誘惑

悪友がカプセルトイからお金を盗む日々が続く。

私は腕にギプスをしているので見ているだけだったが、ついにこのことが学校にばれてしまう。


ある日、登校した私は担任に呼び出しをされた。

個室に行くと悪友もいる。


悪友はお金を盗んだことを白状させられこっぴどく叱られている。

私は見ていただけだがもちろん共犯者扱いになる。


どうしてバレたのかはわからないが、おそらく悪友が一人で行って捕まったのだろう。そしていつも一緒にいた私の事を白状したのだと想像した。


私の刑は軽く済み親への連絡は免れた。

悪友は親に連絡をされ母親が学校に飛んできた。


その後、悪友と母親はカプセルトイが設置されている古びた書店に謝罪に行ったのだが、それがきっかけとなり整骨院について行くのは禁止になった。


いつも一緒だったので寂しかった。

おそらくこの瞬間、私は良心をどこかに紛失したのだろう。


私のお小遣いは50円。

こんなお金では大したものは買えない。


幼少のころから家におもちゃすらない。

悪友と遊ぶようになり同級生の家には遊べるものがそれなりにあった。


兄や姉がいたこともあったのかもしれないが、私の家よりも貧しく見える家ですら娯楽や楽しみに溢れている。


一人で整骨院に通うようになるのだが、寂しさを紛らわせるために夏休み中に買いだめしたキン肉マンの消しゴムをビニール袋にいれて持ち歩いた。


祖父母の家ではお小遣いが一日百円だったので毎日カプセルトイに費やした。


整骨院に行くときは母親が千円を私に手渡し、おつりを持ち帰るのが決まり事になっていた。


整骨院が終わり私はおつりの五百円玉を使い込んだ。

何の躊躇もない。


好きなおやつと残りはキン肉マンに消えた。


自宅に帰ると母親は「おつりは?」と聞いてくる。

私は「落とした」と噓を言うと母親は予想外の行動に出た。


「どこで落としたのか一緒に行くから教えなさい!」とまさかお金を一緒に探しに行くと言い出すとは思わなかった。


母親は私には無関心で、ましてや面倒なことは行動に移さない。


この時の母親は何かに感ずいたのだろう。

おそらくは私の噓に対する母親としての防衛本能か、育て方に対する後悔なのか。


外はもう暗い。母親は店に行く時間にもかかわらず一緒に歩き出す。

私は歩きながら絶対にお金が見つからないだろうという場所を探した。


整骨院へ向かう狭い道に駅から続く線路があったのだが、線路沿いにはフェンス、その周辺は叢になっていた。


私は「この叢にキン肉マンの袋ごと落とした」と言い訳をはじめた。

母親は叢にに入り探すそぶりをみせるのだが、子供の言い訳のわりには合理的に見つけられない場所だと観念し、探すのをすぐにあきらめた。


私はほっとした。

私はこの時はじめて母親が教育のために行動に移したのを目にしたように感じた。


しかし、母親が怒るはずだった出来事を私は摘み取ってしまった。

こうなるとエスカレートするのが犯罪者というものだろう。


それ以来おつりは返した。

その代わりさらに大胆な行動をとるようになってしまう。


父親は毎日泥酔して寝ていたのだが、その父親の財布からお金を盗んだ。


父親は札入れと小銭入れを分けていて、小銭を盗むことが出来なかったので千円を盗んだ。


泥酔しているので全く気付かない。

成功した瞬間はそれまでに体験したことのないくらい興奮した。


まさに緊張と緩和の瞬間である。


私は千円を握りしめ、いつも母親の菓子パンとたばこを買っている何でも屋さんに向かった。


その店は60歳ぐらいの老婦と寝たきりの老婆がいて商品が並べられているスペースは10畳程のこじんまりとした店だ。


壁にまでびっしりとお菓子屋やクジなんかも飾られていて、その中に欲しいと思っていた塩ビのウルトラマンがあった。


私は「これください」と千円を出すと老婦は「お母さんに買っていいのか聞いてきた?」と尋ねる。


私は予想していなかったシナリオに言葉を詰まらせた。

おそらく、いつもは菓子パンと、たばこを買いに来るだけの子供が急にウルトラマンを買いに来たのだから違和感があったのだろう。


盗んできたお金とは思っていなくても、「本当は菓子パンのお金じゃないの?」といった疑いを持ったのだろう。


私は「お母さんに聞いてくる」と言って立ち去った。

しかし私は諦めない。


顔見知りの店だからあれこれ聞いてきたのだと思い、整骨院に向かう途中のおもちゃ屋さんに行った。


初めて入ったのだが私の心は幸福感でいっぱいだ。

こんなにおもちゃが置いてある。


まるで夢の国だ。

老婦の店とは少し違うがウルトラマンもあった。


私は盗んだお金に手を付けてしまったが、罪悪感などまったくなかった。

娯楽などなく我慢をするのが当たり前だった私のスイッチが、ついに切れた瞬間だった。

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