだな?」
「そういうこと」
紀紗ちゃんの言ったラノベ主人公ってのはこのことっぽいな。ラブコメによくある鈍感系。気付いたらハーレムができちゃってました的なやつ。
「人に優しくしちゃダメなんすか」
「ダメじゃないわよ。でもなんかこう。期待しちゃうじゃない?」
「期待する場合は既に恋愛感情があるのでは?」
「なくても期待するのよ。私なんかを好きになってくれる人がいるのかもって」
「そこは自己評価が低すぎるのが問題であって俺のせいじゃなくね」
「そうね。でも自己評価を上げるのって大変じゃない?」
それはそうだけどね。だって川辺さんが俺に惚れる訳がないって思ってる根本の部分はまさに内炭さんが言った「俺なんかを好きになるの?」って自己評価があるからだ。俺と川辺さんだと釣り合いが取れてるとも思えんし。
「まあ、ありがとね。内炭さんのお陰で色々と分かったわ」
特に疑問だった唐突な自己紹介についても当たりが付いた。
紀紗ちゃんは友達の妹。川辺さんはクラスメイト。要するに、私らのことを異性として見てねーなこいつって皮肉だ。
ただ、なんで急にそのトリガーを引いたのかが分からん。聞いてみるか。
「海の日に海を見にいったら一生の思い出になるもん?」
「……経験がございません」
「あっはい」
やっぱ訳が分からんわ。ここは理屈じゃないんだろな。
そもそも異性として見られたいのかね。女子として扱われないのがむかつくって理由なら納得するけど。
相談を持ち掛けるのが遅かったせいで5限の予鈴が鳴ってしまった。
明日の授業は2限まで。終業式が終わったら夏休みに入る。
どこかでまた内炭さんに話を聞いて貰わないとだな。
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