神彩妖魅霊異記

リョウゼン

第一話 霊異降臨

 一


『浸蝕警報が発令されました。外縁部から離れて近付かないで下さい。付近にお住まいの方は避難して下さい。浸蝕警報が……』

けたたましい警報が鳴り響き、人々が慌ただしく動く。

「本当にあれをどうにかする術があるのか?」

 都市を囲む防壁の上。そこから見渡せば、燃え盛る海と山々が都市に迫りつつあった。さらによく見れば燃え盛る山は巨大な生物であると分かる。それらが一歩踏み出すごとに炎の波が荒野へ押し寄せた。そうして出来た炎の海を骨の体に炎を宿した魚の群れが悠々と泳ぎ回っている。

「ある。が、今ここにはない。俺たちの役目はそれが来るまで時間を稼ぐことだ」

 若い猫耳の男の問いに答えたのは獅子頭の男。時代は違えども同じ樹海の出身であったことから目をかけていた。

「この国の技術には驚かされてばかりだ」

「あー、感心しているとこ悪いが、国の技術というより個人技能だな。悔しいことに」

「では術を持つのもその個人と?」

「そうだ。この都市も装備も二人、いや実質一人の手で作られたもの。あそこにいるおっかない混合獣機たちもまたその一つ」

 視線の先ではあらゆるものを混ぜ合わせたような無機質で不気味な異形たちが、火達磨になることも厭わず押し寄せる炎に立ち向かっていた。それらは周囲の炎と魚を取り込んでは巨大化していき、防波堤となって浸蝕を押し留めている。

 ただ、それでも完全に抑えきれているわけではなく、都市への到達も時間の問題だった。

『到達予定時刻までおよそ十分となりました。装備を装着の上で待機して下さい』

 点滅しながら浮遊する球体型混合獣機が二人に告げる。

「了解。いつもので頼む」

『承認されました』

 間もなく飛んできた物体が変形し、重厚な全身鎧となって獅子男に装着される。

「術者がいるというならどうやってこれほど」

「ん? 着ないのか?」

「我が一族には不要だ」

 猫耳男の肌が黒く染まり、硬質化する。さらに指先を覆った爪が鋭く伸びた。

「おお、全身硬く出来るのは珍しいな」

「一族の者でも誰もが出来るわけじゃない。ただ全身硬化まで出来てようやく一流の戦士と認められる」

「ほぅ、それで強度はどんなもんだ?」

「以前は家族を守るため逃げるしかなかった、だが、炎海の浸蝕にも耐える物と自負している」

『今回観測された浸蝕に対して耐久が不足しています。Cランク以上の装備の装着を推奨します』

 リベンジに燃える猫耳男へ球体が無情に告げる。

「「……」」

 猫耳男は屈辱に肩を震わせ、獅子男は笑いをこらえながら気まずそうに眼を逸らした。

「い、いや、Cで済むのは優秀だと思うぞ。俺なんてBの重装備だからな」

「……これは一族の誇りの問題なんだ」

『既定の耐久に満たない状態での出撃は許可出来ません。許可なく出撃した場合、契約時の報酬と保障は適用されません』

「誇りじゃメシは食えねえし、食わせられねえからなあ」

 猫耳男の脳裏に家族の顔が浮かんだ。誇りに勝る大事な宝物。

「……Cランク装備を一式用意してくれ」

『承認されました』

 そうして、体に沿ったスマートな全身鎧を身に着けた猫耳男は具合を確かめるように体と爪を伸び縮みさせた。

「爪は問題なく使えそうだな」

「これも使えないとなったら戦士とはいえない」

「そうか」

「あなたはそれでいいのか? その頭、牙の一族の血筋だろう?」

「爪も牙も自前の物はとうに折れた。今はこいつが俺の爪牙だ」

 獅子男は立てかけられた大槌を手に取った。柄の先から伸びる鎖が音を立て、繋がれた鉄球が転がる。

「これはこれで気に入っている。ガキの頃から球遊びは大好きだったしな」

 宙に放り投げた鉄球を槌に乗せて獅子男は笑う。

「それに今の方が強い」

『浸蝕到達予定時刻までおよそ五分となりました。出撃する方は配置について下さい。まもなく砲撃が開始されます。衝撃に備えて下さい』

 幾度かの放送の後、轟音と共にいくつかの砲弾が射出される。それらは等間隔に着弾すると大きな水飛沫を上げ、翼を広げたような形で凍り付いた。出来上がった氷塊の周囲には吹雪が発生し、炎に呑まれて尚止まず、その勢いを弱め続ける。

