第24話
楓は英治の特集記事を読み終えて、胸が熱くなった。
本当に無事復帰できたんだなぁ。
表紙にははだけたシャツから美しい腹筋を晒し、強い眼差しでカメラを見つめる英治の姿――篠原にとってのベストショットだろう。
「編集長から連絡貰ったんですが、すっごい反響みたいです!」
余韻に浸っているところに、興奮気味の西村くんが声を掛けてきた。
「そう、良かった」
「えぇ……何かチー……いや統括、反応薄いですね」
4月となり、楓は統括マネージャーとなっていた。
まだ周りも呼び慣れないし、楓も呼ばれ慣れない。
「うちの宮本英治が復帰するんだから、それくらい大騒ぎになって当然でしょ?」
楓はニヤッと笑った。
「……ふふ、確かにそうですね」
西村くんも納得したように笑った。
楓はタブレットをコツコツ叩きSNSを開いた。
早速雑誌を手に取ったファンの反応を確認するのは雑誌が発売された時の日課のようになっている。
「英治セクシーすぎ、ヤバい鼻血出る…」
「インタビュー読んでて泣けてきた。STARSの解散めちゃくちゃ辛かったんだよね。復帰出来て良かった。」
「週刊誌の劣化・引退説を瞬殺する宮本英治凄すぎww」
楓が真面目にSNSを見ているのを見て、西村くんは自分のスマホを見せてきた。
「英治さんのニンスタ開設して、今朝最初の投稿したんですが、こちらの反応も凄いんです!初日でフォロワー100万人到達しそうです!」
一体どんなカッコいい英治の写真を投稿したのだろうか?楓は西村くんのスマホを覗き込んだ。そこにあったのは楽屋で両手で顔を押しつぶして全力で変顔をする英治の姿だった。
文字の方にはこう記されていた。
(スタッフより)本日から本格的に宮本英治 活動再開です!今後こちらでオフショットなどあげていきます。※本人投稿もあるかも!
フォローよろしくお願いします。
最初は本日発売BIBI撮影終了後の宮本です。
#宮本英治
#撮影キメすぎた
#変顔でバランス取る
「……これはどっちの案?西村くん?英治?」
「楽屋でオフショット撮らせて、ってお願いしたのは僕ですが、変顔にしよう、って言ったのは英治さんです。面白そうだと思ったのですが……まずかったですかね……?」
楓の反応を窺い知れず、西村くんは不安そうに楓の顔を見た。
楓は笑いをこらえるようにしていた。
「……英治らしい」
――英治…大好き♡笑
――もはや本人か分からなくなってるがおもろいww
――最初の投稿がこれとか期待しかない
フォロワーの反応もよさそうだ。
「今後SNS周りは西村くんにお願いするね。そういうの得意そうだし」
楓も苦手ではないが、やはりこういうのは若者の感性にお任せした方がいいだろう。
西村くんも嬉しそうに言った。
「はい、僕こういうの好きなので嬉しいです!頑張ります!!」
「あ、でもずっと変顔ばっかはダメだからね?英治すぐ逃げようとするから」
「ですね、そこは気をつけます」
そう言って西村くんは時計を見た。
「あ、じゃあ僕そろそろ行ってきます」
「今日はラジオだっけ?」
「はい、復帰記念の生放送です」
英治は数年前から30分のラジオ放送を担当している。英治の素の部分が見えるということ、またなかなか喋りも面白いということでファンのみならず人気の番組だった。
今日から放送再開となる。
「あ、西村くん、私明日明後日休むから。何かあったら電話ちょうだい」
「はい、承知してます。ゆっくり休んでくださいね。どこか行かれるんですか?」
単なる世間話で詮索されている訳ではないと分かっていながらも、楓は少し動揺した。
「う、うん、近場に出かけたりしようかな……と」
「いいですね、あ、お休み中に何かやっておくことあれば、遠慮なく僕のデスクに置いといて下さいね」
