転生したら木になっていた

森ノ宮はくと

第1話 目を開けたら、人間じゃなくなっていました

 ぱちんっ、と意識が浮上して、目を開いた。

 そして眼前には、斧を振りかぶる見知らぬおっさんがいた。


 こ、殺される!?


 驚きに思わず飛び上がったら、足元からズボッと音がして、心なしか足が軽くなった。


 「な、なんだあ!?」


 おっさんが腰を抜かして、斧を取り落とした。

 これはチャンスだと、俺はその場から走り去った。


 さて、慌てて走り出したものの、ここがどこだか全くわからない。

 足を回転させて走りながら、頭も回転させて、目を覚ます直前のことを必死に思い出そうとする。


 そうだ、確か会社の帰り道。

 今日はやたらと忙しく残業する羽目になって、折角の金曜なのにツイてないと思いつつ、まあ頑張れば明日は休みだしなと、なんとか仕事を終わらせて。

 えーっと、そうだ。コンビニで夕飯と自分を労う缶ビールを買って、もうすぐ家に着くって、そんな時に、俺は。

 トラックに、真正面からぶつかられた。


 あれ、絶対死んだよな。


 じゃあここは、死後の世界か?

 死後の世界では斧を振りかぶられるのか?

 三途の川が見えるんじゃないの?

 天使が迎えに来るんじゃないの?

 斧振りかぶられるって、いやそれどこの宗派!?


 そんなことを考えていたら、いつの間にか足が止まっていて、すぐ傍に川があった。


 ああ、沢山走ったからか喉が渇いた。

 透き通った綺麗な川に見える。ちょっとくらい飲んだって、腹は下さないだろう。

 第一、多分、俺はもう死んでるんだし。


 死んでるならなんで喉が乾くんだというツッコミは置いといて、水を飲むために屈んだ。

 屈んだことによって、自分の姿が川面に映り込む。


 えっ!?


 声を出したと思ったのに、ガサガサと頭上の葉が揺れただけだった。

 そう、頭上の葉っぱ。

 俺の頭は陽の光を沢山浴びようと、これでもかと無数の枝を天に向かって伸ばし、そこにはツヤツヤとした深い緑の葉っぱが茂っていた。


 足元を見ると、足だと思っていたものは根っこだった。

 そりゃ飛び上がった時に抜ける感覚があったわけだ。


 いやいや、待ってくれよ。


 俺、木になってる!?


 ってすると何か?

 トラックに跳ねられて死んで転生したと思いきや、目が覚めた早々に斧で殺されそうになってたわけか?


 これ絶対、転生ミスだろ!

 神さまとかそういうのいるならどうにかやり直してくれよ!


 そう叫ぼうと思っても、全部心の中で叫んで終わり。

 枝と葉がガサガサと音を立てるだけだ。


 ああ、なんかどっと疲れた。


 俺は、足――もとい根っこを川に浸す。

 ぐんぐんと水を吸い上げるのは流石木といったところか。

 口で飲むには追いつかない量を簡単に飲み干していく。

 いやまあ、どのみち今は口がないんですけど。


 木々が生い茂る中、川の辺りは開かれていて、太陽の光が煌々と降り注ぐ。

 ああ、気持ち良い。

 朝から晩まで会社に籠って仕事して、休日は布団に籠って生きていたから、太陽の光を浴びるのなんて学生以来だ。こんなに気持ちがいいものなんだったら、もっと浴びておけばよかったなあ。


 なんて思っていたら、みるみると疲労が回復していく。

 いや、これもしかしてただの光合成。

 自分が木になっていることを思い出して、なんとも言えない気持ちになった。


 さて、なにがなにやらわからないが、ともかく自分は木になってしまったらしい。

 ここはどこなのか。この体で何ができるのか。

 調べた方がいいんだろうなあ、と考えつつも動くのが面倒くさい。

 動きたくないなあなんて、日向ぼっこしながら考える。

 ウトウトと睡魔が襲ってきた時だった。


 「いたぞ! こっちだ!」


 物理的に襲ってこられた。


 さっき俺に斧を振りかぶってきたおっさんが仲間を連れて襲いかかってきた!


 俺は慌てて立ち上がる。

 しかし、複数人で俺を追いかけていた斧を持った人たちは、半円の陣形で俺ににじり寄ってくる。後ろは川。前左右は人間。

 どうやって逃げよう。というか俺は何ができるんだ。

 何もわからないのに、ここで伐採されるなんて、それだけはごめんだ。


 しかし、考えたって仕方がない。

 ひとまずやってみるのみ。


 えいっ!


 心の中で出した掛け声と共に、思いっきり頭を振る。


 「うわあああっ!」

 「な、なんだあ!?」


 ばっさばっさと俺が振り回した頭から、大量の葉っぱがどさどさと落ちてくる。

 それは人間たちの目くらましになり、彼等は腕で必死に顔を庇っていた。


 いける、いけるぞ!