『氷結塊の消失までおよそ60分。次の砲撃は30分後を予定しています。浸蝕到達予定時刻までおよそ一分となりました。防衛班の皆様の御健闘をお祈り申し上げます』

「来るぞ」

「ああ」

「そう緊張するな。死んでも蘇生保障がある」

「ああ」

 こりゃ何言っても駄目だなと獅子男は思い、大きく息を吸う。そして、都市内に響き渡るような咆哮を上げた。

 すると、防壁のあちこちから雄叫びが返ってくる。猫耳男も己を奮い立たせるように声を張り上げた。

 そして、ついに炎の波が都市に到達する。

 防壁に衝突した炎が火の粉を舞い上げる。さらに大小様々な骨の魚群が油のように粘ついた炎をまき散らしながら飛び出し乗り上げてきた。

だが、打ち出され振り回される鉄球が小さな敵を薙ぎ払い、槌が大型の敵を粉々にして打ち返す。

 まさしく獅子奮迅の働きを魅せる先達の姿に猫耳男は目を見張り、己もと鋭い爪を伸ばして敵を切りつける。

「(クソッ、硬い! 以前よりも!)

 ただ、やはり骨が相手では相性が悪かった。それでも鎧により、火に巻かれようと火傷を負うこともなく、息が苦しくなることもない。加えてなんらかの補助が働いているのか、いつもより身軽に動いて攻撃に集中することが出来る。その性能を頼もしく思うと同時に戦慄した。製作者はどれほどの力を有しているのかと。

 その後、二回目の砲撃を挟みながら危なげなく敵の侵入を防ぎ続けるも、彼らに疲労が溜まりつつあった頃。唐突に彼方で空がなだれ落ち、大地がせり上がる。そして、空と大地が空間ごと混ぜ合わされたような壁が出現した。そのあまりにも巨大な壁は浸蝕を遮るように地平を覆い尽くしている。

『リョウイ様が到着されました。殲滅態勢に移行してください』

 まるで世界の端が創られたかのような光景を猫耳男は呆然と眺める。遠い壁の前に二対の翼をもつ人影が見えた気がしたのだ。そんな猫耳男に襲いかかる敵を獅子男が砕く。

「呆けるな! まだ戦闘中だぞ!」

「すまない!」

「まぁ! 初見で目を奪われるのは分かる! 後続さえ途絶えれば消化試合ではあるしな!」

 防壁を登ってきた敵を手早く処理した獅子男は防壁から飛び出して駆け下りた。

「よっしゃ、続け!」と他の者たちもそれに習って壁を下り、地上の敵を掃討し始める。下では未だ炎が燻っており、猫耳男は躊躇いながらも後を追う。幸いにも波が途切れたことで敵は弱っており、楽に倒すことが出来た。

「よし、ここまでだ! これ以上進んだら今度は凍えちまう。混合獣機たちが群がって来る前に撤収するぞ」

 未だ溶け残る氷塊から少し離れた場所で獅子男が声を上げる。それに合わせて全員が手を止め、追従してきた球体が音声を発した。

『戦闘終了。お疲れ様です。今回の防衛に参加された皆様には半年分の給与が支給されます。ご協力ありがとうございました』

 ボーナスに歓声が沸く中、猫耳男は地平を遮る巨大な壁に目をやった。

「どうした? 初ボーナスだろ? 土産でも悩んでんのか? よけりゃ店を紹介するぜ?」

「いや、それは有難いが、あの壁はどうなるんだ?」

「いつもはしばらくしたら元に戻る。きれいさっぱりな」

「……神、なのか?」

「本人曰く、鬼だとさ」

 先ほど猫耳男が目にした人影はどこにもなくなっていた。

「今更だが、下に降りる意味はあったのか?」

「いや、特に。ノリと勢いだな。見りゃ分かるが、半分以上は上に残ってる。物好きな奴だけだ」

「そうか」

 次からは上に残ろうと猫耳男は心に決める。都市の入り口までは未だ遠かった。



 二


 空と大地が混ざった巨壁の前、雲を掴むほどの高度に二人の男女が浮かんでいた。

「一先ず、被害が出る前に抑え込めたか」

 男の名はリョウイ。その腕は四つもあり、おまけに一本の尾まで生えている。加えて頭から尻尾の先までを覆う禍々しい鎧から口元だけを覗かせ、袖口の広い衣に剝き出しの腕をまとめて通して羽織っていた。

