第55話 一生忘れられないようなベロチュウ


 夕方までたっぷりと遊んだ俺たちは、そのまま皆で晩御飯を食べに行くことになった。


 竜ヶ峰さんのことはよく知らないが、朱日先輩と一条先輩は言わずもがな、天王寺家と親戚の猫屋敷さんも富裕層であることは間違いないだろう。


 一体どんな高い店に連れて行かれるのか、と自分の財布の薄さを心配していたが、意外にも入ったのは何でもない肉料理屋だった。


 当たり前か。

 金があるからって、毎回霞と行ったような店で食ってたら肩がこるよな。


「ウチらのことは気にせんでええから、せっかくやし好きに呑んでや。シラフ同士、楽しくやっとるから」

「残念だよなぁ、天王寺さんがお酒呑めないなんて。糸守クンも可愛い彼女が酔ってるとこ、見たかっただろ?」

「えっ?」


 呑めない? 朱日先輩が?

 一回スイッチが入ったら、一瞬でワインのボトルを空にするくせに?


 イマイチ状況が掴めず戸惑っていると、隣に座る彼女に軽く肘で殴られた。

 ……あぁ、そうか。皆の前では、呑めないってことにしてるのか。酔うとお嬢様スイッチがオフになるから。


「そうですね。でもまあ、こればっかりは体質の問題なんで仕方ないですよ」


 などと適当に流すと、不意に竜ヶ峰さんと目が合った。

 や、やっぱり睨まれてる。いや、本当に何なんだ。マジで意味がわからない。


「すみませーん。カルピス二つとオレンジジュース、あとハイボール二つくださーい!」


 猫屋敷さんは元気はつらつにドリンクを注文し、「ゴリラ先輩は何か食いたいもんある?」とメニューを渡してきた。それを上からザーッと流し見している間に、早くもドリンクが届く。

 食事を注文し、皆で乾杯。

 一口呑んだところで、「なぁなぁ」と猫屋敷さんから声をかけられた。グラスを置いて首を傾げると、彼女は隣の竜ヶ峰さんを一瞥して少し申し訳なさそうに頬を掻く。


「竜ちゃん、朱日ちゃんの誕生日会でゴリラ先輩見た時から、ずーっと話したいって言っとったんよ。ええ機会やし、ちょっと相手したってくれへん?」

「は? え、俺と? 竜ヶ峰さんが?」


 意味がわからない。

 この人は俺のことが嫌い……もしくは、猫屋敷さんをとる男と警戒してるんじゃないのか? それなのに話したい? 誕生日会の時点じゃ、ほとんど面識なかったよな?


「……っ!」


 竜ヶ峰さんはハッと目を剥いて、急いでスマホを取り出し何かを打ち込み始めた。

 目にも止まらぬ速度で指を動かし、待つこと数秒。


 見せられた画面には、


【ご挨拶が遅れてすみません。今更ですけど、竜ヶ峰みことです。よろしくお願いします】


 丁寧。

 ただただ丁寧な文章が、画面に表示されていた。


「竜ちゃんな、超が付くほどのコミュ障やねん。喋るのくそ苦手やから、ウチとか家族以外やと筆談がメイン。目つきも悪いから勘違いさせたかもしれんけど、誕生日会で皆の前で告ったゴリラ先輩のこと、カッコええってめちゃ尊敬してんねんで」

「えぇ!? いや俺、てっきり嫌われてるのかと……!」


 俺の発言に対し、竜ヶ峰さんは勢いよく首を横に振った。

 そしてまたしてもスマホに目を向け、タタタッと指を動かして、


【ぼく、猫ちゃんのことが好きで……でも、まだちゃんと告白できてなくて……】


 猫ちゃんとは、猫屋敷さんのことだろう。


 なるほど、二人の関係性が少しわかった。

 友達以上恋人未満。猫屋敷さんは竜ヶ峰さんからの好意を受け入れてはいるが、告白には至らず中途半端な位置にいる。だとしたら、猫屋敷さんが彼を『ウチの竜ちゃん』と言いつつ、俺に友達と紹介したことに納得がいく。


【よければ天王寺さんに告白してるところ、もう一回見せてもらえませんか? 参考にしたいんです。よろしくお願いします!】

「……えっ?」


 スマホから視線を外し、竜ヶ峰さんに移した。


「それって……い、今ここで? 皆の前で?」


 彼は頷く。

 力強く、ハッキリと。


「いいじゃないですか、それくらい」


 同じく画面を見ていた朱日先輩が、テーブルの下で俺の手の甲に手のひらを重ねた。


「あの時は勢いに身を任せた感がありましたし。……今の要君なら私にどう告白するのか、大変興味があります」


 身体ごとこちらに向いて、一瞬だけ無表情を崩し白い歯を覗かせた。


 ……い、いやいや。

 そんな、いきなり言われても。


 一旦落ち着こう。深呼吸だ。

 考えてみたら、別にたいした話じゃない。好きなんて台詞は毎日のように言っている。


 こほん、と咳払い。

 朱日先輩に身体を向けて、彼女の綺麗な目を見る。


「ず、ずっと前から好きでした。絶対に幸せにするので、俺と付き合ってください……!」


 当たり障りのない告白。

 周囲の目が恥ずかしいだけで、台詞自体はすらすらと出た。こういうところで、自分の成長を感じる。


「まあ、及第点といったところでしょう。可もなく不可もなく、要君らしいというか何というか」


 と言いつつ、朱日先輩はどことなく満足気だった。


 竜ヶ峰さんは興奮気味に鼻息を荒げ、パチパチと小さく拍手をしている。……男だってことはわかってるんだけど、格好がゴスロリな上に顔がメチャクチャ美形なせいで、その仕草を可愛いなと思ってしまう。ダメだ、しっかりしろ俺。


「……え? 今のでよかったのかい?」


 早くもハイボールを呑み干し空になったグラスをテーブルに置いて、一条先輩は大きなため息を漏らした。


「竜ヶ峰クンが尊敬したっていうから、どんなキュンキュンさせてくれる感じの告白をするのかと思ったら……。何だいそれは、教科書を音読してるみたいじゃないか」

「別にこれ、お手本を見せるだけですし。そんなに期待されても……」

「バカ野郎! そういう軽い気持ちなら、天王寺さんは僕がもらうからな!」


 そう叫んで、近くを通りかかった店員にハイボールのおかわりを注文した。

 ……心なしか、一条先輩の目が据わっている。もしかしてこの人、もう酔っているのか? 


「っていうか、糸守クンは他人行儀過ぎるんだよ! もっとこう、情熱を大事にしなきゃ! タメ口と呼び捨てで、はいっ、やり直し!」

「何で一条先輩にそんなこと言われなきゃいけないんですか。さっきも言いましたけど、これは竜ヶ峰さんに対するお手本で――」

「うだうだ言うなら、僕、天王寺さんに一生忘れられないようなベロチュウしちゃうよ! 腕力じゃ敵わないけど、そっちのテクニックなら負けないから!」


 とんでもないものを人質にとられ、俺の中からやらないという選択肢は失われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る