第13話
「撮られたわね」
「撮られちゃいましたね」
楓と西村くんは事務所のデスクでその日発売の週刊誌を見ながら、二人横並びで同時にため息をついた。
――宮本英治、悲劇の激太り!!アイドルとしての復帰は絶望的か
そんな見出しがついた記事を楓は片肘をつきながら不満そうに眺めていた。
「悲劇の激太り、って。韻を踏んでるつもりならもっとキレイに踏みなさいよ」
写真はコンビニから出てくる英治だった。髪がまだ長い。
ブンちゃんのジムに行く途中で撮られたものだろうか。
角度的に一番太って見えるものを選んだのか、それとも加工がされているのか、実際の英治より太って見える。
「こういう関係者の話、って一体誰が書いてるのよ、嘘ばっかり並べたてやがって」
楓はつい言葉汚くなってしまう。
「関係者の話によると、宮本は極度のストレスで過食症になっている。周囲には『もうアイドルはやりたくない、芸能界にもいたくない』とこぼしているという。休養中もほとんど引きこもっており、外に出るのは食料調達のためのコンビニ程度。このまま引退ということもあり得ると……」
西村くんは丁寧に記事を読み上げた。
楓ははーっとため息をついて、週刊誌をゴミ箱に投げ入れた。
「あー、もうやめやめ。出ちゃったものは仕方ない。西村くん、チーム英治の会合するよ」
チーム英治とは英治復帰後のプランを練り上げるチームだ。が、メンバーは楓と西村くんの二人である。
「あ、はい!」西村くんが元気よくそういうと、事務所の電話が鳴った。
すみません、と楓に断ったうえで、西村くんは電話を取った。
「はい、アップフラックスでございます……え?」
西村くんは一瞬絶句したように見えた。
「しゃ、社長ですか?今日は終日外出でして……チーフですか?」
西村くんはちらりと楓を見た。
一体誰だろうか、いきなり社長あてに掛けてくるなんて。
楓は首をかしげた。
「替わろうか?」楓は西村くんに小声で助け舟を出した。
西村くんは申し訳なさそうに頷く。お待ちくださいと電話口に伝え保留ボタンを押した。
「あの……STARSのリーダーの星野さんからお電話です」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
正直言って英治以外のSTARSメンバーのことを楓は良く思っていなかった。
特に星野。祖父の権力を振りかざし英治を目の敵にする嫌な奴。
英治の担当マネージャーをして5年、英治を単独でCM起用したいと初めて名指しでご指名頂いた。
大手食品メーカーのソーセージのCMだった。
今まで英治が頑張ってきたことが認められ、楓は自分のことのように喜んだ。
正式な回答の前にチーフの了承を貰う必要がある。形式的ではあるが、グループの方針に沿わないような活動でないかチェックをするためだ。
その当時、楓の上司にあたるチーフマネージャーは清水という人間だった。STARSのチーフをする前は
40代の働き盛りだがチーフとしての気苦労が多いのか、そのころから頭に白髪が混じり始めた。
楓は忙しい清水をすぐに捕まえてこの話をした。即答で了承を貰えると思っていたが、清水は「一旦持ち帰る」と言った。
そしてその翌日、清水の回答を楓は今でも忘れない。
「……申し訳ない。断ってもらえるかな」
「え?」楓は耳を疑った。
「ど、うしてでしょうか?」思わず言葉に詰まる。
「……グループの方針に沿わないからだよ。今STARSは個人売りをする時期じゃない」
決まり文句のように清水は言った。
「納得できません。英治がCMに出ることでSTARSの認知度が上がることに繋がると思いますが」
楓の眉間に思わず皺が寄る。
「じゃあ、STARS全員でCMに出られるようにしてくれ」
清水は取り合わなかった。
「でもこの仕事は英治に……」
「いい加減にしなさい。松島もSTARSのマネージャーなら英治だけじゃなくて全体を見るようにしなさい」
清水はそう言って、楓の目を見ずに立ち去った。
泣く泣く相手先にはお断りの連絡を入れた。
相手も「グループの方針であれば仕方ない」と理解はしてくれたものの、納得はしていないようだった。
楓はそれでも英治の売り込みを辞めなかった。