「放っておいても大丈夫そうだったのに」

 女の名はアイレ。リョウイの腕に抱き抱えられた彼女は小さく幼いように見えるが、その体躯に不釣り合いなほど大きく無機質な両腕で彼に抱き着き、植物のような尻尾を纏わりつかせている。さらに、その背から棘毛の翼と機械の翼を一対ずつ生やしていた。

「放っておいても大丈夫そうだったのに」

 リョウイの左の腕二本に抱えられたアイレがぼやく。

「混合獣機たちはともかくとして、さすがにでかいのが来たら防衛班がもたない。それに、あれらのおかげで二人と過ごす時間が延びた。値千金だろう? ボーナスくらいは出すさ」

 無視すればもっと延びたとごねるアイレをリョウイが撫でる。

 炎の供給が途絶えた骨魚たちは荒野に打ち上げられ、混合獣機と呼ばれた異形たちが掃除するように残り火と骨魚を取り込んでいく。そうして巨大化した混合獣機たちは分裂して数を増やしながら元の大きさに戻り、再び荒野を徘徊し始めた。リョウイが手を振れば、混合獣機たちも片足を上げたり、新たな腕を生やしたりなどして手を振り返してくる。評判は悪くとも、愛嬌は良いつもりなのだが、と彼は残念に思った。

「もう終わり?」

「もう少し」

 二人は空と大地を混ぜた壁をすり抜けるようにして炎海へと足を踏み入れる。そこは灼熱地獄のような有様であったが、二人の衣服に火を点けることさえ叶わない。

「でかいのは新種のようだし、一応何匹か拾っておこうか」

 言い終わるが早いかリョウイはいつの間にか取り出していた刀と斧槍を異空間にしまった。一拍遅れて近くまで来ていた燃え盛る山のような生き物たちが両断され、細切れになる。そして、空いた掌を握り締めれば、崩れた残骸が集まりだし、小さく圧縮されて消え失せた。

「後はもう吹き飛ばしてくれて構わない」

「うぃ」と頷いたアイレが前を向き、口をガバリと大きく開ける。すると辺り一面の炎が瞬く間に吸い込まれていく。そして、口を閉じたアイレは渋い顔でしばらくもごもごと口を動かし、雷鳴のような咆哮と共に稲妻混じりの嵐を吐き出した。

 突発的な暴風雨にさらされた一帯の炎はすっかり鎮火し、なにもない荒野が戻ってくる。

「ぺっ、おいしくなかった」

「炎と骨ではな」

 アイレは不満そうにリョウイの方へ向き直り再びその身を寄せる。

「お疲れ様」とリョウイはアイレを撫で、口直しとばかりに口づけた。

 しばらくして、「もっともっと」と抵抗するアイレを「また後で」と引き離したリョウイが空を駆ける内に燃え盛る大地と鬱蒼たる樹海が現れた。その境では炎が木々を燃やして勢いを増し、木々もまた焼け落ちた同族を肥しに、炎をかき消す勢いで生い茂る。

「今は樹海が優勢か」

 しかし、それはアイレが起こした嵐の影響でもある。リョウイが以前来た時、この辺りは一面樹海に覆われていたのだ。

「滅ぶには惜しいが……」

 悩むリョウイの知覚が戦闘の気配を捉える。彼の足は自然とそちらへ動き出していた。

 行く先は樹海に近い炎の中。そこには一体の燃え盛る山の進行を食い止めんとする二人の男女がいた。二人は樹海の住民であったらしく、猫のような耳と尻尾をもっている。さらに硬質化した皮膚を鎧のように纏い戦っていた。