楓の挙動に疑問を抱くこともなく、そう言って西村くんはオフィスを出ていった。
しっかりしてきたなぁ、楓は西村くんの成長を嬉しく思いながら再び仕事に取り掛かり始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラジオが始まるまで英治が控室で寝転んでいるとスマホがけたたましく鳴り出した。
英治はそのままの体勢でスマホを取った。
「はい」
「あ、英治?BIBI見たわよ、すっごいじゃない!」
相手はブンちゃんだった。
「ありがと、ブンちゃんのおかげだよ」
思わず英治は体を起こして背筋を伸ばしてお辞儀をした。
「やだぁ英治ったら♡英治がインタビューでトレーニングの話をしちゃったせいで、噂を聞きつけた奴らから今朝から問い合わせが殺到してるの、もう困っちゃう」
口で言いつつ、ブンちゃんは物凄く嬉しそうな声を出した。
「あ、でも英治の枠はちゃんと確保してるからね?サボっちゃダメよ?」
「分かってるよ、来週でしょ?ちゃんと行くよ」
「ふふ、楽しみにしてる。これからラジオだっけ?そっちも楽しみ」
「ありがと、じゃまた来週ね」
そう言って英治が電話を切ると、今度はドアを叩く音がした。
「どうぞ?」
誰だろうか?ラジオまではまだ時間がある。
「あぁ、英治くん、久しぶり」
遠慮がちに顔を出したのはプロデューサーの相田だった。
「相田さん、お久しぶりです。あの説は本当にすみませんでした」
英治は深々と頭を下げた。甘宮の撮影では相田に色々と迷惑をかけてしまった。
「いやいや、全然!ホント元気そうでよかった!」
相田は心から英治を心配していたのだろう、本当に嬉しそうな笑顔で英治に声を掛けた。
「今日はどうされたんですか?打ち合わせですか?」
「あぁそうそう、次のドラマの俳優さんとなかなか予定が合わなくて、ラジオ終わりの30分だけ時間もらってるんだ。そしたら楽屋の前通りかかって」
「そうだったんですね、わざわざありがとうございます」
英治は再び頭を下げた。
「あぁ、いや、顔見に来たのももちろんあるんだけど……英治くんに謝らないといけないことがあって」
「え?」
英治が謝ることはたくさんあるが、相田が謝ることについては全く見当がつかなかった。
「……姫川先生来たでしょ?」
「あ、はい、こないだ……あ」
英治は相田の一言でピンときた。
「ごめん、英治くんの復帰日バラしたの俺です……」
「もぉー相田さん頼みますよ、凄い大変だったんですよ!」
今でもあの姫川の圧は脳裏に焼き付いている。
「ごめん!俺も最初は頑張ってたんだけど、毎日のように電話掛かってくると根負けしちゃって……今後の付き合い考えると邪険にも扱えないし」
相田は顔の前で手を合わせて頭を下げた。
「……相田さん頭上げてください。もとはと言えば俺が休んだから先生は何度も連絡してきたんだろうし、相田さんが悪いわけじゃないです」
「英治くん……」
「俺の借りは……次の仕事で返させてもらえると嬉しいです」
英治はそう言って微笑んだ。
すると再びドアを叩く音がした。
「英治さん、そろそろ打ち合わせを……あ、相田さん」
「西村くん、ノックしたら相手の返事が聞こえるまで開けちゃダメ、ってかえでちゃんに言われたでしょ?」
英治は諭すように言った。ノックしてすぐにドアを開けてしまうのが西村の癖だった。
「すみません……相田さんもすみません」
「いやいや、話は済んだから大丈夫だよ。じゃあね英治くん、また次の現場で」
恐縮する西村くんに優しく応対する相田の言葉を聞いて英治は頷いて手を振った。
「英治さん、すみませんでした」
「打ち合わせだっけ?じゃあ行こうか」
英治は伸びをして控室を後にした。
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