もちろんSTARSとして売り込めるのであればその機会も伺ったが、担当の欲目を引いたとしてもSTARSのメンバーの中では英治にしかアイドルとしての魅力を感じないというのが楓の正直なところであった。
楓の努力の甲斐あってか、清水のところにも「英治を単独で起用したい」と直接あちこちから声が掛かるようになるとさすがに清水も無視できなくなった。
徐々にCM、ドラマなど英治単独の仕事が増えるようになる。楓の思惑通り、それによりSTARSとしての認知度も少しずつ上がってきた。
ただ、STARSの中では英治は相変わらずお笑い担当、いじられ役だった。英治は特に意に介した様子はなかったが、楓には不満でしかなかった。
確かに、与えられたことを全力でやれ、と英治には言った。でもどう考えてもSTARSの中で一番光り輝いているのは紛れもなく英治なのである。
実際SNSでも「英治くんにもっと歌わせてほしい」「背の高い英治をセンターにした方が映えるのでは」という声はたくさんあった。だが、STARSの方針を決めるのは清水なのだった。こればかりは何度楓が意見しても変わることはなかった。
だから今年の春、鳴海社長と清水に呼び出された時は驚いた。
「私が……チーフですか?」
「あぁ、清水は少し休むことになってな。リーダーの星野に意見を聞いたら、英治を人気者にした松島の手腕を買ってると言っていて」
鳴海はそう説明した。
「……お休みになるのは、私がわきまえず勝手なことばかり申し上げたからでしょうか」
楓は星野に対して尋ねた。思うところがあるとは言え、自分はきちんと礼節を持って接していただろうか。楓は今更反省した。
清水は静かに首を振った。
じっくり顔を見るのは久しぶりな気がするが、頬がこけた様だ。
「いや、松島は何も悪くないよ。むしろ感謝してる。私だけだったらSTARSはもっと短命で終わっていたと思う」
「……松島にはちゃんとSTARSのことを話しておかなければいけないな」
そう言って鳴海は星野の祖父のこと、STARSの成り立ち、そしてSTARSの方針は全て星野の手の中であることを話し始めた。
星野の祖父がどういう人物かは知っていたし、週刊誌のゴシップでも散々騒がれていたことだ。だが、まさか本当にそんなことが行われていたとは。
楓は社会の昏さに触れてしまったような気分になった。
だから清水は英治の売り込みに賛成できなかったのだ。
「松島はまだ若いし、荷が重いということであれば断ってもいいんだ。別の人間を立てることも考えるよ」鳴海はそう言った。
楓は静かに首を振る。「いえ、やります。ただ、お願いがあります」
「STARSの方針は私に決めさせてください」
鳴海は面食らった顔をしたが、やがて覚悟を決めたように言った。
「分かった。何かあったときの責任は私が取るよ。松島の好きなようにやれ」
それから全てを変えた。
何を言われようと英治を中心に歌割を決め、センターに配置。
英治ソロの仕事も積極的に受けた。
STARSの人気は上がった。が、それも今思えば英治の知名度が上がっただけだったのかもしれない。
英治が輝けば輝くほど、他のメンバーのやる気のなさ、実力のなさが際立ってしまう。
それが、彼らが出ていく最後のトリガーを作ってしまったのかもしれない。
間違ったことをしたとは思っていない。
ただ、それによって英治を傷つけてしまったことは一生忘れてはならない。楓はそう思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
待ち合わせの時間に受付に行くと、4人は受付のソファーにどかっと座っていた。
受付担当の女の子に絡んでいたようで、顔見知りの彼女にアイコンタクトで助けを求められる。
改めて見るとこんなにオーラがない奴らだったか。さすがにデビュー当時はこうではなかったはずだ。星野も星野以外の3人も権力に胡坐を掻いた結果なのだろうか。
「お待たせ致しました」楓は敢えて慇懃無礼に深々とお辞儀をした。
「久しぶり、松島チーフ」あの時と変わらない不遜な態度で星野が口を開いた。
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