 だが、大きさが違い過ぎる。有効な攻撃手段は無く、その歩みを僅かに遅らせる程度しか出来ていない。そして、足を止めて羽虫を払うような仕草をされるだけでも二人にとっては致命的な脅威となる。その上、そこは炎の海の真っ只中。呼吸をする度に肺が焼け、砕けた鎧の隙間から晒された肉体が炭化していく。もはや満身創痍でいつ倒れてもおかしくない。

 それでも尚、二人は懸命に立ち向かっている。

「……子を逃がすため決死の殿か」

 リョウイの足が速まる。アイレは慌てて一層強く抱き着いた。

「天晴れな覚悟に水を差すのは心苦しいが、値千金と口にしたばかり。助太刀と横槍を入れるとしよう」

 リョウイの一刀が炎の海を千々に割き、一槍が燃え盛る山を穿つ。

「無粋な真似をした。許されよ」

 目の前に降り立ったリョウイに対し、二人は力尽きたように倒れ伏す。見ず知らずの存在に対し構える余力も残っていないようだ。

「勝手で悪いが、あなた方には一時の恩がある。願いがあれば手を貸そう」

 突然の申し出に迷いを見せた二人であったが、意を決したように男が口を開く。

「息子……娘……どうか……」

 火傷を負った喉で擦れた声は酷く聞き取りづらいもの。

「承った」

 だが、リョウイには問題なく伝わる。子供たちの容姿、逃げた先、ここまでの経緯。そして、思い出も。

 託したことで気が緩んだのか二人は意識を失った。彼らを異空間に回収したリョウイは樹海の方へと向き直る。

「よりにもよって異界が発生した方へ逃げたのか。運が良いのか悪いのか」

 リョウイは尻尾を伸ばして樹海を食べていたアイレを抱き直すと、一息の内に異界の入り口付近までたどり着いた。

 そこは目に見えて空間が歪んでおり、そこにあったであろうものは地面ごと抉り取られている。だが、消失したわけではない。異界の出現と同時に中へ取り込まれているのだ。

「痕跡も思念もここまでとなると、火の海に沈むよりは望みはあるが」

 異界の多くはリョウイのような異空間持ちが亡くなり、後に残されたものが何らかの要因で別の空間と通じた場合に発生する。故に外よりはまだ人が住める環境である可能性が高い。

 ただ、リョウイが読み取る限り娘の方はもう……。

「あれから色々と手を出しては手札を増やし、今の己ならばと気紛れに手を伸ばしてみたが」

 出遅れなければとリョウイは思ったが、その場合は二人との時間を邪魔されて助ける気にならなかったかもしれないとも思った。

「栓無きことか」

「どうしたの?」

 アイレは不安そうに見つめる。その頬をリョウイは優しく撫でた。

「何もかも変わったようで、やることは昔と変わらんと思ってな」

 リョウイは小さな羽虫のような混合獣機の群れを取り出し、異界へ放り込んだ。少し経って戻ってきた混合獣機は半数を割り、ほとんどが冷たく凍り付いていた。それでいて待っていた時間よりも極僅かな時間しか異界に滞在していないらしい。

「低温に加えて時間のズレまであるとなると、封印の類に近いか」

「寒いのはキライ」

「だが、どうやら当たりのようだぞ。便利な上に宝の山だ」

 いくつかの凍り付いた混合獣機に付着した結晶が虹色に輝いている。この異界のように法則の異なる地で産出される素材は危険物が大半だが、時に極めて価値の高いものを生む。場合によっては空間や土地そのものに利用価値があることも。

「そうなの?」

「丸ごと回収してもよさそうだ」

 兜の下で妖しく眼を光らせたリョウイは空間の歪みへ手を伸ばす。その手が異界へ入り込むことはなく、歪みそのものを掴むと空間が軋み、周囲の歪みが吸い込まれるように掌へと集まり始める。やがてそれは黒い小さな球体のようになり、彼が眼を閉じると同時に消え去った。

「上手くいったな。これで時間のズレもこちらで調整できる」

 再びリョウイが眼を開けると人が通れるほどの黒い裂け目が目の前に開く。

「寒いのが嫌なのであれば鎧の中に入るか?」

 アイレが頷くと二人の間にある鎧の一部が開くように形を変え、彼女の体を包み込む。元々リョウイの身体に沿った形状をとっていた鎧だが、彼女がいる部位は多少余裕を持たせた造りに変わっていた。それでも腕と翼に尻尾も外に出ていることもあり、傍から見れば彼女と鎧が一体化しているように見えるかもしれない。