 俺は更に頭を振り続け、どさどさと葉っぱを落としていく。

 大量に降り続けるそれは、次第に彼等を埋め尽くす量になっていった。


 「お、溺れる……!」

 「くそ、葉に溺れるなんて!」

 「やっぱりこの木、動いてるぞ!」

 「魔物なんじゃないのか!?」


 彼等の首まで埋まったところで、俺は頭を揺らすのを止めた。

 そして今の内に、と思い切って川をばしゃばしゃと渡りその場から逃げ出した。


 木を隠すなら森の中ってよく言うよな。

 もう読んで字のごとくで、俺は木々の間にちょこんと体育座りをする。

 手が生えてないので、それっぽく根っこを折り曲げているだけではあるが。

 いや、これ目立つか? ちゃんと木らしく根を地面に入れた方がいいのか?


 でも、ちょっと間借りしている身の上で地中に根を張ってしまうのは気が引けた。

 俺の縄張りだぞって樹齢ウン百年のいかつい木が出てくるかもしれないし。

 養分の取り合いとかになって他の木々に迷惑をかけるのも嫌だし。


 そんなわけで俺は根っこを空気に晒したまま、座り込んでいる。

 ふうっと吐ける息はないので、気持ちだけで息をつく。


 さっきの斧を持った人たちのことを思い返す。

 恐らく木こりって職業の人たちだろう。

 木を切っては売ったり、土地を開拓したりして生計を立てている人たち。

 そんな木こり集団の一人が、気になる発言をしていた。


 俺のこと、魔物じゃないかって言っていたよな。

 そしてその言葉を、誰も笑い飛ばさなかった。

 生前に「うわぁ、魔物が出た」なんて言ったら「HAHAHA、夢でもみたのかい」と返されて終わる。それで終わればいい方で、ヤバい奴認定されて遠巻きにされること間違いなしだ。

 木こり集団がたまたま優しい奴ばかり集まっていた?

 そんなわけない。

 それよりも、よっぽど有力な説がある。


 この世界には、魔物が存在するという説。


 もしそれが本当なら、俺は……


 そんなことを考えていると、ギギッと金属を引きずるかのような音が聞こえた。

 追いつかれたのかと思い、音のした方を見ると、そこには地球では見たことのない動く何かがいた。

 何か。それは二本足で歩いている。幼児程度のサイズで、肌の色は緑色だ。尖った形の耳と目に口の端からは牙がにょきりと伸びている。片手にこん棒を持ち、籠を背負った出で立ちだ。


 「ギギッ」


 先ほどの音は、その生き物の鳴き声だったらしい。

 そいつは、木々の間をうろうろしている。何をしているんだろうか。

 というか、あれってやっぱり普通の動物ではないよな。ましてや人間ではないよな。

 じっとその生き物の様子を伺っていると、ヤツと目が合った。

 いや、俺に目はないんだが。あれ? じゃあ俺、どこで見ているんだろう。


 そんな疑問が湧いてきたが、それどころではなかった。

 緑色二足歩行の化け物が、こん棒を振りかざしながらこっちに向かって走ってきたのだ。


 俺、こんなヤツにも襲われるの!?


 慌てて立ち上がり、木々の合間を縫うようにヤツから逃げる。これが魔物か?

 しかし、運悪くこの辺りは木々が密集している場所だったようだ。

 自分も木であるが故に、間をすり抜けるのに少しだけ時間がかかる。

 その些細な時間は、背の低いヤツ相手だと、致命的な時間となる。

 何にも足止めされずに一直線にこちらへ向かってきた魔物は、俺のすぐ傍までやってくると、地面を蹴って飛んで見せる。

 そのジャンプは、一飛びで俺の頭の高さまで来た。


 「ギギャハハハハ!」


 不快な金属音のような笑い声をあげて、飛び掛かってくる。


 うわあああ、殺される!


 腕があれば顔の前に翳して目を瞑っていたことだろう。

 しかし、残念なことに腕がご用意できなかったので、どこにあるかわからない目を瞑るだけになった。そんな時だった。


 「ピィーーーー!!!!」

 「ギャビィッ!」


 小鳥の鳴き声と共に、するどい風が俺の体に当たる。

 そして、魔物のものであろう叫び声が聞こえた。


 そうっと目を開けると、小鳥に突き飛ばされたのか、魔物が地面に叩き付けられるところだった。

 ヤツの上に降り立った小鳥は「ピピピピピピ」と鳴き声を上げながら、高速で魔物の頭をくちばしで突く。


 「ヒギギー!」


 耐えかねたのか、魔物はこん棒を落としたまま頭を抱えながら、何処かへと去っていった。

 

 た、助かったのか……


 そう胸を撫で下ろすと、小鳥が「ピッ」と鳴いてこちらを見上げてきた。

 なんだか誇らしげな顔をしているように見える。


 何かお礼がしたいな……


 今の俺に出来ることはなんだろうかと思いながら、体を揺すってみる。

 すると、俺の頭から林檎の実が一つ落ちてきた。


 「ピィ~!」


 小鳥が嬉しそうな声を上げて、その林檎を突き始める。

 良かった。満足してもらえたようだ。


 林檎を啄む小鳥を見ながら先程の生き物のことを考える。

 あんな生き物は見たことがない。

 まるで、ゲームや小説にでも出て来そうなヤツだった。


 先程の説が、より確実になる。

 この世界には、魔物が存在するという説だ。


 もしそれが本当なら、俺は……


 トラックに跳ねられて死んで、異世界で木に転生してしまったということか!?


 「ピッピピッ」と、小鳥が鳴いた。

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