「これで大丈夫か?」

 空いた二本の腕を回しながらリョウイは問いかける。

「お洋服とって」

 アイレは外出する際、種族などを誤魔化すため大きな帽子や華美な装飾など大仰な恰好をしている。それがリョウイと密着する今の彼女には大層邪魔であった。

「外だと何があるか分からないから駄目」

「ホントに何かあったときはお洋服ジャマ。ご主人と合体した方が強い」

「それは本当に最終手段なんだが。まぁ、一理あるか」

 アイレが身に着けていたものが異空間に消え、彼女はより強くリョウイに抱き着いた。

「ふわぁ、とける~」

 すると、鎧が蠢き内側からアイレに噛みついた。しかし、瞬く間に変化したリョウイの肉体が彼女と鎧の間に入り込み、その牙を受けると鎧は動きを止める。

「むっ、レイウか」

「!? お、怒ってますか?」

「いいや、もう寝てしまったようだし、無意識だろう。ただ土産でも作るとしよう。丁度材料には困らなそうだ」

「ふぃ~、よかった~」

 安堵の息をついたアイレは心置きなく甘えることにした。

「しかし、助けた相手から逃げられそうな見た目よな」

「逃げたら捕まえればいいよ」

「それもそうだ」

 リョウイが裂け目に足を踏み入れると、その先にあったのは上も下も虹色に輝く水晶で覆われた世界であった。

「壮観だな」

「さむい!」

 急激な温度の低下に反応して剥き出しになっているアイレの髪や腕に翼と尾が赤熱化して燃え上がる。おまけに逆立った髪はリョウイの顔を炙り、翼と尾が体を包んで巻き付き、腕が強くしがみつく。結果としてリョウイは火達磨となり、暖をとるために焼身自殺を図ったような容貌となってしまう。

「おお、アイレのおかげでむしろ暖かくなったな」

「もっと上げます?」

「これ以上はさすがに熱い」

 だが、それほど異界の中は凄まじい冷気に包まれており、リョウイとアイレでなければすぐさま凍り付いていただろう。そして、二人の足元には先ほど送り込んだ混合獣機たちが水晶に包まれて埋まっていた。リョウイはその内の一体を水晶ごと手元に引き寄せて眺める。どうやらこの空間で凍り付いたものは水晶に取り込まれるらしい。

「これは色々と使い道がありそうだ。どう思う?」

「ガチャガチャにする!」

「それは、儲かりそうではあるが、また一層評判が悪くなりそうだ」

 試しにアイレの炎に当ててみるが、水晶が氷のように溶ける様子はない。続いて、掌に紫色の炎を灯すと、水晶は解けてなくなり、中の混合獣機が動き出した。

「戻ってきた個体以上に時間の経過が見られないとなると、まだ可能性はあるな」

 しばし動きを止めて集中した様子のリョウイの姿が消え、別の場所に転移する。そこには水晶に封じ込められた二人の人間の姿があった。もはや見た目では性別も判断しかねるほど焼け爛れた少女が、それでもより幼い少年を守るように抱えている。そのためか少年が負った火傷は驚くほど軽い。

「失血も酷いな。背を齧られただけでなく、前の切り傷は自傷によるもの。あぁ、己の血で弟を炎から守ったのか。捨てれば逃げ切れただろうによくやる」

 口角を上げながらリョウイは水晶に手を置くと外に転移した。アイレの炎が止まり、解けた水晶から二人が落ちる。その身体は見えない力に支えられるようにゆっくりと地面に横たえられた。

「おまけに運も良い」

 リョウイが伸ばした指先が裂けて血が滲む。そして、零れた血が少女の身に落ちる寸前でアイレの尾花に受け止められた。さらに、そのまま指に噛り付く。

「あっ、ちょ」

「ずるい! ワタシもほしい!」

「後であげるから」

「う~、レイウ様も怒ると思います!」

「片手間であれば許されるだろうか?」

「ムリ。ワタシもイヤ」

「ならば後で埋め合わせをしよう」

 リョウイはアイレを宥め、その隙に溢れた血の一滴が少女の身に零れ落ちた。

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